第210話 リンゴパイと勇者の迷宮
天激爆雷を積んだ魔導飛行船が王都と迷宮都市に向かって飛翔している頃。
迷宮都市の趙悠館では、サラティア王女がルキと一緒にアカネの手伝いをしていた。
「ねえねえ、アカネお姉ちゃん。今日はにゃに作るにょ」
ルキが可愛い目をキラキラさせて聞いていた。その隣りには可愛いドレスを着た王女も目を輝かせてアカネを見ている。
「今日はね。メルカパイを作るの」
メルカとはリンゴに似た果物で、メルカパイはリンゴパイの事である。
「まずはパイ生地から作るわよ」
この世界にも小麦は幾つか種類が有り、比較的軟らかい小麦から薄力粉、硬めの小麦から強力粉が作られている。今回のパイ生地は薄力粉と強力粉を同じ比率で混ぜ合わせ、バターを加えてからバターを潰すようにしながら小麦粉と混ぜ合わせる。
これに塩を溶かした冷水を振り掛け適度な硬さにして纏まったら少し寝かせる。
メルカパイは食堂でも出す予定なので、同じ要領で食堂で働くおばさんたちにも手伝って貰いパイ生地を多目に作る。もちろん、ルキと王女も一緒になって『きゃあきゃあ』言いながら楽しそうにパイ生地を作っている。
パイ生地を寝かせている間にメルカの皮を剥いて適当な大きさに角切りにする。角切りにしたメルカとバター、樹液糖を鍋に入れ、竈で熱しメルカが透き通るようなきつね色になってたら取り出して冷ます。
お昼になったのでメルカパイ作りを一旦中断し食堂へ行く。昼は外からも食事に来る客が大勢いるので忙しくなる。
趙悠館の食堂は一応一般客にも開放している。趙悠館を建てた大工たちや知り合いの多くが希望したからだが、食堂を維持するのに外の客も必要だった。それでも広く知られている訳ではない。知る人ぞ知るという感じの食事処である。
食堂には小さな個室が一つ有り、少人数での食事会や特別なお客様の接待にも使えるようになっている。ただ特別なお客様である王妃と王女はみんなと一緒に食べるのがいいと言い、滅多に使わない。
太守館から警備の為に衛兵が来ているし、世話係の侍女が王妃や王女の周りに居るのだが、目立たないようにしろと指示されているらしく、一般客は貴族の泊り客だと思っている。
この日の昼食には、特別料理として贅沢に灼炎竜の肉から作った干し肉で出汁を取ったブイヨンを使ったクリームシチューが出された。
これが絶品で、何故か太守館で働くヒンヴァス政務官とモクノス商務官が注文し絶賛する。
「お二人とも態々ここまで来て昼食ですか?」
オディーヌ王妃が尋ねると恐縮したヒンヴァス政務官が答える。
「王妃様、ここの料理は少し遠くとも来て食べるだけの価値があります。そうではありませんか?」
王妃は苦笑し頷いた。
「そうですね。本当に美味しい料理です」
二人は趙悠館の料理が気に入り、昼食の時間になるとふらりとやって来るらしい。
ルキとサラティア王女も幸せそうにクリームシチューを食べる。
「美味しいです」「ルキも好き」
王女はルキが口の周りを汚すとハンカチで拭いて上げる。王女にとってルキは妹のような存在になっていた。
昼食を終え、食堂のお客さんが一段落した頃、メルカパイ作りを再開する。
寝かせ終わったパイ生地を取り出し打ち粉をしてからめん棒で伸ばし折り紙のように三つ折りにする。九〇度方向を変え同じように伸ばして三つ折りにしたものをもう一度寝かせる。
寝かせ終わったものを均等に分け丸く伸ばしパイ生地を幾つか完成させる。
完成したパイ生地にフォークで穴を開け、上に被せる方の生地には包丁で切れ目を入れる。土台になる方の生地の上に冷ましたメルカの角切りを盛り付け、切れ目を入れたパイ生地を被せ周囲を押し潰すようにして結合させる。
ルキと王女は丸く伸ばしたパイ生地にメルカの角切りを盛り付ける手伝いをする。慎重にメルカの角切りを置いていく王女とは反対に、ルキは大雑把に盛り付ける。
料理にも性格の違いが出て面白いとアカネは思った。
後は焼くだけだが、石窯を使う。以前にピザを作った時に好評だったので、フオル棟梁に頼んでちゃんとした石窯を庭の片隅に作って貰った。パンも焼ける石窯である。
石窯に火を入れ十分な温度になるまで熱してから火を取り出し、パイを入れ扉を締め余熱だけで焼く。
完成したメルカパイは甘い香りが漂い美味しそうだ。
昼食を食べてから、そう時間が経っていないが、身体を動かしたのでパイの一切れくらいは食べれそうだ。
パイを小さく切り分け、まずはアカネが味見をする。サクサクしたパイ生地と中の甘いメルカの実が口の中で舌を刺激し幸せな気分にしてくれる。
「美味しい……」
アカネが呟くとルキがメルカパイを手に取り齧り付く。
「うみゃあ~」
その声を聞いて王女がアカネを見る。
「味見していいわよ」
アカネが許可を出すと王女がメルカパイを口に入れる。その途端、最高の笑顔を浮かべる。
アカネは手伝ってくれたおばさんたちにメルカパイを一切れずつ配った。好評だった。
「アカネお姉ちゃん、もっと作っちぇよ」
ルキが物足りないらしくおねだりした。
「駄目よ。これは夕食後のデザートにするから、それまでお預けよ」
「ええーっ、そんにゃー」
国の反対側では戦争をしていると言うのに、迷宮都市は平和だった。
一方、俺は伊丹と二人で、朝から勇者の迷宮へ潜っていた。目的は最終階層にいるファイアードレイクである。
この魔物はファイアードレイクと名付けられているが竜ではない。別名『火炎オオトカゲ』とも呼ばれるトカゲの一種で口の脇から突き出た二本の牙から炎を吹き出す魔物である。
何故、ファイアードレイクを狩る必要が有るのかというと、竜閃砲の改良に取り組んでいたのだが、発射時に放出される熱を防ぐのにファイアードレイクの牙が必要になったのだ。
単に熱を防ぐだけなら鉄板で竜閃砲の穂先をチューリップの花のように囲えばいいのだが、それだと重くなり使いづらくなる
耐熱性が高く軽い素材となると限られており、手近で手に入れられるのはファイアードレイクの牙だけだった。因みにファイアードレイクはルーク級上位にランク付けされている。
国が戦争を行っている時に、迷宮探査などしている場合かとも思ったが、竜炎撃一〇〇本を製作し、やるべき事は果たしたと思い返し迷宮に来た。
勇者の迷宮の第十六階層へ直通する階段を下り、そこから第十五階層へ行き魔光石を回収する。竜閃砲は魔光石を大量に消費するので在庫を増やしたかったのだ。
魔光石を採取してから第十六階層へ戻り、前方を見渡す。巨大空間は見渡す限り草原で、スライムがうじゃうじゃとひしめき合っていた。
このスライムの楽園を突破する方法だが、あれだけ悩んだのに自然と解決していた。『竜の洗礼』を受けた俺と伊丹にはレベルの低い魔物が近寄らなくなっていたのだ。
スライムの群れに近付くとスライムたちが先を争って逃げていく。
「こういう光景を見ると複雑な気分になるな」
俺が呟くと伊丹が頷く。
「そうでござるな……我らが魔物から恐れられる存在になるとは思いもしませんでしたから」
戦闘態勢の俺と伊丹は威圧感の有る気配を纏っているようだとアカネに指摘された。自分自身では意識していないのだが、どこかの漫画に出て来るような覇気を放っているようだ。
俺たちは草原をゆっくりと進み、奥にある階段を見付けて第十七階層へ下りた。この階層は荒野に幾つかの巨大な蟻塚が存在するエリアだった。
お馴染みの巨大な蟻が荒野を這い回っていた。それも体格から判断すると軍曹蟻のようだ。
俺は背負っているリュックの側面に付けられている物入れから邪爪鉈を取り出し油断なく先に進む。魔物も軍曹蟻ほどになると逃げようとはしない。
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