第202話 劣勢に立つ王国軍
迷宮都市に戻った日から五日間もカリス工房に軟禁され、ボーキサイトからアルミの抽出作業と魔力供給筒の製作をやらされた。
竜炎撃一〇〇本分のアルミを抽出すると魔力供給筒の製作を開始する。手作業で作ると一日に一本か二本しか出来ないものだが、応用魔法の<
自分で播いた種だとは言え、同じ作業を延々と続けるのは凄い苦行だった。
魔力供給筒の製作が一段落し、趙悠館に戻るとルキたちが玄関で迎えてくれた。ルキがトコトコと歩み寄り腰に抱き付く。思わず笑顔になって頭を撫でるとルキも笑顔になる。
こういう時は異世界に来て良かったと心底思う。
「ミコトお兄ちゃん、どこに行っちぇたの?」
オリガの影響か、ルキもお兄ちゃんと呼ぶようになっていた。
「カリス親方の所だよ」
ルキたちと一緒に食堂に入ると伊丹がアカネと雑談していた。
「やっとカリス親方から開放されたのでござるか?」
「ええ、やっと一〇〇本の竜炎撃を製作する目処が立ったよ」
アカネが真剣な顔で尋ねる。
「竜炎撃が有れば、公国軍を追い返せるのでしょうか?」
俺と伊丹は首を捻る。
「それは竜炎撃をどう使うかにもよるな」
俺が眉間にシワを寄せながら言うと伊丹も同意する。
「そうでござるな。竜炎撃を少量ずつ各領主軍に配るとかすると敵の数に押され敗北する可能性もござる」
王国の遠距離攻撃用の武器と言えば弓である。魔法も有るが使える魔導師が少ないので、遠距離攻撃用武器となると主力は弓隊になる。王国軍は弓隊を編成し集団で矢の雨を降らせるように運用している。
竜炎撃も同じように集中運用するのがいいだろう。
しかも、使用する局面とタイミングを選ばねばならない。一度使えば何らかの対策を取られる可能性が有るからだ。
「王しゃまが負けちゃうの?」
ルキが心配そうに声を上げる。迷宮都市の住民も戦争の行方を心配しており、その気配を感じて幼いルキも心配になったらしい。
俺は小さな猫人族の幼女を抱き上げ、優しい声で告げる。
「大丈夫だよ。王様も馬鹿じゃないから、竜炎撃を上手に使ってくれるよ」
それから軽く雑談をし、夕食を食べてから部屋に戻った。
翌日、ディンに帰還の挨拶をする為に太守館へ向かった。
本来なら五日前に行かねばならなかったのだが、カリス親方に捕まってしまったので遅くなった。
ディンは執務室で報告書を読んでいた。
「戦地はどうでした?」
ディンが尋ねる。王都でディンと別れた時は、ヴァスケス砦に敵軍の様子を調査に行くと言っておいたのだ。
公国軍の規模と様子を語り、最後に告げる。
「王国軍にとって厳しい戦いが続いていた。何らかの手を打たなければ王国は交易都市ミュムルより以東の領土を失うかもしない」
「そんな……竜炎撃が有れば何とか成るんじゃないですか?」
ディンがアカネと同じ事を尋ねた。
同じように答えるしか無い。
……………………
「大事なのは最初に竜炎撃を使うタイミングなんだね?」
「そうだ、敵が竜炎撃の存在を知らない油断している時に痛烈な一撃を与え、敵の戦力をごっそりと削り取るのがベストだな」
その言葉を聞いてディンはもどかしい気分になる。自分たちは役に立ちそうな武器を提供する事だけしか出来ない。成人していれば兄たちのように戦地に向かい一緒に戦う事も出来たのにと悔しく思う。
ディンは勘違いしているが、少数の兵士を率いて戦争に参加するより、強力な武器となる竜炎撃を用意する方が国に貢献したと言える。それを理解していないのは、ディンが若いからだろう。
と言っても、竜炎撃の重要性を判らない訳ではない。竜炎撃が戦争の行方を左右する重要な武器だと判っているのだが、後方で頑張るより前線に出て華々しく活躍したいと思ってしまうのだ。
一方、俺の方はどうやったら公国軍に一撃を食らわせ戦争を終わらせるか考えていた。
「ダルバルを呼んで相談した方がいいよね?」
「そうだな」
俺が返事をすると、ディンはドアの外で控えていた従士にダルバル爺さんを呼びに行かせた。
ダルバル爺さんが来て、部屋に置かれているソファーに座ると話し始めた。
俺は昨日まで居たカリス工房の様子と竜炎撃の製作状況を報告する。
「今、迷宮都市に居る職人全員を集め、カリス親方たちが中心になって製作を進めています」
魔力供給筒以外の部品は完成していた。完成形に組み立て検査と試験すれば、竜炎撃は出来上がる。それに要する時間は三日だろうか。
俺は持参した地図をテーブルの上に広げた。ヴァスケス砦まで行った時に上空から見た景色を地図にしたものだ。それをダルバル爺さんが見て厳しい顔になる。
「ヴァスケス砦が陥落し、王国軍はフロリス砦で敵の猛攻を食い止めておる。ヴァスケス砦が陥落した時、敵はムアトル公爵から聞いた新しい魔導兵器を使ったようだ」
ダルバル爺さんは配下が見て来たヴァスケス砦が陥落した時の有様を教えてくれた。
両軍の兵士に疲れが見え始めた頃。
公国軍は攻め続けていた攻撃を一旦止め、味方を下がらせると、魔導飛行船を出動させた。近付いて来る魔導飛行船を発見した王国軍は、四人の最上位魔導兵を呼んだ。
「あの魔導飛行船を落とすんだ」
四人の最上位魔導兵は『天雷嵐渦の神紋』や『崩岩神威の神紋』を授かっており強力な応用魔法の持ち主だった。魔導兵は魔力を掻き集め呪文の詠唱を始める。
最初に『天雷嵐渦の神紋』の所持者が<
<
『ドーン』という雷が落ちたような爆発音が響き、近くに居た船員と兵士が吹き飛ぶ。魔導飛行船から煙が上がり、船の一部が燃えていた。
次の瞬間、お返しとばかりに魔導飛行船に乗る魔導兵から攻撃魔法が放たれる。<
王国側の魔導兵に被害は無かった。ただ魔導兵を警護していた兵士二人が犠牲になった。
魔導飛行船は煙を吹き流しながら高速で近付いて来る。地上の魔導兵と魔導飛行船に乗る魔導兵の間で激しい攻撃魔法の撃ち合いが始まった。
地上からは<
激しい魔法の撃ち合いは両者にかなりのダメージを与える。ヴァスケス砦はあちこちで負傷者が痛みを訴え叫ぶ阿鼻叫喚の場となり、魔導飛行船は船体の所々に穴が開き火の手が上がる。
それでも魔導飛行船は、ヴァスケス砦を目指して進み、その上空に到達した時に何か箱状の物を投下する。
その箱が地上五〇メートルまで降下した時、中に有る魔導兵器が発動。強烈で真っ赤な光を発した魔導兵器は放電現象を起こしながら回転を始め、ヴァスケス砦に苛烈な雷撃を雨のように降り注いだ。
無数の雷が落ちたかのように連続で落雷音が響く。雷撃が命中した周囲は焼け焦げ、そこに居た兵士は体内から焼かれたようになって死んだ。
魔導兵器を中心として半径五〇メートルが砦としての機能を失い、そこに居た数百人が戦死した。
そこまで語ったダルバル爺さんが疲れたように溜息を吐く。
「魔導飛行船は墜落したが、ヴァスケス砦も陥落した。味方は多くの犠牲者を出しながらフロリス砦に撤退したそうだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます