第217話 迷宮都市の戦い(2)

 十六夜一等陸佐は太守館に先制攻撃を仕掛けようと考え、人工池をグルリと取り巻く塀の唯一の出口である門に向かった。


 陸戦隊が門に到着する直前、上空から矢の雨が彼らを襲った。

「敵だ!」

 二人の兵士が矢に倒れ、残りは盾を持った兵士の陰に隠れてやり過ごす。十六夜一等陸佐が門を見ると一歩先に太守館の衛兵が陣取っていた。


 ラシュレ衛兵隊長は慎重な性格なので、人工池を囲むように作られている塀の後ろに陣を敷き、弓の得意な衛兵数十人に命じ、飛行船から降りて来た敵兵に矢の雨を降らせる。


「よし、二人仕留めたぞ」

 衛兵たちの間に歓声が上がる。

 その時、敵の魔導兵が詠唱しているのが目に入った。ラシュレ衛兵隊長は弓を持つ衛兵に命令する。

「魔導兵を狙え!」


 矢が射られると同時に攻撃魔法が放たれた。敵の放った<爆炎弾エクスプローシブフレーム>は衛兵たちが盾にしている塀に着弾し炎を撒き散らしながら爆発する。

 二、三人の衛兵が爆風で吹き飛ばされ大きな叫び声を上げた。一人の衛兵は首の骨が折れ事切れている。


 ラシュレ衛兵隊長は唇を噛み締め、体制を立て直すべく矢継ぎ早に命令を出す。

「負傷者を後方へ運んで手当しろ!」

「攻撃魔法を持っている者は弓の援護を行え!」


 衛兵の中にも『魔力袋の神紋』以外の神紋を授かったものが居る。これはシュマルディン王子の影響である。王子が修行している攻撃魔法を見て、自分たちも何か持っていないと駄目なんじゃないかと思った衛兵が多かったのだ。

 神紋を得るには魔導師ギルドに払う高額な金が必要で、給料の安い衛兵たちが捻出するのは大変である。


 そこで訓練の一環として樹海に魔物狩りに行くようになった。衛兵たちの得物は堅い外殻の魔物を倒す為に作られた剛雷槌槍である。樹海を彷徨く歩兵蟻や大剣甲虫は格好の獲物であり、倒した魔物の素材は衛兵隊の臨時収入となった。


 お陰で衛兵たちの半分ほどが新しい神紋を得た。もちろん、神紋を取得しただけでは戦力増強にはならない。応用魔法を覚える必要がある。


 ラシュレ衛兵隊長はミコトに頼んで応用魔法の教えを受けていた。

 ミコトが教えたのは、第一階梯の神紋と値段の安い『魔力発移の神紋』の応用魔法だった。魔物狩りをしていると言っても仕事の合間なので頻繁には行えない。神紋に掛けられる資金は多くはなかったのだ。


 衛兵たちが選んだ神紋は『灯火術の神紋』『疾風術の神紋』『魔力発移の神紋』である。衛兵たちは応用魔法として、『灯火術の神紋』の<炎弾フレームスフィア>、『疾風術の神紋』の<風刃ブリーズブレード>、『魔力発移の神紋』の<魔力弾エナジーブリット>を教わった。


 どれも薫が開発したもので、<炎弾フレームスフィア>は『紅炎爆火の神紋』、<風刃ブリーズブレード>は『風刃乱舞の神紋』の基本魔法を模倣したものである。


 衛兵たちが<炎弾><風刃><魔力弾>を放つと十六夜一等陸佐が<風の盾ゲールシールド>で攻撃魔法を弾いた。十六夜一等陸佐たちも異世界に来てから魔法を習得していたようだ。


 リアルワールドの人間にとって魔法は非常に魅力的な存在である。軍人が習得しようと思うのは当然だった。

 十六夜一等陸佐は強力な攻撃魔法を放つ決断をした。敵の援軍が現れる可能性が高いからだ。


 一等陸佐が選んだ魔法は『凍牙氷陣の神紋』の<暴風氷ブリザード>である。攻撃魔法のブリザードは、雪の代わりに刃物のような氷の塊が吹き荒れる。


 急に心臓が凍るような冷たい風が吹いて来たかと思うと冷風に氷が混じり始め、十数人の衛兵が氷で身体を刻まれ倒れた。ブリザードが吹き荒れた時間は十数秒でしか無かったが、被害は甚大だ。


「よし、一気に門を破って奴らを叩くんだ!」

 一等陸佐が陸戦隊に命じる。陸戦隊は剣を持って走り出す。


 それを生き残った衛兵たちが迎撃する。陸戦隊と衛兵の戦いは衛兵が圧倒する。彼らが装備する武器は剛雷槌槍、槌の部分で雷撃を叩き込み、鎧も簡単に貫通する槍は人間相手でも有効だった。


「クッ……厄介な武器を使いやがる」

 陸戦隊の兵士が泣き言を口走る。そして魔導兵に助けを求めた。


 魔導兵は衛兵たちの後方に向け<炎爆雷フレームサンダー>を放つ。上空に現れた大きな炎の塊が衛兵たち目掛けて落下し落雷のような轟音を響かせた。


 次の瞬間、爆風が衛兵たちを薙ぎ倒す。ラシュレ衛兵隊長も爆風で薙ぎ倒され地面をゴロゴロと転がった。爆風が収まり頭を振りながら立ち上がると部下の衛兵たちが呻き声を上げ倒れている。


 その時、後方から頼もしい声が聞こえた。

「援軍に来たぞ!」

 ハンターギルドのアルフォス支部長がハンターを連れて援軍に来たのだ。高ランクのハンターを選んで連れて来たので人数は少ないが戦力は大きい。


 それに気付いた十六夜一等陸佐は毒づいた。

「クソッ、ハンターどもが応援に来やがった」

 魔導兵の攻撃魔法により優勢に戦いを進めていた公国軍は、ハンターギルドから応援に来たハンターたちに反撃を食らう。


 陸戦隊にハンターの攻撃魔法が叩き込まれ、今度は陸戦隊が地面に倒れ呻き声を上げる。

 一等陸佐は形勢が不利になったと感じ、退却を決意した。負傷兵を助け起こし肩を貸しながら船に戻るよう指示を出す。


 当然、ハンターたちが追撃しようとするが、ここでもう一度<暴風氷ブリザード>が放たれた。ハンターたちは塀を盾として身を隠し、ブリザードをやり過ごす。


 魔導飛行船では応急修理が終わり飛び立つ準備をしていた。

 バスガル船長は陸戦隊が逃げ帰って来るのを見て悪態をつく。

「イザヨイめ、役に立たん男だ」


 ブリザードをやり過ごしたハンターたちが追撃を始めたのが見える。船に残っている魔導兵にハンターを攻撃するよう命じた。船上から攻撃魔法が放たれ、追撃するハンターたちが退却する。


 アルフォス支部長は魔導飛行船が飛び立つ準備をしているのに気付いた。

「いかん、奴らは飛ぶ気だ」


 魔導飛行船がどうして不時着したのかは判らないが、地上にいる今が最大のチャンスだと思った。何度か敵船に近付こうとしてみたが、その度に魔導兵が攻撃魔法を放って来る。


「支部長、ミコト殿が来ます」

 ハンターの一人が声を上げた。ミコトと伊丹は灼炎竜を倒した英雄としてハンターたちの間では別格の扱いになっていた。


 ギルドではミコトたちのランクを上から六番目の『十両』から地方ギルドの最高ランクであり四番目に当たる『小結』に上げる決定をしていた。


 これ以上のランクになるには、王都で五年に一度行われる武闘大会で優勝するか、単独でビショップ級以上の魔物を倒さなければならない。


 支部長が後方の空に目を向けると魔導飛行バギーが近付き後ろに着地した。

「支部長、どうなっているんです?」

 俺が支部長に声を掛けるとアルフォス支部長がホッとしたような顔をする。


「よく来てくれた。あの敵船を破壊したいんだが、魔導兵の攻撃で近づけん」

 陸戦隊が魔導飛行船に辿り着き甲板に移動している。今にも魔導飛行船が飛び立ちそうだった。


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