第208話 フロリス砦の決戦
ロルフ竜騎長たちが敵陣の細かい配置や敵兵の動きを調査している間に、オラツェル王子たちがフロリス砦に到着した。
逃げ出した時に激怒していたので、すぐさま怒鳴り込んで来るかと覚悟した。だが、それは杞憂に終わる。モルガート王子に何か言われたのか。オラツェル王子はロルフ竜騎長たちが宿泊している兵舎には来なかった。
一方、公国軍は何かを待っているかのように無理な戦いはせず、弓隊の攻撃や魔導兵による単発的な攻撃魔法を仕掛けて来るだけで、本格的な戦いを仕掛けて来ない。
ロルフ竜騎長は敵が何を待っているのか不安になる。それはタカトル将軍も同じらしく、防壁の上に立ちジッと敵陣の様子を見ている姿をよく見た。
オラツェル王子が到着した次の日、戦局が動いた。公国軍が全力でフロリス砦を落とそうと突撃して来たのだ。
そして、散らばっていた敵の魔導兵たちが砦の門が有る場所に集まり始める。タカトル将軍は味方の魔導兵を門に向かわせる。魔導兵と戦えるのは魔導兵だけだからだ。
まず、主力の弓兵が砦の防壁に近付き矢の雨を降らせ始めた。弓兵の規模は二千数百、射程ギリギリの位置に展開し全力で矢を放ち続ける。多くの矢が防壁の内部にまで飛び込み砦の内部は慌ただしくなった。
砦側からも弓兵が射返し始めた。敵味方の矢が負傷者を生み出す。
「誰か───手を貸してくれ!」
手傷を負った味方を後方に運ぼうとする兵士が叫んでいる。
戦場に血の臭いが漂い、負傷者の呻き声が木霊する。
「まずいぞ。魔導兵が出て来た!」
砦側の誰かが叫んだ。それが合図となったのか、敵の魔導兵が<
それを見た味方の魔導兵が『流体統御の神紋』の基本魔法である<
とは言え、砦の門は鋼鉄で補強された頑丈なもので、攻撃魔法の一発や二発でどうなるものでもない。
砦側の魔導兵が<
しばらく攻撃魔法の撃ち合いが続いた。当然ながら魔導兵の多い公国側が優勢となる。そして、先に魔力が尽きたのは砦側だった。
このタイミングで、公国軍は天激爆雷を積んだ魔導飛行船を発進させた。王国側の魔導兵が魔力切れになるのを待っていたのだ。
それだけではなく、梯子を持った攻城兵に命令し防壁に取り付かせる。梯子を防壁に立て掛けた敵兵が梯子を登り始める。登って来た敵兵を王国軍の兵士が防壁から突き落とす。
その中にはオラツェル王子の配下も居た。簡易魔導核を元に作られた魔導武器で敵兵を仕留めている。魔導槍の先から炎を吹き出し敵兵を焼き殺す者、魔導剣から烈風刃を飛ばし切り裂く者などが目立つ。
だが、それらの目を引く魔導武器だけでなく、紙で出来ているかのように鎧を斬り裂く剣や兜を断ち割る鉈、頑丈な盾を貫き敵兵の胸を串刺しにする槍なども目を見張る活躍をする。
オラツェル王子が護衛を引き連れ、防壁の上で戦況を見ているロルフ竜騎長たちに駆け寄って来る。
「何故戦わない、貴様ら何をしているんだ!」
強力な武器を持ちながら戦おうとしない竜炎部隊に御立腹のようだ。
「敵を殲滅するタイミングを待っているのです」
ロルフ竜騎長が答えるとオラツェル王子が怒りを露わにして。
「強力な魔導武器を使わないなら、我らに寄越せ」
その時、敵の主力が動いた。防壁に近付き内部に火矢を打ち込もうとする。ロルフ竜騎長が大声を上げる。
「攻撃準備……敵の弓兵を狙え……放て!」
慌ただしく命令を始めたロルフ竜騎長に怒気を放つオラツェル王子が取り残されてしまう。
防壁の各所に身を隠していた竜炎部隊の兵士は竜炎撃を構え敵の主力を狙うと炎の塊を放った。因みに炎の塊を『竜炎弾』と呼ぶようになる。
一〇〇に近いオレンジ色の竜炎弾が敵の弓兵部隊に向かって降り注ぐ。着弾した竜炎弾は爆発し炎を飛び散らせる。着弾点近くに居た敵兵は吹き飛ばされ、その周囲の者は高温の炎で酷い火傷を負う。
敵の主力部隊は密集していたので竜炎撃の一撃で五、六人の兵士が死傷した。そんなものが数十発も一斉に叩き込まれたのだ。
目を怒らせながら見ていたオラツェル王子だったが、竜炎部隊が作り出した敵の惨状を見て背筋が凍るような思いを味わった。
「何と言う威力だ……」
ロルフ竜騎長にオラツェル王子の相手をしている暇はなく命令を続けて発する。
「続けて放て!」
敵の主力部隊は混乱していた。そこに続けて竜炎弾が襲い掛かり混乱に拍車を掛ける。十数回の一斉射撃で主力部隊は壊滅した。
「各小隊は魔導兵の集団を狙え!」
ロルフ竜騎長の指示が飛ぶ。
敵の魔導兵に向け竜炎弾が飛ぶ。これを魔導兵は<
公国軍の一角で鉄砲隊を指揮していた
防壁の上で竜炎部隊の数人が銃弾を受け倒れた。その中の一人がファルト百騎長である。ロルフ竜騎長は目を怒らせ鉄砲隊を狙うように命じる。
十六夜は敵の魔導武器の威力に焦りを覚え、続け様に命じる。
「弾込め……狙え……撃て!」
鉄砲隊が撃つのと竜炎部隊が竜炎弾を放ったのはほとんど同時だった。速度は弾丸の方が速く、銃弾が先に竜炎部隊の兵士を傷付ける。
直後、竜炎弾が鉄砲隊に降り注ぐ。
竜炎弾が鉄砲隊の周囲に着弾し始めると射撃どころではなくなった鉄砲隊が潰走する。有効射程・威力共に竜炎撃の方が上のようだ。
十六夜は折角作り上げた鉄砲隊が竜炎弾により吹き飛ばされるのを目撃し歯噛みする。十六夜の周囲にも竜炎弾が着弾するようになり撤退した。
「噂に聞く迷宮都市で作られた魔導武器だな……口惜しいが単発銃くらいでは相手にならんか」
十六夜の下に部下が駆け寄る。
「隊長、部下たちが単発銃や火薬を放り捨て逃げています」
日本から連れて来た部下だった。
「クソッ……漸く育て上げた鉄砲隊だったのだぞ」
「これからどうしますか?」
部下の質問に不機嫌な顔をした十六夜は。
「ホウレス将軍と合流する」
戦場は煙と炎に包まれていた。
砦の近くまで来ていた魔導飛行船も下の様子を見て引き返していく。このまま突っ込めば竜炎弾を喰らい墜落するのは必定だからだ。
ヴァスケス砦まで退却した公国軍は敗残兵の集団に成り下がっていた。
十六夜と部下がホウレス将軍の本陣に行くと。公国軍の指揮官たちが各部隊の状況を報告している。それを聞く度に将軍が熊のような唸り声を発している。
最後に十六夜が鉄砲隊がほぼ壊滅状態だと報告すると。
「なんという事だ。イザヨイ隊長、君の鉄砲隊は何をしていたのだ」
将軍が熊のようにウロウロしながら、怒声を上げた。
「敵の新しい魔導武器を装備した兵士の何人かを倒しました」
「最初の一撃だけですね」
参謀の一人が暗い声で報告する。
将軍が怒鳴り散らし指揮官たちに罵声を浴びせた。その後、冷静さを取り戻した将軍が参謀の一人に尋ねた。
「どうすればいい?」
その参謀は少し考えてから提案した。
「『天激爆雷』を使うしか無いでしょう」
「だが、奴らには新しい魔導武器が有る。魔導飛行船を落とされるだけではないのか?」
「前回は狙いを付け易いように低空で侵入し天激爆雷を落としました。今回は三倍の高さから侵入します」
「それなら攻撃魔法や新しい魔導武器の攻撃を喰らわずに済むのだな?」
「新しい魔導武器の有効射程距離は攻撃魔法よりは長いですが、倍と計算しても大丈夫なはずです」
魔導飛行船はあまり高くを飛ばさない。上空は寒く体調を崩す者が出るからだ。
「船の乗員たちには無理をして貰うが、故国の為だ」
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