第214話 キャッツハンドの魔法
王都での戦いが終わった翌日、最後に残ったミスカル公国の魔導飛行船が迷宮都市に辿り着こうとしていた。
一方、迷宮都市の住民は危険な魔導飛行船の存在に気付かぬまま平穏な生活を続けている。
猫人族のパーティ『キャッツハンド』はハンターギルドの依頼を受け、クラウザ初等学院に来ていた。今回の依頼は生徒の前で攻撃魔法を見せる事である。
学院では、これからハンターや魔導師となる生徒に多くの魔法を見せる事も授業の一環だとして、現役のハンターや魔導師を招き魔法を実演させていた。
今回はミリアたちハンターと魔導師ギルドから若い魔導師が招かれていた。
教師のモウラは五〇人ほどいる生徒たちを校庭に集めた。この生徒たちの中には王都から避難して来た者たちの子弟も居た。
魔導師ギルドからは王都から赴任したばかりのミゲルが選ばれ学院に来ていた。ミゲルは魔導師ギルドの理事の一人である魔導師の息子だった。
父親の理事は戦禍が王都まで広がる可能性が有ると考え、避難させる意味で息子を迷宮都市へ送ったのだが、息子のミゲルは不満に思っていた。
ミゲルは騒いでいる生徒たちを眺めながら溜息を吐く。この仕事を上司である支部長から命じられた時、適当に魔法を見せればいいと言われた。
だが、ハンターも一緒に魔法を披露すると聞いて舌打ちする。下手な魔法を見せ、ハンターより下だと生徒たちに思われると自分の恥になると思ったのだ。
「チッ、ハンターと言っても猫か。こいつらなら大した神紋も持っていないな」
ミゲルの呟きは、ミリアたちの耳にはしっかりと聞き取れた。王都から来た人間の中には猫人族を蔑視し、横柄な態度を取る者もいる。ミゲルもその一人らしい。
ミリアはルキが居なくてよかったとホッとした。趙悠館で王女と一緒にアカネの手伝いをしているルキが一緒に来ていれば、必ずミゲルに言い返し騒ぎを起こしていたからだ。
「静かに……今日は魔導師ギルドからいらしたミゲルさんとハンターの『キャッツハンド』の皆さんに魔法を見せて貰います。今後、神紋を選ぶ時の参考にして貰いますのでちゃんと見て下さい」
モウラは教師歴七年で、何度もこういう特別授業を経験している。こういう場合、派手な魔法を披露する魔導師ギルド職員の魔法に人気が集まり、ハンターが披露する実用的だが見た目が地味な魔法を軽視する生徒が多い。
将来を考えると地味であっても実用的な魔法を身に着けて欲しいのだが、生徒たちに説明しても理解して貰えないのが現状である。
今回もハンターの『キャッツハンド』の皆さんには実用的な魔法を披露してくれるよう頼んで有る。
「最初は『キャッツハンド』の皆さんに実演して貰いましょう」
モウラがミリアたちを手招きする。
五〇人もの生徒たちの前に出たミリアたちは少し緊張しているようだ。
「ううっ、緊張する。何か失敗しそうだ」
マポスが呟いた。それを聞いたパーティリーダーであるリカヤが顔を顰め。
「冗談じゃにゃいぞ。伊丹師匠の前で技を披露した時の事を思い出せ。あのプレッシャーに比べれば、こんにゃのどうって事にゃいはずだ」
『キャッツハンド』のメンバーは正式にミコトと伊丹の弟子となり、躯豪術の初歩から学んでいる。技を習得する度に師匠たちの前で披露するのだが、竜の洗礼を受けた伊丹たちの眼光は鋭く、集中して見られている時は僅かに覇気が漏れ出るようで弟子たちに緊張感を与える。
その緊張感の中で技を成功させるのが合格の基準となっているので、リカヤたちは精神的にも逞しくなっていた。
「でも、こんな場所で披露するのが、初歩の魔法でいいのか?」
マポスが疑問を口にする。一応ハンターとして経験を積み、新しい神紋も授かっていた。生徒たちの好みである派手な魔法も披露出来るのだ。
「先生の注文なんだからいいのよ」
リカヤより先に、ネリがマポスに応えた。
呟く程度の小声で話しているのでほとんどの生徒たちには聞こえないが、最前列にいた猫人族の生徒であるコルセラには聞こえ、微妙な顔をされた。
コルセラは趙悠館の隣りにある道場の娘で、伊丹師匠から一緒に稽古を付けて貰う機会が何度も有り、友人の一人となっていた。
「それでは……リカヤさん、よろしく」
リカヤは生徒たちの前に立つと生徒たちを見回す。
「我々はハンターとなった時に役に立つ魔法を見せる。まずは明かりだ。『灯火術の神紋』の<灯火>が有名だが、『魔力変現の神紋』の<
リカヤがミリアに合図する。ミリアが<
「地味な魔法だが、夜の戦いには必要です」
リカヤは<
最後の<
そこに生徒の一人が声を上げた。
「何だよ……戦いで役に立つのは身体強化の魔法だけじゃないか」
生意気そうな生徒の声に、リカヤは余裕を持って応える。
「他にも有るわよ」
マポスに合図を送った後、マポスに向けてナイフを投げる。
マポスは飛んで来るナイフを<
ナイフが<
『流体統御の神紋』の基本魔法は<
マポスが新しい神紋として『流体統御の神紋』を選んだ時、リカヤは防御を重視するようになったのかとマポスを褒めた。だが、マポスはミコトが使う<
それを知ったリカヤは褒めて損したと思ったものだ。
目の前で猫人族のパーティが次々に魔法を披露しているのを見て、ミゲルはイライラしていた。
披露している魔法はありふれたもので、<
その様子に気付いたリカヤは、そろそろミゲルにバトンタッチしようと考える。樹海や迷宮で役に立つ幾つかの魔法を紹介した後、後ろに下がった。
ミゲルは小柄で痩せており、黒いローブを纏った姿は物語に出て来る悪の魔法使いを連想させる。
「魔導師ギルドのミゲル・リュデアスだ。私の魔法はギルド伝統の訓練法により磨かれたもので、ハンターなどが使う魔法とは一味違う。よく見ておけ」
そう言うと杖を構え呪文を唱え始めた。狙いは校庭の隅に積んで有る土嚢の標的である。ネリはミゲルが唱えている呪文を聞いて、『紅炎爆火の神紋』の<爆炎弾>だと判った。
「いきなり<爆炎弾>なの。皆、耳を押さえて」
ネリが注意を喚起する。
その直後、赤い炎がミゲルの杖の先から飛び出し土嚢に命中する。爆音が響き渡ったと同時に土煙が上がり、爆風が生徒やリカヤたちを揺さぶる。
爆風が治まった後、ミゲルが満足そうに笑っていた。
マポスはジト目でミゲルを見て。
「こいつ、ちょっと危ないんじゃないか」
ミリアがマポスに黙るようにと合図を送る。
ミゲルはマポスの言葉に気付かなかったようで、肩を聳やかして告げる。
「どうだ。私の<
生徒の中から「凄い」という声が上がる。リカヤは生徒たちから賞賛を浴びにこやかにしているミゲルを観察し、魔導師としての実力を考察する。
確かに凄い威力だったけれど、発動までの時間が長く実戦だったら発動前に妨害されていた可能性が高い。実戦経験の浅い魔導師で、実力は自分たちより少し下かもと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます