第204話 伊丹の抜刀術

「これが竜閃砲か、銃の形にはしなかったのでござるか」

 伊丹が竜閃砲を手に持ち念入りに確かめる。


「取り敢えず竜炎撃と同じ形にしてみた。後で使い易い形を研究するつもりだよ」

 異世界において銃というものが知られた以上、銃という形の武器を避ける必要はなくなった。


 伊丹から竜閃砲を返してもらった俺は、周りを見る。風がほとんど無いので海が穏やかな表情を見せている。その海を見渡し、竜閃砲の的になりそうなものを探す。


 沖合に黒い岩礁が有った。距離は八〇〇メートルほどだろうか。波間に丸く黒い岩の塊が見え隠れしている。


 伊丹には少し離れて貰い、竜閃砲を構えた後に<遮蔽しゃへい結界>を張る。竜閃砲が突き出た部分だけを除いた結界だ。このような結界は制御が難しく、今の俺には大量の魔力を使って力任せに制御するしか無い。

 竜閃砲の照準を岩礁に合わせ発射ボタンを押した。


 魔力供給筒から大量の魔力が流れ出し源紋を秘めたランスの部分が青白く光り始める。その青白い光が揺らいだ時、竜閃砲の先端から青白いビームが発射された。


 発射された瞬間、竜閃砲の周りにビームから放射された熱が溢れる。結界を張っていなければ火傷したかもしれない。


 竜閃ビームは岩礁を逸れ水平線の彼方へと飛んで行く。竜閃砲を斜め下に振ると岩礁に命中し火花を散らす。ビームは岩礁を貫通し水蒸気爆発を起こした。


 突然、岩礁が海面から飛び上がった。岩礁だと思ったのは鎧セイウチの甲羅だったらしい。突然攻撃された鎧セイウチは、一旦海に潜った後、俺たち目掛けて突進して来た。


 体長五メートルは有りそうな巨大なセイウチで牙だけでも一メートルを超える長さが有った。

「伊丹さん、戦闘準備!」

 俺は竜閃砲を魔導バッグの中に仕舞い、邪爪鉈とマナ杖を取り出した。横を見ると伊丹が豪竜刀を抜き油断なく構えている。俺と同じように『竜の洗礼』を受けた伊丹は、無詠唱で応用魔法が使えるようになっていた。


 伊丹は躯豪術に独自の工夫を加え『鎮星躯豪術』と『鎮星妙刀術』という技を編み出していたが、今回これに抜刀術の剣理を加味し強力な威力を持つ技を創り出した。


 この技は抜刀術と強化武器の源紋の力を組み合わせたものである。伊丹は近付いて来る鎧セイウチを睨んでから告げる。


「ミコト殿、拙者に任せてくれぬか」

 俺は自信が有りそうな伊丹の顔を見て、任せようと思った。

「いいけど、手強いようなら加勢するよ」


 伊丹はベルトに差した豪竜刀の鞘を握るとスッと腰を落とす。鎮星躯豪術により大量の魔力を生み出し、鞘を握る左手から鞘に魔力を流し込んだ。魔力は豪竜刀の刀身に纏い付き赤光を放ち始める。


 鞘の鯉口こいくちから赤光が漏れた時、伊丹が地面を滑るような独特の歩法で走り出し瞬く間に鎧セイウチに肉薄する。セイウチが巨大な身体を仰け反らせ、伊丹に叩き付けるように口から伸びる牙を振り下ろした。


 右手を豪竜刀の柄に添えた伊丹はセイウチの上半身を掠めるように移動し豪竜刀を鞘走らせる。その動きは目にも留まらぬ速さであり、威力が尋常ではなかった。


 俺が気付いた時には豪竜刀が抜かれ振り切られていた。鎧セイウチの首の辺りに赤い線が浮き出たかと思うと真っ赤な血が吹き出した。巨体を身悶え、鎧セイウチがのた打ち回り、最後には痙攣を始める。


「一撃……」

 思わず驚きの声が出る。セイウチの身体には満遍なく分厚い脂肪が付いているので、仕留めるのには苦労すると思っていた。


 後ろから『ウォーッ』という歓声が起きた。

 異変に気付いて遺跡の犬人族たちが集まって来ていたのだ。息絶えた鎧セイウチを調べると、竜閃砲による傷がかなりのダメージを与えていたのが判った。鉄よりも硬そうな鎧の部分が融解しビームの軌跡に沿って割れ目が出来ていた。

 しかも内部の筋肉は炭化し真っ黒になっている。


「あのまま水蒸気爆発が起こらなければ鎧セイウチを真っ二つにしていたな」

「威力は十分でござるな」


「そうだね……威力と言えば、伊丹さんの技も凄かったよ」

 伊丹が少し照れたように笑う。

「あれは刀身に魔力を纏わせ、源紋の力を衝撃波として放つものでござる」

 豪竜刀には『断裂斬』の源紋が秘められており、その力を衝撃波として放った事になる。


「へえー、俺の邪爪鉈でも出来るかな?」

 伊丹は首を傾げる。

「鉈だと、ちと難しいかもしれませんな」

 残念だが真似するのは諦めよう。


 竜閃砲には問題点が有るのが判った。結界を張っていなければ火傷していた可能性が高かったからだ。

「迷宮都市に帰ってから対策を考えよう」


 セイウチの肉は美味いが硬く、人には人気が無い。だが、顎の力が強い犬人族は喜んで食べるようだ。なので、魔晶管と魔晶玉は回収し、後の肉は犬人族に譲る。


 鎧セイウチの解体を始めた犬人族を海岸に残し、伊丹と二人で遺跡に戻った。四階テラス区に行くと農地としての整備が進み、犬人族の多くが農作業をしていた。育てている作物は芋や大豆がほとんどだが、小麦も育て始めたようだ。


 現在は五階テラス区の地下空間に犬人族たちは住んでいるが、五階テラス区から出入りする六階テラス区の地下も整備が進んでいる。


 里長のムジェックに尋ねると樹海に住む犬人族の一部がエヴァソン遺跡に移住したいと言っているらしい。里長には四階テラス区から六階テラス区までは自由に使っていいと言ってある。


 但し、古い魔導寺院らしい区画は勝手に使わないように命じていた。薫が幾つかの神紋付与陣を修復したが、修復していない神紋付与陣も多くあり、知識のない者が触るのは危険だった。


 来月には二〇〇人ほどが移住する予定になっており、ここで暮らしている犬人族の人数は三〇〇人ほどに増えるらしい。どうして移住する事になったのかと尋ねると隠れ里が灼炎竜によって焼かれたからだと言う。

 現在は戦士長ムルカが率いる一〇人ほどの救援隊が食料品などを持って向かっているそうだ。


 ムジェックと打ち合わせをし、剛雷槌槍が追加で一〇本欲しいと要請された。ガルガスの林に実や樹液を採取に行く時、護衛の者に持たせたいらしい。


 俺は承知した。剛雷槌槍の一〇本や二〇本、エヴァソン遺跡の整備に必要なら安いものだ。

「ミコト様、今月分の塩が用意出来ましたが、如何が致しますか?」

 犬人族は今月九トンの塩を生産していた。


「先月と同じで、迷宮都市近くまで運んでくれ。受け取りに行くよ」

「分かりました」

 犬人族たちが生産した塩は太守館で買い取るように取り決めていた。その代金で小麦や布などの必要なものを買いエヴァソン遺跡に運んでいる。


 犬人族たちは迷宮都市との関わりを通して文明社会を知り、自分たちが多くの事を学ぶ必要があると気付いた。それは犬人族にとって良かったのかどうかは判らない。ただ犬人族はミコトたちの存在に希望を見出していた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る