第201話 カリス親方の怒り

 打ち合わせが終わり、中佐と役人たちが帰る。

 残った東條管理官が声を上げた。

「加藤代議士の周囲を調査し始めた頃から、誰かに監視されているようなんだ」


「あいつらの仲間が監視しているんですか?」

「そうだろうな……お前も気を付けろ」

 俺に忠告してから、状況を教えてくれた。


 加藤代議士の調査に関して色々と妨害が入っているようだ。一番最初に協力関係にあった警察が東條管理官を避けるようになり、次にJTGの同僚から情報が入らなくなる。

 東條管理官はJTGの中でも孤立してしまっているらしい。


「東條管理官……友達少ないんですか?」

 上司のコメカミに青筋が浮かぶ。

「何だと……」


「冗談です」

 からかい過ぎたか。気を付けよう。東條管理官は真剣な顔で腕組みしている。


「上を信用し過ぎたか……それとも加藤の力を過小評価したのか。日本で打つ手がほとんどなくなった」

 東條管理官が珍しく弱音を吐いている。


「本当に何も出来ないんですか?」

「マスコミにバラすという手も有るが、それをやると私も職を辞さなければならなくなる」

 JTGにも守秘義務が有り、職務上で知り得た秘密を故意に漏洩すると罰せられる。


「俺に出来る事が有れば手助けしますよ」

 その言葉を聞いた東條管理官がニヤリと悪魔のような笑いを浮かべる。背筋がゾクッとする。


「よく言った。異世界に戻ったらミスカル公国軍を打ち負かせ」

「無茶言わないでくださいよ」

「王国軍に全く勝ち目はないのか?」


 俺は新しく作った魔導武器『竜炎撃』を脳裏に浮かべた。あの武器なら逆転の可能性がある。製造をカリス親方に任せて来た。親方と弟子たちだけで製造する場合、一日に二本を作るのが精々だろう。


 竜炎撃を作る工程の中で一番大変なのは魔力供給筒である。この魔力供給筒はアルミで作られており、そのアルミを精錬出来るのが、俺とカリス親方しかいないのだ。


 カリス親方はアルミニウムが重要な金属だと判ると王都へ行き『錬法術の神紋』を授かり、アルミニウムについて勉強した。お陰で『錬法術の神紋』の応用魔法である<元素抽出エレメントエクストラクション>を使いアルミの抽出が可能となった。


 ただ原子構造などの情報を知らない親方が<元素抽出エレメントエクストラクション>を使うとアルミを抽出するのに膨大な魔力が必要なようで、一日に少量のアルミしか抽出出来ない。


 その所為で竜炎撃の製造はあまり進んでいないはずだ。迷宮都市に戻ってカリス親方に協力すれば竜炎撃の製造は進むだろう。


「勝利する可能性は有るけど、敵が大勢死にますよ」

 東條管理官が苦虫を噛み潰したような顔をする。

「だが、何もしなければ王国の者が大勢死ぬんだろ。しかも軍人でもない一般人が大勢な」


 自分が嫌な事を頼んでいるという自覚が有るのだろう。東條管理官の表情は暗い。

「公国の奴らは侵略者。そんな奴らに同じ日本人が協力しているのはムカつきますね」

 俺は覚悟を決めた。


 JTG本部から戻った俺は薫に連絡し、あるものの解析と改造を頼んだ。竜炎撃だけでも勝利する可能性が有るが、保険として強力な兵器を用意しておこうと思ったのだ。


 その後、ミッシングタイムまでの時間を中国の兵法書である『孫子』を読んで過ごした。理解した部分や判らない部分も有ったが、取り敢えず少しだけ戦争で何が大事か判った。

 何か試験前の一夜漬けのようだが、何もやらないよりはマシだろう。


 翌々日、薫から解析の結果と改造案を貰い、異世界へと転移した。

 旧エヴァソン遺跡に転移した俺を伊丹が出迎えてくれた。

「ミコト殿、大変でござるよ」


 転移の影響でちょっと目眩がする。頭を押さえ深呼吸してから返答した。

「どうしたんだ?」

「カリス親方から泣きつかれたのでござる。国王様の使者が来て、竜炎撃を早く用意しろと毎日催促されているようですぞ」


 予想される事だった。シュマルディン王子から竜炎撃の威力を見せられれば、ミスカル公国軍との戦いに使いたいと思わないはずがなかった。


 この旧エヴァソン遺跡の転移室と呼んでいる場所は伊丹とアカネに手伝って貰い、綺麗に片付けられていた。転移門が在る場所の反対側の石壁には仕掛けが有った。


 その仕掛けを動かし石壁の一部を掘り抜いて作った隠し金庫から邪爪鉈と装備・ハンターギルド登録証や金が入ったリュックを取り出し身に付けた。


「戦争はどうなっています?」

「ヴァスケス砦が遂に陥落し、王国軍は急造したフロリス砦に撤退中だそうでござる」


 フロリス砦が落ちれば、交易都市ミュムルまで敵は進軍するだろう。そうなったら『虫の迷宮』は敵に占領されてしまう。


「王国軍の対応は?」

「各領主軍一万がフロリス砦へ入り。その他はオラツェル王子が配下を引き連れ戦地へ出発したでござる」


「オラツェル王子の配下は六〇〇人ほどだろ。兵力としては少ないが、簡易魔導核を使った魔導武器を装備しているからな」


 迷宮都市に戻り、急いでカリス工房へ顔を出す。カリス親方が血走った眼で俺をとらえ、走り寄ると俺の額をアイアンクローのように鷲掴みする。


「てめえー、何処行ってやがったんだ。こっちは竜炎撃のお陰で死にそうな目に遭っているんだぞ」

 どうやら国王の使者が親方に強烈なプレッシャーを掛けたようだ。


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