第209話 フロリス砦の決戦 2
将軍と参謀が細かい点を詰め作戦を練って行く。
「フロリス砦を天激爆雷により壊滅させたとして、その先に軍を進められるか?」
その参謀は難しい顔をして首を振る。
「今回の敗北で兵士の半数が戦えなくなりました。兵士を補充し攻略軍を再編成しなければ無理でしょう」
攻略軍の再編には数ヶ月単位の時間が必要である。それだけの時間をマウセリア王国に与えれば、防備を固められてしまう。結局、侵攻作戦は失敗に終わるという事だ。
このまま故国に帰れば、ホウレス将軍は責任を追求され処罰されるだろう。処罰を軽くする為には、フロリス砦に打撃を与えるだけでは不十分だ。
将軍はマウセリア王国の王都エクサバルにも天激爆雷を落とし、王国に防備を固める余裕を失くそうと企図し参謀たちに検討するよう命じた。
十六夜が一つ提案する。
「王都エクサバルだけでなく、迷宮都市にも天激爆雷を使うべきではありませんか」
参謀の一人が難色を示す。
「辺境の地方都市ではないか。必要ない」
「ですが将軍。あの魔導武器を開発したのも迷宮都市。これ以上厄介なものを戦場に投入されぬよう潰しておくのが良いのでは……」
「よし……幸いにも、天激爆雷は三つ有る。三箇所に落とすぞ」
ホウレス将軍が決断を下し三隻の魔導飛行船に天激爆雷が積み込まれた。
ヴァスケス砦から三隻の魔導飛行船が飛び上がる。それを敵陣を監視していたフロリス砦の偵察部隊が発見し連絡用の鳥型魔物を飛ばした。
偵察部隊には必ず『調教術の神紋』を持つ兵士が組み込まれており、鳥型の魔物を引き連れていた。
鳥型魔物の飛翔速度は時速一〇〇キロを超えるので魔導飛行船より早くフロリス砦に到着した。鳥型魔物が運んで来た通信文を読んだタカトル将軍は参謀役である部下とロルフ竜騎長とオラツェル王子を呼んだ。
フロリス砦に建てられた兵舎の一画を作戦室として使っていた。
そこにロルフ竜騎長が行くとタカトル将軍が難しい顔をして地図を睨んでいる。
「何か有ったのですか?」
「偵察部隊から知らせが来た。三隻の魔導飛行船が飛翔し、こちらへ向かっているそうだ」
魔導飛行船と聞いてヴァスケス砦の最後を思い出した。
「まさか、ヴァスケス砦がやられた魔導兵器を使うつもりか」
タカトル将軍が苦り切った顔で頷いた。
「その可能性が高いだろう。竜騎長の部隊が装備する魔導武器で魔導飛行船を撃ち落とせるかね?」
今回の攻防で魔導兵のほとんどが負傷するか死んでしまった。頼れそうなのが竜炎部隊しか無いのだ。
「射程距離まで近付いて来れば落とせると思われます」
「そうか、もしもの時は頼む」
ロルフ竜騎長は竜炎部隊を防壁の上に上げた。
「ファルト百騎長、無理をせずに休んでいていいんだぞ」
敵の鉄砲隊の攻撃で肩を負傷したファルト百騎長が防壁の上に登って来たのを見てロルフ竜騎長が声を掛けた。
「敵が近付いているのに寝てなんかいられません」
ロルフ竜騎長は苦笑した。ファルト百騎長が銃弾に倒れた時には戦死したのかと胸を痛めたが、後で軽傷だと知って安堵した。
程なくして東の空に一隻の魔導飛行船が現れた。明らかに竜炎撃の射程距離以上の高度を飛んでいる。
「まずいな。奴らかなりの高度で飛んでいる。それに一隻だけなのは何故だ?」
ロルフ竜騎長は公国軍の戦術を理解した。こちらが手出し出来ない高度で侵入し例の魔導兵器を落とす気なのだ。
「しまった。魔導飛行バギーを用意しておくべきだった」
こういう空中の迎撃戦においては小回りが利く魔導飛行バギーが最適だった。
ロルフ竜騎長は一か八かの賭けに出る。竜炎撃の射程距離を伸ばす方法が一つだけあるのだ。
防壁の上に竜炎部隊の兵士たちを並ばせ、敵の魔導飛行船を狙わせる。
もう少しで真上に来るというタイミングで命令を出す。
「第一小隊は魔導飛行船を狙い、倍加竜炎弾を放て!」
倍加竜炎弾と言うのは発射ボタンを続け様に二回押し二倍の魔力を使って竜炎弾を放つ奥の手である。
これは竜炎撃が故障する可能性も有るので普段は禁じている。
オレンジ色ではなく真紅の竜炎弾が宙を駆け上る。竜炎部隊にとって初めての対空射撃である。正確に狙ったはずの竜炎弾が魔導飛行船の後方に逸れて行く。
「ああ~っ!」
「クソッ、もう少しなのに」
それを見ていたフロリス砦の兵士たちが悔しそうな声を上げた。
ロルフ竜騎長は冷静だった。
「他の小隊の者、見たな。照準を修正し倍加竜炎弾を放て!」
倍加竜炎弾はロルフ竜騎長が考えていたより射程の伸びが悪いが、辛うじて魔導飛行船に届くようである。今度は飛行船の手前を狙った真紅の竜炎弾が標的の前方を囲むように上昇する。
真紅の竜炎弾が作り出した包囲網の中に魔導飛行船が進み出た。最初の一発目と二発目は魔導飛行船の船尾を掠め消える。だが、魔導飛行船の幸運もそこまでだった。
三発目が右舷側中央に命中し衝撃を与えた瞬間、倍加竜炎弾が直径四メートルの炎の球体に膨れ上がり舷側を焼き尽くした。高温にさらされた箇所が炭化し燃え上がる。
船上では乗員が右往左往し船長らしい男が怒鳴り声を上げていた。
「あの魔導武器は、ここまで届くのか……『天激爆雷』を投下しろ!」
ホウレス将軍の参謀である男が命じる。
天激爆雷が投下された直後、続け様に船が大きく揺れる。別の倍加竜炎弾が命中したのだ。真っ黒な煙を吐き出しながら魔導飛行船が高度を落としていく。燃え上がった炎が船の浮力の源である翔岩竜の翼膜で作られた浮力装置に燃え移り魔導飛行船の浮力を奪っているのだ。
ロルフ竜騎長は魔導飛行船から何かが落とされたのに気付いた。
「全員、退避しろ!」
防壁の上から竜炎部隊の兵士が退避を始めた。兵士たちは素早く近くの階段に駆け寄り下へ逃げる。
八割ほどが階段に逃げ込んだ時、天激爆雷が発動した。発動した場所はフロリス砦から三〇メートルほど前方の上空だった。倍加竜炎弾の攻撃に怯えた敵の参謀が天激爆雷の投下タイミングを早めた所為でズレたのである。
真っ赤な光を放った天激爆雷は雨のように雷撃を落とし始めた。防壁の一部にも雷撃は命中し轟音が響き渡る。逃げ遅れた竜炎部隊の一部兵士が叫び声を上げ倒れた。
天激爆雷の投下位置がズレたお陰で、砦が受けた被害はヴァスケス砦よりずっと少なかった。しかし、竜炎部隊だけは大きな被害を受けた。
逃げ遅れた竜炎部隊の二割が死傷した。死傷者の数を知ったロルフ竜騎長は激情に駆られ自分の頬を思い切り叩いた。
その横では、ファルト百騎長が無念そうに部下の遺体を見詰めている。
「何て事だ。部下を……」
その様子をロルフ竜騎長が見ていた。
「しっかりしろ。まだ戦争が終わった訳ではないのだぞ。他の二隻の魔導飛行船が気になる。将軍の所へ行くぞ」
ロルフ竜騎長はファルト百騎長を伴いタカトル将軍の所へ行った。
迎えた将軍は今まで見せた事のない笑顔で出迎えてくれた。天激爆雷により砦に被害は出たが修復可能である。そして、敵の魔導飛行船が墜落したのを確認し勝利を確信した。
「竜騎長、君たちのお陰でフロリス砦を守り抜けた。感謝するよ」
「それより将軍、ここに現れなかった二隻の魔導飛行船が気に掛かります。もしかすると……」
タカトル将軍が厳しい顔になり、通信担当の部下を呼び寄せた。
ここに現れなかった二隻の魔導飛行船が、別の場所を襲う危険に気付いたのだ。可能性が高いのは、王都と交易都市である。タカトル将軍はモルガート王子と国王に警告文を送るよう手配した。
この時点で、王国側の誰もが迷宮都市を魔導飛行船が襲うとは思ってもいなかった。
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