第215話 迷宮都市の危機

 その時、生徒の一人が空を指差し声を上げる。

「おい、あれ何だ?」

 リカヤは空を見上げ生徒が警戒心を起こしたものを探す。東の空に魔導飛行船らしいものが見えた。


「どこの飛行船だと思う?」

 マポスの声が聞こえた。同盟国であるカザイル王国から購入した魔導飛行船は三本マストの形だが、宙に浮かぶ船は四本マストだった。


「間違いない。あれはミスカル公国の魔導飛行船だ」

 ミゲルが確信有り気に声を上げ、いきなり呪文を唱え始めた。

 モウラは驚き声を上げる。

「ミゲルさん、何をするつもりなんですか」


 その魔法が<氷槍アイススピア>だと気付いたネリは止めようとした。魔導飛行船は下から撃ち上げる魔法だと届かないが、船上から撃ち下ろす魔法だとぎりぎり届くのではと言う高度を飛んでいたからだ。

 この高度を指定したのは、参謀役として乗り込んだ十六夜一等陸佐である。


 ミゲルは制止の声を無視し攻撃魔法を放った。

 ネリは結果を見ずに生徒たちに避難するように指示を出す。

「敵よ。避難壕に逃げて!」


 生徒たちは事態が理解出来ず呆然としている。

「何で逃げるんだよ」

 生徒の一人が疑問を口にする。その答えは空から返って来た。ミゲルの<氷槍アイススピア>は空中で消えたが、その攻撃魔法に気付いた敵が、同じ<氷槍アイススピア>を地上に向け放ったのだ。


 大きな氷の槍がミゲルの近くに着弾し土煙と氷の破片を撒き散らす。ミゲルは氷の破片で右頬がザクリと切れた。


「いっひゃああ───」

 痛みと吹き出た血に怯え、ミゲルは校舎の方へ逃げ出した。逃げ方からして大した傷ではないようだ。


「バカヤロォ───、逃げるんにゃら初めから攻撃にゃんかするにゃ!」

 リカヤが怒りの声を上げた。大声を上げた事で冷静になったのか、状況を見極めたリカヤが指示を出し始める。


「ミリアとネリは生徒たちを避難壕へ避難させて。マポスは鐘撞き櫓に登って避難の合図を出すように指示。私とモウラ先生は教頭の所へ行って事態を説明します」


 魔導飛行船は学院の上空に停止し次々と魔法を撃ち下ろした。その為、辺りは騒然となる。生徒たちは怯えて悲鳴を上げ、音に気付いた校舎の生徒たちも窓から顔を覗かせる。


 ミリアとネリは何とか生徒たちを集め、校庭の隅にある避難壕へと誘導する。

 マポスは鐘撞き櫓へと駆け出した。

 リカヤとモウラはミゲルを追って校舎へと走り始めた。


 途中でミゲルを追い越す。

「おい、私を置いて行くな!」

 ミゲルは元々王都の人間なので、迷宮都市のあちこちに非常時用の避難壕が有るのを知らなかった。迷宮都市の住人なら避難壕が一番安全だと教えられている。


 校舎に駆け込んだリカヤとモウラは職員室の隣りにある教頭室へ行き中に入った。教頭が窓から身を乗り出し、避難壕へ向かっているミリアたちと生徒に『逃げろ!』と叫んでいた。


「教頭、ここの校舎も危険です。生徒たちを避難壕へ誘導して下さい」

 リカヤが大きな声を上げた。

「な、何だって!」


 危険を理解した教頭は教室に向かって走り出す。そこに避難を指示する鐘が打ち鳴らされた。学院で打ち鳴らされた警鐘は街まで響き、街の住民も空に浮かぶ敵飛行船に気付いた。


 ハンターギルドではアルフォス支部長が外に飛び出すと敵飛行船を確認し、攻撃魔法に長けたハンターを集め始める。


 学院では、ミリアとネリが生徒たちを避難壕に誘導した後、外へ出る。

「ネリ、あなたの魔法で敵に届くものが有る?」

「にゃい。ミリアは?」


「直接攻撃する魔法はにゃいけど、幻獣召喚にゃら何とか成るかも」

 ミリアは新しい神紋として『幻獣召喚の神紋』を授かっていた。オリガが使う幻獣召喚を見て、これだと思ったのだ。薫に相談してみるとミリア用の幻獣を開発すると約束してくれた。


 取り敢えず、オリガ用にと開発した<蜂鳥召喚サイトバード>と<雷鳩召喚サンダーピジョン>を教えてくれ、ミコト経由でミリア用に開発した<小炎竜召喚プチファイアードラゴン>を教えてくれた。

 因みにネリは『雷火槍刃の神紋』を選んでいた。


 避難壕の入り口で、コルセラが心配そうに上空の魔導飛行船を見上げていた。

「ミリアさん、本当にミスカル公国の魔導飛行船にゃの?」

「こちらを攻撃して来た事から、間違いにゃいわ」


 避難壕の近くにも攻撃魔法が落ち、生徒たちが悲鳴を上げる。

「何とかならないの?」

 コルセラの後ろで涙ぐんでいる女子生徒が小さな声を上げた。それを聞いたコルセラが、その女子生徒の肩を抱き励ます。


「大丈夫、ミリアさんたちが何とかしてくれるよ」

 横に居る男子生徒が恐怖と混乱で声を荒げる。


「あんなへぼい魔法しか見せてくれなかった奴らに何が出来るって言うんだ。<爆炎弾>を放った魔導師は逃げちゃったんだぞ」

「ミリアさんたちは、本当は凄いんだから」

 コルセラの弁護を聞き、ミリアは魔法に集中する。


 ミリアは小炎竜を召喚した。全身がオレンジ色の鱗に覆われ、両翼を広げると四メートルほどになる巨大なコウモリのような翼と太い後ろ足と細い前足の組み合わせは小さなファイアードラゴンという感じだった。

 突然、目の前に小さな竜らしい魔物が出現し、生徒たちが悲鳴を上げる。


 ネリが大声で生徒たちを抑える。

「落ち着いて、これはミリアが召喚した幻獣よ!」

 この魔物が味方だと判り、生徒たちは悲鳴を止め、幻獣を見詰める。


「本当に幻獣なの……初めて見た」「凄え!」

 生徒たちは恐怖を忘れ驚いているようだ。


 目の前から小炎竜が飛び立った。幻獣は魔導飛行船に向かって翔び、敵飛行船の上まで来ると敵兵に気付かれた。弓兵が矢を射るが、小炎竜は素早く避ける。


 小炎竜は縦横無尽に飛び回りながら、口から炎を吹き出す。鱗と同じオレンジ色の炎は甲板と敵兵を焼き、ミスカル公国軍を恐怖と混乱に陥れた。


 その様子を下から見ていた生徒たちが拍手喝采する。


 炎を見た魔導飛行船の操舵手は反射的に高度を落とした。こういう場合、高度を落とすように訓練されており、その通りにしただけなのだが、それは命取りとなる失敗だった。


「ネリ、今がチャンスよ」

 ミリアが魔法を得意とするネリに声を掛けた。ネリは頷き。

「任しといて」

 高度を落とした魔導飛行船に向け、ネリが攻撃魔法を放った。


 『雷火槍刃の神紋』の応用魔法である<雷槍雨サンダースピアレイン>である。十数本の雷槍が上に向かって飛翔し魔導飛行船の船底を破壊する。

 それを見た生徒たちが、賞賛の声を上げた。


 一方、魔導飛行船の指揮を執る船長が厳しい顔で船内の様子を見極めようとしていた。

 このままでは墜落すると判断した船長は、操舵手と甲板員に命じ、着陸出来そうな太守館の人工池を目指して船を進ませた。


 学院の上空から煙を吐き出しながら去って行く敵飛行船を見守り、生徒たちや教師が安堵する。


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