第206話 竜炎部隊の訓練

 練兵場から国王一行が去ると弓隊の精鋭二〇〇名と部隊の指揮官である竜騎長ロルフ・ニルバーンが残った。


 この部隊は『竜炎部隊』と呼ばれる予定になっているが、まだ正式には存在しない部隊である。敵の間諜を警戒し秘匿していたのだが、竜炎撃の存在が兵士たちの間で広まっているようでは、あまり意味が無かった。


 竜騎長という階級は連隊クラスの部隊を指揮するものである。二〇〇名程度の部隊を指揮するなら千騎長が相応しいのだが、この竜炎部隊の重要度を考え、ロルフ竜騎長が指揮するようカウレウス将軍から指名された。


 ロルフ竜騎長は戦争を左右する重要な部隊を任され、その重圧で眠れない日々を過ごしていた。将軍に指名されるほど優秀な武官なのだが、軍の規律に対してルーズな面が有り、そこを心配し副官には厳格で几帳面な者が選ばれた。


 その副官であるファルト百騎長が声を掛ける。

「ロルフ隊長、皆に竜炎撃を配りましょうか」

「いや、その前に小隊単位に並ばせろ」


 竜炎部隊は五〇名を小隊として編成し小隊単位に竜炎撃を管理させようと考えていた。小隊ごとに兵士たちが整列すると一小隊に竜炎撃二十四本が配布された。


 魔光石の予備は、竜炎撃が完成する前に王都に届けられており、訓練に使う分は確保されていた。


 ファルト百騎長は昨日フロリス砦から帰ってきたばかりで竜炎撃が実際に使われる処を見ていない。それだからだろうか。こんな武器が一〇〇本足らずで何が出来るのかと疑問に思っていた。


「この武器に戦の劣勢を覆すほどの威力が有るのでしょうか?」

 副官の疑問にロルフ竜騎長が苦笑いを浮かべる。カウレウス将軍から話を聞いた時、自分も同じ事を思ったからだ。だが、竜炎撃を一度試射して納得した。

 この武器には一流の魔導師が行使する魔法と同じ威力が有る。


「威力は試射すれば判る。それより魔光石の手配はどうなっている」

 ロルフ竜騎長は竜炎撃のエネルギー源である魔光石の心配をする。


「『虫の迷宮』から運び出せるだけ持ち帰り、モルガート王子が保管されております」

 魔光石を保管するにはアルミの容器が必要なので、迷宮都市で製作した物を交易都市ミュムルに送り、そこのハンターギルドに魔光石を集めて来るよう依頼していた。


 ロルフ竜騎長は、その保管量を聞きホッとする。全ての竜炎撃に二回補充するほどの量が有ったからだ。

「十分な訓練が出来そうだな」


 竜炎撃は魔光石を一度補充すると二十五回ほど射撃可能である。ここには迷宮都市から届けられている予備の魔光石が有るので十分な訓練が実施できる。

 一方、ファルト百騎長はその回数を聞いて少ないと感じた。敵は一万を超える兵力で攻めて来ているからだ。


 竜炎部隊に竜炎撃の取扱について再度注意してから、魔導飛行船に乗り込むよう命じた。訓練場所へ移動するのだ。訓練場所は王都の北にあるキルル山を越えたヘルン草原である。


 移動は速やかに終わった。この時期は海側から内陸へと風が吹くので追い風を受けて進む魔導飛行船には好都合なのだ。


 ヘルン草原には小さな池が在ったので、その池に船を着水させ、部隊だけ歩いて移動する。


 到着した場所は小さな丘の上である。三方が草原で西側に魔物の住む小さな森があった。この場所を訓練場所として選んだのは、丘をフロリス砦に見立てて訓練を行おうと考えたからだ。しかも街道から遠くはなれており、滅多に人が来ない場所なので秘密が漏れない。


 船を降りてから休憩を取り、訓練を開始する。丘の東側の草原に旗を立て五〇〇メートル四方を九分割する。それぞれを『北1』『中央2』『南3』と言うように名付けた。数字は遠い方から番号を振ったものだ。


 部隊を整列させると竜炎撃を構えさせる。

「第一小隊、中央3を狙え……放て!」


 一番近い中央エリアを狙わせて撃たせた。二十四個のオレンジ色に輝く炎の塊が竜炎撃から飛び出し、草原に突き刺さる。残念ながら中央3に命中したものは少なかった。


 だが、威力は凄かった。着弾すると爆発し地面を広範囲に渡って掘り返し盛大な土煙を上げる。もし、あの場所に人間が立っていれば粉々になっていただろう。


 それを見たファルト百騎長は背中に嫌な汗が吹き出した。この武器が上手く制御出来るようになれば、その一斉射撃で中隊規模の敵兵を倒せる。


 ロルフ竜騎長が不満そうに声を上げる。

「風を計算に入れろ。矢と同じで放物線を描くように飛ぶ、それも考慮するんだ」


 竜炎部隊に選ばれた兵士は弓の名手たちである。風向きを読み的に当てる能力は優れている。ロルフ竜騎長が次弾を発射するよう命じると炎の塊が中央3に集まり、緑だった草原が掘り返され土色に変わる。


「よしいいぞ。次は北1を狙え……放て!」

 射程ギリギリの場所を狙わせる。炎の塊が放物線を描き宙を飛翔する。風を計算に入れた射撃だったので方角は合致していた。ただ、どんな角度で放物線を描くのかが把握出来ていなかったので、着弾点がバラけてしまった。


「もう一度、狙え……放て!」

 今度は北1に着弾する炎の塊が増えた。

 ロルフ竜騎長とファルト百騎長は手応えを感じ興奮を覚えた。


 撃ち手を変え訓練を進める。大体二人で一本の竜炎撃を使う人数配分になっていた。半分が死傷する可能性も考慮しているのだ。


 命中率が上がるまで訓練した。

「次は第二小隊だ」

 部隊全体の命中率がある程度まで上がるのに二日掛かった。


 最後の仕上げとして魔物が住むと聞く森を攻撃させようと考え、ロルフ竜騎長が森を狙えと命じた。

「あの森には魔物が居ると聞いております。変に刺激しない方が良いのでは」


 ファルト百騎長が助言した。

「この辺に居る魔物で手強いのは戦争蟻か、斑ボアくらいだろ。そのくらいなら大丈夫だ」


 第三小隊によりオレンジ色をした炎の塊が森の中に叩き込まれると、森のあちこちで爆発音が響く。同時に魔物の鳴き声が聞こえる。


 あの鳴き声からすると斑ボアだろう。

 次に野太い吠え声が聞こえた。

「これは斑ボアじゃないですね」


 ファルト百騎長の言葉にロルフ竜騎長は頷き。

「そうだな……あっ、オーガが出て来た。あの森はオーガの巣だったのか」

 王都からは少し離れているとは言え、こんな所にオーガの巣が有るのは問題である。


 森から十数体のオーガが現れ、吠えながら丘の方へ向かって来る。不意打ちを受け激怒しているようだ。

 竜炎部隊の兵士たちを見ると、オーガの出現に驚くと同時に恐怖を覚えていた。オーガと言う魔物は王都でも有名だった。


 四〇年ほど前にオーガが王都近くの山で大繁殖し王都にまで押し寄せた事があったのだ。その時はハンターギルドの上位ハンターたちや王都を守る兵士が総出で立ち向かい、大勢の犠牲を出しながらも殲滅した。

 その時の犠牲者は一〇〇人を越え弓隊も多くの犠牲者を出した。


 この時の戦いが伝説となり、王都の人間の間で語り継がれている。その中にはオーガの強さについても語られており、オーガの皮膚は矢を通さず、軽い傷なら瞬時に再生すると聞かされて育ったのが、ここに居る竜炎部隊の兵士たちだった。


「オーガ!」「なんで、オーガが」「あうっ……母ちゃんと同じぐれえ迫力がある」

 ロルフ竜騎長とファルト百騎長は兵士たちが怯えているのが判った。


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