第216話 迷宮都市の戦い

 ミスカル公国の魔導飛行船は煙を吐きながら迷宮都市の太守館のある方向へと進んだ。下に見える人工池に向け高度を落とし始める。


 太守館ではヒンヴァス政務官が部下たちに指示を出し、広がる混乱をなんとか抑えようとしていた。

 ラシュレ衛兵隊長は部下たちを集め、人工池に向かう。


「ハンターギルドのアルフォス支部長に連絡せよ。それから趙悠館にも人を送るのだ」

 ヒンヴァス政務官は竜炎撃のすべてを王都に送らず少し残しておくべきだったと悔やんだ。そして、ポツリと呟く。

「こんな時、ミコト殿が居てくれれば心強いのだが……」


 その頃、俺と伊丹はやっと迷宮都市に帰って来た。迷宮ギルドへ行くと中はガランとしており、カウンターには青褪めた顔の受付嬢が立っていた。


「ミコトさん、やっと帰ったんですね」

 受付嬢のマゼルダが駆け寄って来る。

「街で何か有ったのか?」


「太守館に敵の飛行船が不時着したんです。今、あそこは戦場になっています」

 道行く人々の不安そうな顔や街全体の雰囲気から何か有ったとは思っていたが、よもやミスカル公国の魔導飛行船が攻めて来ているとは思わなかった。


 俺たちは迷宮から戻ったのを報告すると急いで趙悠館へ戻った。趙悠館の食堂ではアカネたちが不安な様子で身を寄せ合い、俺たちが帰るのを待っていた。


 その中にはルキと王妃様、王女様も居る。

「あっ、ミコトお兄ちゃん」

 俺を発見したルキが駆け寄りピョンと飛び付いて来た。ルキを抱きかかえ、アカネたちに「ただいま」と挨拶する。


 一緒に居た王妃と王女も俺たちの顔を見るとホッとしたような表情を浮かべる。

 調薬工房兼研究所で働いている二人の医師と薬師見習いトリチルは、食堂には居らず調薬工房で仕事をしているそうだ。

 ピアニストの児島や治療を受けていたカナタ君と母親も健康になって日本に戻っていた。


 最後の患者が治療を受ければ大学病院との契約は一旦終了するが、大学病院は契約を更新し異世界に研究所兼病院を建てたいと言っているそうだ。


 日本に帰った児島がテレビなどで宣伝してくれたので評判になっているらしい。児島は異世界で弟子を取ったので、また異世界へ戻って来ると言っている。


 児島が使っていたピアノが目に入り、思い出していた俺にオディーヌ王妃が青褪めた顔で声を掛ける。

「太守館が襲撃されたようです。どうしたらいいのでしょう?」


 俺はディンとダルバル爺さんが太守館に居ないのを知っていたので、顔見知りのヒンヴァス政務官・モクノス商務官・ラシュレ衛兵隊長の無事を心配した。


「俺と伊丹さんで援護に向かいます。王妃様たちはここで待っていて下さい」

 アカネを呼んで部屋に行き、魔導バッグから自分たち用として作った竜炎撃を渡した。


「もし敵が来たら、そいつを使って撃退してくれ」

 食堂には孤児たちも含めると三〇人ほどの人間が居る。食料庫には小麦粉やイモ類、米などの穀物が一〇日分は有るので籠城しても大丈夫だ。


 趙悠館の塀は貴族の屋敷と同じ程度には高く頑丈なので、騒ぎに乗じて不埒な考えを起こす者も入り込めないだろう。それに王妃様と王女の護衛である四人の衛兵とアカネも居るので、趙悠館の守りは十分だ。


 門の方で声がした。

「お姉ちゃんだ」

 ルキが門の方へ駆け出した。追って行くと門の外にミリアたちの姿が有った。ミリアたちは学院の上空から魔導飛行船が去った後、騒ぎが収束したのを確認して趙悠館へ戻って来た。やはりルキや王女たちが心配だったようだ。


「ルキ……大丈夫だった?」

 ミリアがルキを抱き上げ尋ねた。ルキは嬉しそうに笑う。

「らいじょうぶ、アカネお姉ちゃんや王女しゃまが一緒だもん」


 リカヤは俺と伊丹の姿を見付けると学院で起きた出来事を話した。

「ほう、奴らは攻撃魔法の届かない高度で侵入して来たのか?」

「ええ、それも上からにゃらぎりぎり攻撃魔法が届くという嫌らしい高さを選んでいました」

 ネリが怒りを声に滲ませながら言った。


「敵の狙いは何だと思います?」

 伊丹に尋ねた。少し考えた後、

「敵が脅威と考えているのは迷宮都市で生産される魔導武器でござろう。迷宮都市の南側にある高台に建てられた太守館より、北側にあるハンターギルドを中心に広がる工房地帯を狙っているのではないか」


 その洞察に納得し更に疑問を投げる。

「何故、学院を攻撃したんだろう?」

「クラウザ研究学院と間違ったのではござらんか」


 初等学院はクラウザ研究学院の隣りにあり、そこから強力な攻撃魔法が放たれたので、研究学院と誤認した可能性がある。魔道具や魔導武器の研究もしているクラウザ研究学院は、敵にとって攻撃目標の一つだったと思われる。


「なるほど、途中の攻撃目標を上空からの攻撃魔法で叩きながら、最終目標の工房地帯を新兵器で壊滅させるつもりだったのか」


 だが、奴らは不運にもミリアたちの攻撃で太守館の人工池に不時着した。急いで船を修理し飛び上がり、工房地帯を攻撃するつもりだろう。

 とは言え、太守館も攻撃目標の一つのはずだ。太守館に居る人間を容赦なく殺すに違いない。


「伊丹さん、魔導飛行バギーで急ごう」

「承知」

 俺と伊丹は格納庫の魔導飛行バギーを引っ張り出し、急いで乗ると宙に飛び上がった。太守館まで一直線に飛び、瞬く間に人工池が見える地点まで到着した。人工池には魔導飛行船が着水している。


 船長であるバスガル大佐は乗り込んでいる船大工に指示を出し修理を急がせている。

「船の浮力装置を優先して修理しろ」

 バスガル船長は甲板を歩き回り部下たちに続け様に命令を出す。


「手の空いている者はポンプを動かせ。船底に溜まった水を吸い出すんだ!」

 船底に開いた穴は塞がれており、飛び立つには浮力装置の修理と入り込んだ水を何とかする必要が有る。


 十六夜一等陸佐は、船長に命じられ陸戦隊と魔導兵数名を率いて太守館の衛兵と戦っていた。バスガル船長からは王国の奴らを船に近寄らせるなと命じられていた。


「クソッ、何でこんな事に……」

 十六夜一等陸佐は鉄砲隊が壊滅するとホウレス将軍と合流し、参謀の一人としてホウレス将軍の幕僚に加えられた。鉄砲隊を失くした十六夜一等陸佐の立場は弱くなっており、拒否出来なかった。


 そして、迷宮都市の攻撃を進言した事で、その作戦に参加する事になる。

 本当はミスカル公国へ戻り、本来の任務を立て直したかったのだが、この戦地でホウレス将軍の命令を無視する事は出来なかった。


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