第200話 ゴブリン懸賞金

 ゴブリンに懸賞金が掛けられた。

 その事によりゴブリンが潜んでいると思われる山岳地帯に懸賞金ハンターが出没するようになった。多額の懸賞金につられてゴブリン狩りをしようと言う勇者、馬鹿? が全国から集まる。


 この時点で捕獲されずに逃げているゴブリンは十三匹。その中の二匹が偶然にも山道に停めてあったトラックの荷台に紛れ込んだ。


 このトラックは近くの炭焼き小屋から出来上がった炭を運び出す為に置いて有ったものだ。荷台には炭が積み置かれており、その隙間にゴブリン二匹が隠れたのだ。

 年配の爺さんが運転席に着きトラックを発車した。目的地は隣の県にある倉庫である。


 トラックが動き出した時、荷台で変な音がした気がしたが、爺さんは気にせず目的地に急いだ。県境を過ぎ街の入口付近に差し掛かった時、前方にショッピングセンターが見えてきた。


 その時、荷台のゴブリンが空腹を感じ始めゴソゴソと動き始める。前方に進み始めたゴブリンは運転席の後ろにあるリアガラスに顔を張り付かせ中を覗き込む。


 運転していた爺さんはバックミラーに有ってはならないものを見て驚き、背後を振り返った。

「なんじゃ……」


 それが異世界から来た魔物だと悟るとパニックを起こす。急ブレーキを踏み道路の真ん中にトラックを停めると逃げ出したのだ。


 時刻は夜の八時頃である。ゴブリンたちはトラックから降り、ショッピングセンターの方へと向かった。魔物特有の素早い動きで駐車場に侵入し、階段を見付けたゴブリンは上へ行く。


 ここまでは奇跡的に人に見付からずに来られたが、幸運もここまで。階段でレジ袋を持ったサラリーマンらしい男と鉢合わせする。


 二匹のゴブリンがサラリーマンに飛び掛かり、足を取って床に倒すと袋叩きにする。転移時にショートソードを回収出来なかったので二匹とも得物が無かったのが幸いだった。


 サラリーマンが気絶するとゴブリンたちは鼻をひくつかせ投げ出されたレジ袋を拾う。中にはパンやコロッケ・唐揚げなどの惣菜が入っていた。


 ゴブリンたちは食べられそうにない透明なものを力任せに破り中身を出す。床に落ちた食い物を鷲掴みにして食べ始める。空腹が治まったゴブリンたちが紳士服の販売エリアに現れた時、大勢の客がゴブリンたちに気付いた。


「えっ!」「何あれ?」「どうして?」

 驚きの声が上がる。悲鳴ではなく驚きの声だったのは、ゴブリンが小柄なので命が危険なほど恐ろしい存在だとは思えなかったからだ。


「ゴブリンだ。ゴブリンが居るぞ」

 その情報はショッピングセンター全体に伝わった。大体の客は逃げる方向に向かった。例外は懸賞金目当ての欲深な連中と好奇心が旺盛な連中である。


 ゴブリンの周りに人が集まり始めると、ゴブリンは逃げ出した。

 逃げた先はスポーツ用品の売り場だった。ゴブリンたちは金属バットを武器として手に取った。


「あっ、あいつらバットを手に入れたぞ」

 追って来た懸賞金目当ての者は、それぞれ武器になるものを探した。ゴルフのクラブを手にする者やゲートボールのスティックを手にする者。


 彼らはゴブリンをなめていた。

 二匹のゴブリンを五人の男たちが取り囲んだ。彼らはゴブリンに向け各々の武器を振り下ろす。


「懸賞金ゲットだぜ」

「こいつは俺の獲物だ」

 男たちが振るう武器には勢いがない。人型の魔物を殺そうという殺意もない。当然、ゴブリンたちは素早く武器を避ける。そして、反撃する。


 緑色の手に持つバットを男たちの尻に叩き込む。ゴブリンの背の高さでバットを振ると丁度尻の高さになるのだ。


「はぎゃー」「げっ!」

 男たちが尻に手を当て床に這いつくばる。容赦のないゴブリンがバットを手に持ち、今度は男たちの頭を狙ってスイングする。男たちは悲鳴を上げ必死で逃げた。


 好奇心で付いて来た野次馬たちが騒ぎ始める。

「危ない!」

「あいつら立ち上がれないのか……当たったのは尻だろ」

「ケツバットは痛いんだよ。腰まで響くんだ」


「グギャッ、ググゲラ」

 勝ち誇る二匹のゴブリンが五人の男たちを半殺しの目に遭わせた。周りの野次馬は近付こうとせず固唾を呑んで見守る。中にはスマホで動画を撮りネットにアップする者も居た。


 このままでは殺されるという瞬間、警官たちが雪崩れ込んで来た。ゴブリンたちは警官により制圧される。この事件は警察が大々的に発表し、ゴブリンが危険な魔物なのだと国民に警告した。


 時間は掛かったが、日本に侵入したゴブリンは全て捕獲するか死んだ。

 一方、他国に侵入したゴブリンの中には逃げ延びた奴も居た。生き延びたゴブリンはその地で繁殖し数を増やした。リアルワールドに新たな脅威が誕生したのだ。


 一方、俺は必要な報告書を作成し、東條管理官に提出すると何度か魔導飛行バギーの売買について打ち合わせをした。その打ち合わせには在日米軍のグレイム中佐という人物がアメリカ側の代表として参加していた。


 場所はJTG本部の会議室である。出席者は俺と東條管理官、それに役人二人と米軍の軍人である。引き渡しの期日や受け取り場所を決めた後、グレイム中佐が魔導飛行バギーの構造について訊いて来る。


「なるほど……その浮揚タンクが魔導飛行バギーを空中に留めておく原動力なんだね?」

「そうです」

 俺が応えると持参した外観図を見詰める。その絵は薫に頼んで描いて貰ったものだ。


「浮揚タンクの中身は何なのだ? ……もしかして企業秘密かね」

 文部科学省の稲垣という人物が尋ねた。魔導飛行バギーの購入代金は文部科学省が出すようだ。


「中身は異世界で『逃翔水』と呼ばれている液体です」

「その『逃翔水』は何処で手に入るのだ?」

「それこそが企業秘密」

 役人の稲垣が残念そうに顔を歪める。


「将来的にリアルワールドでも魔導飛行バギーを製造する事が可能だと思うかね?」

 グレイム中佐が鋭い質問を口にする。


「可能性は有ると思います。今回の事件でオークは生物以外の物を転移させられると証明した。リアルワールドで『逃翔水』が手に入るようになれば……」


「なるほど。ですが、『逃翔水』には魔力が必要なのでは?」

 俺が答える前に東條管理官が口を挟む。


「リアルワールドにも魔力は存在すると考えている。アメリカはどう考えているのだ?」

 グレイム中佐は少し躊躇ってから。

「アメリカも魔力は存在すると考えている」


「なんですと!」

 稲垣が驚いた顔をしている。

「アメリカは魔力の存在をリアルワールドで確認したのですか?」


「異世界で魔法が使えるようになった者の中には、リアルワールドで魔力を感じた者が居る。日本にも居るのではないか?」


 東條管理官がこっちを向き確かめる。

「どうなんだ?」

 俺は微妙な表情を浮かべてから、嘘を言っても通用しそうにないと考えた。

「ええ、感じた事は有りますよ」


 文部科学省の稲垣が顔色を変えている。そんな重要な情報を知らなかったからだろう。稲垣はこちらに視線を向け。


「君、何で報告しないんだ?」

 俺は肩を竦める。

「そう感じただけで、証明が難しいからです」

 魔力を測定する装置が有る訳じゃ無し、言うだけならインチキ霊能力と同じなのだ。

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