第213話 王都襲撃
ミコトたちが勇者の迷宮を攻略している頃、王都エクサバルに危機が迫っていた。王都の北東方向から魔導飛行船が侵入し、王都の外縁に姿を現したのだ。
王都中央軍の見張り兵が発見し警鐘を打ち鳴らす。それは敵が王都に侵入した合図の鐘であり、この合図を聞いた警邏隊は都民に家に入るよう指示を出し火を使っているなら消火するよう大声を上げる。
魔導飛行船の事はフロリス砦からの警告で軍関係者は知っていた。見張りを増やし、空へも注意を向けていたのが早期発見に繋がった。
その知らせは国王と王都中央軍のカウレウス将軍に伝えられた。国王は離宮に居るはずのシュマルディン王子とカウレウス将軍、それに閣僚の主だった者を召喚した。
ディンは急いで国王が待つ会議室に向かう。
王城の会議室にはカウレウス将軍と閣僚たちが待っていた。少しして国王が姿を現す。
「見張り兵からの知らせは聞いたな。警告通り敵の魔導飛行船が現れた。こちらの迎撃態勢はどうなっておる?」
カウレウス将軍が青褪めた顔で報告を始めた。
「王都に残っている魔導兵を敵が侵入した方面に向かわせました。魔導師ギルドにも協力を要請しております」
王の表情に影が差す。最近の魔導師ギルドは協力的ではないからだ。
クモリス財務卿が顔を顰め、皮肉を口にする。
「今頃、魔導師ギルドの幹部が王都から逃げ出していない事を願うよ」
実際、幹部の何人かは家族と一緒に王都から逃げ出していた。
「魔導兵の人数は?」
ウラガル王がカウレウス将軍に尋ねた。将軍は渋い顔をして答える。
「魔導飛行船を撃墜可能な攻撃魔法を使えるのは五名だけでございます」
「……少ない。敵の魔導飛行船にも同じ程度の魔導兵が乗り込んでおるだろう。確実に撃墜するには味方の戦力が不足。こうなると竜炎撃を少数だが残しておいて正解であったな」
魔導兵は優先的に交易都市ミュムルとフロリス砦に送ったので、王都に残っている魔導兵は少数だった。
「陛下、ここは魔導飛行バギーに竜炎撃を撃てる兵士を乗せ迎撃に向かわせるべきです」
カウレウス将軍が進言した。だが、魔導飛行バギーを操縦出来る人間は限られており、王都に居るのはシュマルディン王子とダルバル、カウレウス将軍しか居なかった。
将軍の進言にウラガル王は頷いた。
「そうだな」
「自分とダルバル殿が二台の魔導飛行バギーを操縦し迎撃に向かいます」
それを聞いたディンが口を挟んだ。
「それは駄目です。守備の要である将軍がやる事ではない。僕が操縦します」
カウレウス将軍が慌てたように声を上げる。
「しかし、シュマルディン殿下に危険な真似をさせる訳には……」
「王族として、民を護る為に戦うのは当然の事です」
ディンがきっぱりと告げた。それを聞いたウラガル王が誇らしげな顔をする。
「よく言ったシュマルディン。魔導飛行バギーはお前とダルバルに任せる。将軍は後方で指揮を取るのだ」
王の言葉で方針が決まり軍が動き出した。
軍は魔導飛行船が侵入する経路に住む住民を避難させ始める。同時に竜炎撃の射撃訓練を受けた兵士とダルバルがディンの下に呼ばれた。
ディンとダルバルが二台の魔導飛行バギーに分かれ乗り込んだ。その後ろには竜炎撃を装備する二名の兵士が座り緊張した様子で待機している。
「ディン、冷静に行動しろ。
ダルバルが心配顔でディンに声を掛け、空に舞い上がった。ディンもダルバルを追って魔導飛行バギーを駆る。上空に駆け上ったディンは北東へ向かい、魔導飛行船を探した。
前方に豆粒のような飛行物体が見えた時、ディンの緊張が高まった。
「よし、必ず敵を落とすぞ」
ディンが気合を入れる。後ろを見ると青褪めた顔の兵士たちが居た。
「もしかして高い所が怖いのか?」
「……と、特別怖い訳ではないです。ただ、初めてなので」
「だったら下を見ないようにしろ。敵だけを見るんだ」
そう言われても見てしまうのが人間である。時間が有れば訓練したんだがとディンは悔やんだ。
魔導飛行船の敵は船上から火矢を街に向けて放っていた。王都の所々から煙が上がり住民が走り回っているのが見える。
地上から攻撃魔法の<
二台の魔導飛行バギーは全速で敵に近付く。豆粒のようだった魔導飛行船が大きくなり船上で動いている敵の姿も見えるようになる。
「殿下、空の上はこんなに寒いのでありますか?」
兵士の一人が震える声で尋ねた。
魔導飛行船の飛行高度に合わせ高空を飛ぶ魔導飛行バギーには冷たい風が吹き付けていた。
ディンはミコトに勧められ雪狼の毛皮で作った飛行服を着ているので、それほどでもないが、二人の兵士は普段着ている軍服なので寒そうである。
カウレウス将軍も兵士が着る服までは気が回らなかったようだ。
「高い山に登ると寒いだろ。あれと同じだ。戦いが終わるまで我慢してくれ」
ディンは兵士たちをどうする事も出来ず、戦いを早く終わらせる事に集中する。
やっと竜炎撃の射程距離まで近付いた。敵の船の上でこちらを指差す指揮官らしい者が居る。
「射撃準備……狙え……放て!」
二筋の炎が敵を目指し宙を翔ぶ。一発は外れたが、もう一発は船尾に命中し爆発した。敵の船から人間が転げ落ちるのが見えた。
ダルバルの方も竜炎撃を撃ったが二発とも外れたようだ。ディンはこのままではかなりの相対速度ですれ違ってしまうのでスピードを落とし方向転換する準備を始める。
「命中すると思ったら、どんどん放て」
兵士たちには各自の判断で竜炎撃を発射するよう命じた。
魔導飛行バギーと敵の魔導飛行船がもう少しですれ違うというタイミングで敵の魔導兵が攻撃魔法を放った。氷槍が太陽光で煌めきながら迫るのに気付いたディンは、急上昇して避けた。
ダルバルの操縦する魔導飛行バギーから竜炎弾が放たれる。飛行船の左舷中央に命中し大穴を開けた。敵は船上で大混乱に陥っている。ディンは反転し敵を追い掛け始める。
敵の弓隊も二台の魔導飛行バギー目掛けて矢を放っている。まぐれ当たりの矢が魔導飛行バギーの前面に命中し金属音を響かせながら落ちていった。
後ろの兵士たちは何度か竜炎撃を発射しているが命中せず焦り始めていた。
ディンは近付いて狙い撃つ決断をした。
「近付くぞ。しっかり狙って放て!」
「「ハッ!」」
魔導飛行バギーを敵の飛行船に寄せていく。敵の放った矢がディンの脇腹を掠って血を流させる。
「殿下!」
ディンが血を流しているのに気付いた兵士が大声を上げた。
「大丈夫、そろそろだ。……狙え……放て!」
竜炎弾が魔導飛行船の船首と甲板中央に当たった。爆発により木片が飛び散り甲板を炎が押し包む。大量の煙を吐き出しながら魔導飛行船が高度を落とし始めた時、積んであった天激爆雷が誘爆した。
大気を震わす爆音がディンの耳を打つ。その後、爆風が魔導飛行バギーを揉みくちゃにする。
ディンが必死でバランスを取り戻した時、木っ端微塵となった船の残骸が王都に降り注ぎ大きな被害を出していた。ディンは唇を噛み締め、この災害を招いたミスカル公国に呪詛の言葉を吐き出した。
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