第195話 巨大蟻の逃走

 柏木三等陸佐は部下に付近の捜索を命じた。但し発見しても攻撃しないよう指示する。部下の装備する小銃では軍曹蟻を倒せないと判断したからだ。


 本来なら十分な数の対物狙撃銃が揃っているはずだったのだ。だが、特別作戦部隊が創設された時、大量の対物狙撃銃が新設された特別作戦部隊に集められ、柏木三等陸佐の中隊は後回しになった。


「ここが一番危険な場所だと判っていたはずなのに……新しもの好きのアホ共が」

 柏木三等陸佐が愚痴りたくなるのも無理はない。


 封鎖地域を拡大し自衛官たちが捜索を開始し始めた頃、異変に気付いたマスコミが集まり始める。


 東條管理官が自衛隊の現場責任者に巨大蟻捜索の協力を申し出たが、素気無く断られた。武器を持たない民間人には危険だと思われたのだ。


 その現場責任者は、柏木三等陸佐とは違い高そうな背広を着た人物で、マスコミ対策を含め防衛省から派遣されて来たらしい。


「ミコト君は優秀な案内人で魔物についても詳しいそうなんだ。手伝って貰えれば戦力になると思うんだが」

 柏木三等陸佐が推薦してくれた。しかし、その現場責任者は怪我でもされると責任問題になると断わる。


 東條管理官が難しい顔をする。

「どうかしたんですか?」

「現場の自衛官に協力して魔物の情報を仕入れ、JTGとしての対策を検討しようと思っていたんだが……あの現場責任者だと難しそうだ」


「そうですね。この後、どうします?」

「お前は帰って寝ろ。私はJTG本部に戻って情報を集める」


 俺自身、ちょっと疲れを感じていたのでアパートに帰って一眠りする事にした。軍曹蟻の事は気になるが、何か有れば東條管理官が連絡してくるだろう。


 迷宮都市なら自分で判断し積極的に対処するのだけど、ここは日本だ。若輩の案内人には何の権限もない。その代わり責任もないので気軽である。


 アパートに戻って眠った俺は八時頃起きテレビを点ける。

 報道番組で転移門から侵入した魔物について警戒するように呼び掛けていた。番組では海外でも同じような事態が起きているのを報道している。


 ロンドンとアメリカのフロリダ州マイアミ、フランスのマルセイユに魔物が現れたと報じていた。他にも中国や韓国にも魔物が現れ戦いが始まっていた。


 俺はスマホでメールを書き薫に日本に戻って来ていると知らせる。

 コンビニで買った菓子パンを食べ腹を満たすと児童養護施設の近くにあるパチンコ屋に向かった。転移門の出現場所である潰れたパチンコ屋である。


 パチンコ屋は俺と薫が共同で購入し改装中である。転移門が出現する地点は壁で囲み八畳ほどの小さな部屋になっている。


 将来的には研究施設として活用しながら転移門を利用する予定である。

 合鍵を使って中に入り、改装工事が何処まで進んでいるか確認した。中は綺麗に何もかもなくなり新しい壁紙を貼っている最中らしい。


 外に出て何となく町並みを眺めているとパトカーと救急車が児童養護施設の方へと向かうのが目に入る。

「何か有ったのか」


 児童養護施設へ向かった。ちょっとオリガに用があったのだ。児童養護施設の周りに野次馬の群れが出来ている。


 警官が外出は控え家の中に戻るように説得している。野次馬の一人に尋ね、児童養護施設で起きた事件の内容を知った。


 出た魔物が軍曹蟻だったら住民たちも外出は控えただろう。けれど、現れたのはゴブリン。恐怖心よりも好奇心の方が強いようだ。


 ガヤガヤと騒いでいる人並みを掻き分け門に近付き、警官に児童養護施設の関係者だと言うと入れてくれた。


 殺人事件とかではないので立ち入り禁止にはなっていない。警察としてはゴブリンが犯人なので通常の事件としては扱わないようだ。


 児童養護施設に入りオリガを探す。

 オリガは奥の大部屋で絵本を読んでいた。

「聞いたぞ。ゴブリンが来たんだって」


「あっ、ミコトお兄ちゃん」

 オリガが駆け寄り体当りするように抱き付いて来た。オリガの頭にはヘアバンドが有りサイトバードが止まっている。俺がオリガの頭を撫でると嬉しそうな笑顔を見せる。


「ここの皆は大丈夫だった?」

「うん、タケシ兄ちゃんがゴブリンと戦おうとしたけど、おまわりさんが助けてくれたの」

 オリガの顔の表情が曇る。警官が怪我をしたと聞いたので、タケシを庇って負傷したのかもしれない。


 そこにタケシが部屋に入って来た。しょんぼりして肩を落としている。

「タケシ、ゴブリンと戦おうとしたんだって」


「ミコト兄ちゃんまで説教かよ。師範に散々説教されたからいいよ」

「師範が説教するのは当然だ。小学四年の子供がゴブリンに勝てる訳ないだろ」

 タケシが不満そうな顔をする。


「ミコト兄ちゃんがゴブリンは弱いって言ったんだぞ」

「えっ、俺が?」

 全然記憶にないが、子供たちと話している時にポロリと言ったかもしれない。


「そうだよ」

「まあ……魔物にしては弱いという意味だ。人間相手だとそこそこ強いんだ」

「早く言って欲しかったよ。おまわりさんが居なかったら、オレ斬られてたぞ」

「そのおまわりさんは命の恩人だな。お見舞いに行けよ」

「絶対行くよ」


 そんな話をしていると、薫からのメールが着信する。

 会って話がしたいとメールにあったので、学校の帰りに待ち合わせる約束をする。ちょっとテンションが上がる。オリガに薫と会うと話すと自分も会いたいと言い出した。


 オリガに頼み事も有り、一緒に出掛けるつもりだったので丁度いい。

「そうか。なら師範の許可を取らなきゃいけないな」

 香月師範の許可を貰い、俺とオリガは児童養護施設を出た。


 俺はオリガに軍曹蟻の捜索を手伝って欲しかったのだ。雷鳩を使って上空から探せば軍曹蟻が見付かるかもしれない。


 軍曹蟻は山の方へ穴を掘り地上に出た後は山岳地帯へ逃げたようだ。

 自衛隊もヘリを使って上空から探しているが、周辺には山々が連なっており苦戦中である。


 俺たちは電車で最寄りの駅まで行きタクシーで捜索エリアまで行く。特別作戦部隊も到着し共同で山狩りをしている。この情報は東條管理官から仕入れた。


 自衛隊は山へと続く道を封鎖していた。バリケードの近くには何台ものマスコミの車が停車し取材している。

 そこでタクシーを降り、しばらくマスコミを眺める。


 俺たちはマスコミの後ろの方に有る大木の切り株に座って昼飯を摂る事にした。駅前の店で買って来たサンドイッチと炭酸飲料で腹を満たす。


 オリガは小さな口でサンドイッチを美味しそうに齧る。リスが木の実を齧っているようで可愛い。

「美味しい?」


「うん、キャンプみたいで楽しいね」

 自然に囲まれた場所で食事すると異世界での生活を思い出し嬉しいようだ。


「ミコトお兄ちゃん、また迷宮都市に連れて行ってくれる?」

「ああ、学校が休みの時に行こうか」

「じゃあ、夏休みだ。ルキちゃんに会いたいな」


 オリガは自衛官の人たちを指差し。

「あの人たち何をしてるの?」

「この辺に大きな蟻が出たんだ。そいつを狩る為に探しているんだ」


「ふーん」

「オリガにも手伝って欲しいんだ」

「いいよ」


 俺は雷鳩を召喚し軍曹蟻を探すように頼んだ。雷鳩の索敵能力は優秀なのだ。オリガはサイトバードの召喚を解除し、改めて雷鳩を召喚する。マスコミが居る場所から距離が有るので彼らは気付かない。


 オリガは<感覚接続センスコネクト>で雷鳩の視覚を共有する。次の瞬間、雷鳩は空高く飛び立った。

 上空で一周回ってから山の方へと飛んで行った。


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