第212話 勇者の迷宮、最終階層

 遂に勇者の迷宮の最終階層である第二十階層に到達した。

 目の前には火山が聳え立ち、足元には火山岩がゴロゴロと転がっている。草木はほとんどなく、無機質な景色が眼前に広がっていた。


 迷宮に火山が存在する事実に驚き、唖然として眺めていたが、よく観察してみると火山のミニチュアらしきものだった。高さは五十メートルほどしかなく、火口も大きくはない。


 山頂から煙が上がっているが大した量ではない。

「こういう光景を見ると迷宮は誰が作ったのかと疑問が湧いて来る。どう思います?」

「そうですな……神のおもちゃ箱か、邪神の罠という感じでござる」


 神のおもちゃ箱か、面白い例えだ。

「目的のファイアードレイクは何処に居る?」

 <魔力感知>で探すと左前方の火山岩の丘の裏辺りに魔力の反応がある。俺たちは丘を目指して進み始めた。


 もう少しで丘の麓に辿り着こうという時、大きな火山岩の後ろからサラマンダーが現れた。何かから逃げるように必死で走って来る。


 サラマンダーはオレンジ色のイグアナのような姿をしており、全長が二メートルほどあった。こいつは傷を受けると特殊な油を分泌し燃え上がる特性を持っているので一撃で仕留める必要がある。


 邪爪鉈を構えた俺は五芒星躯豪術で魔力を練り始めた。五芒星の形で流れる魔力を両足に流し込むと同時に地面を削り取るかのように蹴る。


 七メートルほど有った間合いを一瞬で跳ぶ。その勢いを殺さず運動エネルギーを邪爪鉈に乗せ、サラマンダーに叩き付けた。


 サラマンダーの頭が真っ二つに割れ息の根が止まる。俺たちは流れ出す血を瓶に保管し剥ぎ取りを行う。サラマンダーの血や素材は魔道具の素材や触媒として使われる。需要が多い割に、狩る者が少ない貴重な素材だった。


 剥ぎ取った物を魔導バッグに仕舞い、先に進む事にした。

 丘に登ると向こう側にファイアードレイクの姿が見える。何かを探しているような様子なのでサラマンダーを追っていたのだろう。


 全長七メートルの巨大な身体は暗い朱色で、姿形はエリマキトカゲに似ていた。首の部分に襞襟ひだえり状の膜が垂れ下がっており、敵を威嚇する時、この襟巻が広がるらしい。


「先手必勝でござる」

 伊丹が<缶爆マジックボム>を投げ付けた。ファイアードレイクに命中した<缶爆マジックボム>が爆発。その爆発はファイアードレイクをよろめかせ、身体に小さな傷を付けた。


 <缶爆マジックボム>くらいでは大したダメージを与えられないようだ。

 豪竜刀を抜いた伊丹が走り出す。俺はマナ杖を取り出し<魔粒子凝集砲マナコヒージュンキャノン>の準備をする。灼炎竜にダメージを与えた攻撃魔法ならファイアードレイクを倒せるだろう。


 伊丹は抜刀術を使うつもりのようだ。巨大トカゲの近くに駆け寄り、鞘から豪竜刀を抜くと同時に奴の腹を斬り裂いた。


 伊丹が飛び下がった一瞬後、腹から大量の血が吹き出した。俺は咄嗟に<魔粒子凝集砲マナコヒージュンキャノン>から<渦水刃ボルテックスブレード>に切り替え流れ出す血を吸い上げ始める。直径五〇センチほどの円盤状の渦水刃が完成する。


 以前は近距離でないと<渦水刃ボルテックスブレード>は使えなかったのだが、竜の洗礼を受けた後は、ある程度離れていても発動可能になっていた。それだけ制御可能な魔力が増加した証拠である。


 真紅の渦水刃は高速で回転しながらファイアードレイクの頭上に浮き上がる。危険を感じたのか。突然、ファイアードレイクが二本足で立ち上がり、俺に向かって駆け出した。あのエリマキトカゲの走り方と同じである。


 どこかユーモラスな走り方なのだが、二本足で立ち上がると五メートルほどの高さになる巨大トカゲが迫って来るのだ。その迫力は半端ではなかった。


 俺は渦水刃をファイアードレイクの背中に叩き込んだ。真紅の渦水刃は背中の皮を切り裂き、内部に有る筋肉と臓器を切り刻む。


「グゲゲゲゲ───ーッ!」


 甲高い悲鳴を上げたファイアードレイクは足をもつれさせ倒れる。巨大トカゲは倒れると同時に象牙のような二本の牙から炎を吹き出した。


 炎の帯が周囲を焼き、俺たちは退避するしかなかった。ファイアードレイクの周りで吹き荒れる炎の所為で段々と気温が高くなる。


「伊丹さん、結界を張るから近くに」

「承知」

 伊丹は俺の傍に駆け寄り巨大トカゲを睨む。熱気が強まるのを感じ<遮蔽しゃへい結界>を張る。伊丹がホッとしたのを感じた。熱気が遮断され、幾分気温が下がったのだ。


「結構なダメージを与えたと思ったんだけど、あいつはしぶと過ぎる」

 正直な感想を言うと伊丹も頷いた。

「あいつは首でも刎ねねば仕留められぬのでは」


 炎を吹き出しながら藻掻いていたファイアードレイクが回復し立ち上がった。

 ファイアードレイクが吹き出す炎は、タコが吐く墨と同じなのかもしれない。敵の目をくらまし寄せ付けない為に炎を吐き、その間に回復する。一種の防御行動なのだろう。


 吹き出していた血が止まり、威嚇するような唸り声を発している。すぐに襲い掛かって来ないのは警戒しているからだろう。


 炎を吹き出すのは止めていたが、ファイアードレイクの周囲は熱せられた火山岩により未だに高温だった。


 周囲を高温にした事でファイアードレイクは安心したようだ。自分から襲って来ようとはせず俺たちが攻撃を仕掛けるのを待っている。


 回復を待ってから攻撃しようとでも思っているのだろうが、その戦術は間違いだった。俺の最も強力な攻撃は離れた場所から叩き込む<魔粒子凝集砲マナコヒージュンキャノン>だからだ。


 マナ杖を掲げ呪文を唱える。今回はマナ杖のボタン二回押し攻撃魔法を放った。

 大気を集め凝縮した魔粒子凝集弾は青くゆらゆらと輝き、込められた力の余波を周囲に振り撒いていた。その余波を感じたファイアードレイクが二本足で立ち上がり攻撃を仕掛けようと動き出す。


 俺は魔粒子凝集弾を巨大トカゲ目掛け放った。ファイアードレイクが炎を吐き出し魔粒子凝集弾にぶつける。その炎をぶち抜いて魔粒子凝集弾が飛びファイアードレイクの胸に命中した。


 魔粒子凝集弾が爆発しファイアードレイクを吹き飛ばす。爆発の衝撃波は、その胸を陥没させ中の内蔵を押し潰した。当然、心臓も押し潰され致命傷となる。


 巨体が地響きを立て倒れた。

「フウーッ」

 肩の力を抜きマナ杖を仕舞う。

 俺たちはやっと目的のファイアードレイクの牙を手に入れたのだ。


「この階層で終わりなのに何もないのでござろうか?」

 伊丹が不満そうに言う。

「この迷宮の最終階層は、ここではなく第二十一階層だったという噂です。勇者が本当の最終階層を封印したので、ここが最後になったと言う話です」


「本当の最終階層には何が有ったのでござる?」

「さあ……真龍が眠っていると言う噂が有りますけど本当かどうかは……」


 勇者が刻んだという文章が火口近くにあるとギルドの資料に有ったので、小さな火山を登り、火口付近に行ってみた。


 火口に到達すると下の方にマグマが湧き出している場所が見える。その熱気が伝わり汗が吹き出てきた。見渡すと左の方に石碑みたいなものが有った。

 近付いて見てみる。───ー確かに文字が刻まれていた。古代魔導帝国の言語であるエトワ語だ。


 書かれていた文章は所々が欠落している。

『───ーオークの軍勢が禁忌を犯し───に挑んだ。──帝の目論見は────の復活────為に────魔晶玉が必要だっ────。怒り狂った────はオークだけでなく、人間の──も襲い、幾つもの────が滅んだ。────────止めなければ────』


 俺は読んだ文章を、そのまま伊丹に伝えた。

「オークどもが何かやらかした事は判るが……ほとんど意味不明でござる」

「勇者がこれを刻んだとすれば、何故迷宮にこんな文章を残したのか?」

「謎でござる」


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