第198話 魔粒子研究室
薫の従姉妹である真希が災難に遭っていた頃、薫自身は研究所に来ていた。
「荒瀬主任、魔粒子の結晶化が成功した後、補助神紋術式を刻み込めるようになったの?」
薫が確認すると魔粒子研究室のリーダーである荒瀬が頷いた。
「ええ、神紋刻印装置では駄目でしたが、私が刻み込んだものは正常に作動しました」
荒瀬主任は迷宮都市に行って『魔導袋の神紋』と『魔力発移の神紋』を授かっている。その時魔道具職人に教えを請い魔晶玉に補助神紋を刻み込む技術を習得していた。
研究所で成功した魔粒子の結晶化は、和紙の上に魔粒子の膜を形成する技術である。この膜を魔導基盤と呼んでいる。補助神紋は魔導基盤の上に刻み込む。刻み込む補助神紋は一番分り易い<
魔導基盤の上三〇センチに光球が現れる補助神紋であり、起動スイッチは高密度魔粒子溶液の添加である。魔導基盤は魔粒子を魔力に変換し魔法効果を発揮させる。
魔法効果を発揮した魔導基盤は魔粒子の膜がボロボロになって使用出来なくなる。魔導核のような強度はなく再使用不可なのは仕方ないと割り切っている。
その代わりに、ある程度は量産出来る技術を開発しようと神紋刻印装置を試作したのだが、今回は上手く作動しなかった。
「魔粒子の確保は順調ですか?」
「日本でパワースポットが有りそうな場所は全てを調査し、商業的に使えると判断した三箇所の土地買収は終了しています」
荒瀬主任の質問に、薫が胸を張って答えた。薫たちは魔粒子が地上に集まる地点をパワースポットと呼んでいる。
魔粒子を元にしたビジネスを展開する上で心配事は多い。
海外で魔粒子の存在に気付いた国は無いかとか、製品が完成し大々的に公表すれば、世界中がパワースポットを探し始めるのではないか等である
「世界にどれだけのパワースポットが有るんでしょう?」
「転移門が多い国ほどパワースポットが多いと思われるのよ」
転移門の数は各国で公表されているものだけで言うと日本が一番多い。但し、これは発見され公表された転移門だけである。砂漠や熱帯雨林を抱える国は未発見の転移門も多いと言われている。
もしかしたら未発見の転移門の中にはオークたちが支配しているものも有るかもしれない。
「世界のパワースポットを独占し魔粒子の全てを手に入れるのは無理でしょうね」
荒瀬主任が残念そうに言う。
「当然ね。問題は製品を売り出せば必ず同じような商品を開発しようとする者が現れそうだという事ね」
「特許を取ればいいのでは?」
「特許法が改正される一年後にならないと魔法関連の特許は認可されないのは知っているでしょ」
「特許が取れるまで、製品の発表を待つんですか?」
「特許と言うよりビジネス戦略を立ててから発売したいのよ」
新しい発明をした時、必ずしも特許を取らねばならない訳ではない。特許を取ると言う事は、その発明の仕組みを公開すると言う事でもある。
その特許情報を手に入れ不法に真似する企業も出て来るかもしれない。そんな会社が世界中に現れると訴訟を起こすだけで手一杯となる。
敢えて特許を取らず、企業秘密として秘匿したまま商売をするのも一つの戦略だった。
但し、製品を分析すれば、その仕組や原理が判明するものは特許を取らないと別の会社に特許を取られる危険がある。薫は製品を分析しても原理が判らない部分は特許は取らず、原理が判明してしまう部分は特許を取るつもりでいた。
「でも、製品の販売が一年も先になるのは資金的に苦しいのよね。これからミコトと会う約束をしているから相談してみる」
数十分後。
薫と合流した俺とオリガは一緒にケーキが美味しいと評判の店に行った。オリガはたくさん有るケーキの中からどれにしようかと悩み眼をキラキラとさせていた。
やっとどれにするか決まり、奥にあるテーブル席に座った。
オリガは薫と嬉しそうに話している。話題は児童養護施設に現れたゴブリンの話である。
「キングを呼んでゴブリンを吹っ飛ばしたんだよ」
「雷撃じゃなく烈風撃を使ったのね」
「そうなの。そしたらね。香月師範が来てゴブリンを捕まえたの」
話が弾み、ケーキを食べ終えた後も話をしていたが、疲れたようでオリガが船を漕ぎ始めた。
薫が真面目な顔をして、
「研究資金が底を尽きそうよ」
俺は予想していた事なので驚かなかった。幾つかの土地を買い、研究施設を建てたので、薫が用意した資金も無くなるのは時間の問題だと思っていた。
「魔粒子を売り出すか?」
提案すると薫が反対する。
「駄目よ。今のタイミングで、そんな事をしたら大企業に乗っ取られちゃうじゃない」
その時の話し合いでは上手い解決策は見付からなかった。
だが、後日になってあっさりと資金問題が解決した。日本政府が魔導飛行バギーを購入したいと申し出たのだ。
マウセリア王国には魔導飛行バギーを金貨一三〇〇枚で売っている。日本政府に売るとなると億単位の売買となるだろう。
何故か日本政府だけではなくアメリカからも購入依頼が来た。
日本が二台、アメリカが五台の注文である。日本政府は研究用に買って仕組みを解き明かそうと考えているのだろう。アメリカもそれは同じだが、異世界の各地を調査するのにも活用するようだ。
因みにアメリカの魔導飛行バギーは在日米軍基地に有る転移門に通じる場所まで運ばなれければならない。
在日米軍が管理する転移門は、自衛隊がオーク社会の偵察任務の拠点とした転移門の近くに在るので、魔導飛行バギーの速度でも五日以上が必要である。
店のテーブル席に座り話をしていると薫のスマホが着信音を鳴らす。
「あれっ、真希姉さんからだ」
薫がスマホを使っている間、俺はオリガに学校での事を聞いていた。
「ミコト、大変よ。真希姉さんの大学の近くに鳥型の魔物が出たらしいの」
「真希さんは大丈夫なのか?」
「美鈴先生と一緒に喫茶店で助けが来るのを待っているって」
何故、乾美鈴と一緒に居るのかは不思議だったが、二人の身が危険なのは間違いない。
「どうしたら良いと思う?」
鳥型の魔物か。魔法を使えば何とかなるが、ここは警察か自衛隊に任せるしか無いな。
スマホで検索し魔物情報をチェックすると真希が通う大学の一帯が封鎖され、封鎖地域の住民は外に出ないよう警告が出されていた。
「これじゃあ、助けにも行けないな」
「バスも電車も止まってるのね」
自衛隊ではなく警察によって封鎖されているらしい。
「鳥型なら普通のライフル弾で仕留められるかもしれないのか?」
「だから自衛隊じゃなく、警察に任せられてるのかしら」
動画がアップされていたので見てみる。軍曹蟻の映像が目に入る。俺が軍曹蟻に牽引ワイヤーを引っ掛け、東條管理官が車で引き摺る光景が映し出されていた。スマホの音で目を覚ましたオリガも映像を見た。
「ミコトお兄ちゃんだ」
オリガが画面を指差し声を上げた。薫がジト目でこちらを見ている。
「また、マスクマン……何をやってるのよ」
「自衛隊に任せるつもりだったんだけど、怪我人を助ける為にしょうがなかったんだ」
「凄かったよ。怪我してる人を助けだしたんだから」
オリガは嬉しそうに言う。薫も呆れてはいるが、何だか誇らしげに笑っている。
俺は東條管理官に電話して真希と美鈴先生について相談する。
結論から言うと何も出来ないと言われた。警察に任せるしか無いと言うのだ。
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