第196話 巨大蟻の逃走 2

 オリガには風で揺れる樹々の枝や下草の上で獲物を狙っている蟷螂、野ネズミを狙って這い回る蛇などが手に取るように見えた。


 雷鳩は山並みを舐めるように飛び、その全てをチェックする。一時間ほど飛んで栴檀の大木の梢で休憩してから、また飛び立った。


 四つ目の山を調査している時、木陰に黒光りする軍曹蟻の足を見付けた。雷鳩は風を操り方向転換する。軍曹蟻の群れだった。六匹の軍曹蟻が木陰で身体を休めている。


 雷鳩は一旦戻る。

「見付けたよ」

 オリガが誇らしそうに告げる。


「よくやった。何処に居るんだい?」

 オリガに軍曹蟻が潜んでいる場所を教えて貰った。東條管理官に電話を掛け軍曹蟻の居場所を伝える。東條管理官はどうやって調べたのか知りたがったので、山を駆け回って探したと答えた。


 東條管理官は本気にしていないようだ。ハンターに秘密は付きもの。その事は東條管理官も承知している。


 その情報は東條管理官から特別作戦部隊に伝えられた。

 まだ、薫との待ち合わせ時間までに余裕が有ったので、のんびりとマスコミの様子を眺めていた。


 しばらくしてから、四駆のオフロード車に乗った東條管理官が現れた。予想外の事態である。東條管理官が来るとは思っていなかった。


 当然、オリガと一緒に居るのを疑問に思われる。

「なんだ……どうして、その子が居る?」


「この後、一緒に出掛ける予定なんです」

「山を駆け回って巨大蟻を探してたんじゃないのか?」

「探した後、オリガと合流したんです」


 苦しい言い訳をしている隣で、オリガが胸の前で腕を組みうんうんと頷きながら話を聞いている。

 そして、ちょっと噛みながら、唐突に意外な言葉を告げる。


「ふふふ……ボロを出しちゃわね。犯人はあなたよ」

 小さな指で俺を指差した。

 俺と東條管理官は『ハイッ?』と驚いてしまう。


 ニコニコしているオリガに何の事か尋ねる。

 オリガはテレビが見れるようになって二時間サスペンスに嵌ってしまったのだ。もちろん、アニメなどにも夢中になったのだが、俳優の演技や顔の表情が面白いそうである。


 俺と東條管理官の様子を見ていて、俺が動揺したのを感じたらしい。そこで透かさず二時間サスペンスで聞き覚えたセリフを言ってみたのだ。


 子供らしい意味不明の行動である。だが、オリガに動揺したと気付かれるようでは、俺もまだまだである。


 東條管理官が何だかバカバカしくなったようで、溜息を吐いている。

「東條管理官はこれからどうするんです?」

「巨大蟻が仕留められるのを確認に来た。ここも私が管轄する地域だから当然だろ」


 その頃、特別作戦部隊は困難な任務を開始しようとしていた。

 出動したのは特別作戦部隊第二小隊で、隊長は織部三等陸佐だった。この小隊に課せられた任務は巨大蟻を倒すというだけではなく、研究用に一匹か二匹捕獲するというものだ。


 その為の装備を揃えるのに時間が掛かり出動が遅くなった。

 JTGからの知らせで軍曹蟻の居場所が特定出来た。小隊は巨大蟻を囲むように進み、山の中腹に居る軍曹蟻を上から追い立てるように攻撃を始める。


 対物狙撃銃を持つ隊員は六名、その他の隊員は小銃で巨大蟻を撃ちながら、時たま手榴弾を投げる。手榴弾は爆風と散らばる破片により人を傷付ける。だが、頑丈な外殻を持つ巨大蟻には手榴弾は無力だった。


 大したダメージは受けずとも、巨大蟻は逃げ出した。それは敵の数が圧倒的に多かったからでもあるが、逆襲しようと隊員に向かった軍曹蟻を対物狙撃銃の狙撃手が攻撃し確実なダメージを与えたからである。


 その逃走経路に予め隠れていた対物狙撃銃の狙撃手は、巨大蟻を狙い一匹ずつ仕留めていく。

「B5地点通過、目標は三匹に減少し予定通りの経路を逃走中」

 無線連絡を受けた織部三等陸佐は、用意した鉄の檻の方へと巨大蟻を誘導する。


 山から下りた巨大蟻は一時的にパニックを起こす。闇雲に逃げ場を探し動き回り、地面に丁度いい大きさの穴を見付けた。


 一匹が穴を見付け潜り込むと他の巨大蟻も続く。その穴の先は鉄の檻に繋がっていた。鉄の檻に巨大蟻三匹が入ると入り口の扉が織部三等陸佐の手により閉められる。


 鉄の檻に捕らえられた巨大蟻は何とか外に出ようと暴れた。それを満足そうに眺めた織部三等陸佐は、作戦終了を部下に告げる。


 自衛隊が封鎖していた地点で待っていた俺たちは、山の方から何台かの車両が近付きて来るのに気付いた。特別作戦部隊の車両とトラックである。


 逸早く気付いたマスコミがカメラを向ける。トラックの荷台には大きな箱のような物が載せられており、幌が被せられていた。


 バリケードの前でトラックが一時停車する。その荷台に有る箱がガタッガタッと音を出して揺れた。マスコミは音に気付き荷台に何が居るのか悟った。


「おい、巨大蟻を捕獲したみたいだぞ」

「ちょっと、その幌をどけて下さい」


 マスコミが群がって騒ぎ始めた。トラックが走り出すとマスコミも車で追い掛け始める。マスコミ同士が競争を始めた。一台のマスコミ車両がトラックを追い抜き横から撮影を始める。その時対向車線にワゴン車が迫って来た。


 慌てたマスコミ車両がトラックを追い抜こうとスピードを出し無理やり前に割り込む。トラックはマスコミ車両に追突しそうになり急ブレーキを踏んだ。


 追走していた他のマスコミ車両がトラックに追突し、トラックの荷台にある鉄の檻が荷台から投げ出された。道路に投げ出された鉄の檻が二転三転し扉が開く。


 トラックを追って来たマスコミは事故現場の周りに集まりカメラのシャッターを切る。幌がめくり上がり中に居る巨大蟻が少しだけ見えていた。


 二匹の巨大蟻が開いた扉から這い出して来た。トラックの前を走っていた自衛隊車両が急停車し、対物狙撃銃を持った隊員が走り寄る。トラックを運転していた隊員も頭に手を当てながらトラックを降り、マスコミが近付かないように警告する。


「駄目だ……近付くんじゃない!」

 巨大蟻が素早く対物狙撃銃を構える隊員に駆け寄る。それはダメージを与えられる武器を持つ敵が判っているような動きだった。


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