第194話 転移門の抜け道

 香月師範がゴブリンを倒した半日前。


 日本に戻った俺たちは、自衛官たちの様子が変なのに気付いた。

「何か有ったのか?」

 東條管理官が尋ねると自衛官の一人が答えてくれた。


「魔物が侵入したんです。ロンドンと同じですよ」

 それを聞いた東條管理官は焦り始め、検査や手続きを急がせる。


 シオリを協力関係にある警察に預け、東條管理官とJTG本部に向かった。JTG本部は東京の永田町にある。

 本部ビルに入った東條管理官と俺は最上階の会議室に通された。


 そこで待っていたのは、四人の理事と神代理事長である。

「君が重要な報告があると言うので急遽理事たちに集まって貰ったが、今は緊急事態なんだ。それを承知の上で言っているのだろうね」


 神代理事長は長年大企業のトップを務めた後、与党の相談役をしていた人物で、見識と実行力は一流だった。

 見た目は白い髭を伸ばし痩せている。何だか仙人を連想させる人物だ。


「はい、今回起きている魔物の侵入にも関連する事なので重要だと思っています」

 理事の一人が席を立ち身を乗り出した。

「何だと……どういう事だ」

 東條管理官は、最初にオークの皇帝が自衛隊や各国の軍が行った偵察任務の報復に動いている事を報告した。


「……そうか。今回の事態はオーク共の報復か。だから、オークの姿が無かったのだな」

 報告を聞いた理事長が鋭い視線を俺に向けながら重い口調で言う。

 おばちゃん理事が目を吊り上げて口を挟む。

「理事長……原因は判っても事態は改善されないのですよ」


 理事長が白い髭をしごきながら頷いた。

「判っておる。その為に自衛隊の特別作戦部隊を派遣した。彼らが何とかしてくれるのを期待するしかない。そうじゃないか、東條君」


 東條管理官が返事をする。

「はい。私も現場に行き手伝いたいと思っています」


 理事長がうんうんと満足そうに頷き、また俺に視線を向け。

「そこの君……ミコト君とか言ったね。本当に竜を倒したのかね」

 東條管理官が灼炎竜を誘導していたオークの捕虜から聞きたした顛末を報告したので、俺が灼炎竜を倒した事が知られた。東條管理官に知られている以上、JTGの上層部に知られるのは覚悟していた。


「報告の通りです」

 俺は少し緊張しながら返答した。理事長の視線が半端じゃない。

「有名な案内人は名前を覚えているつもりだったが、君の名前は初耳だ。随分若そうだし、将来有望だね」

 浅黒い顔色をした理事の一人が俺に興味を持ったようだ。


 その理事が続けて告げる。

「私は異世界の魔導飛行船にも興味が有ったんだが、君の魔導飛行バギーも興味深いね」

 俺はちょっと不安になり一言告げた。


「魔導飛行バギーは異世界で開発したものなので特許とかは申請できませんが、技術的なものは自分と共同開発した異世界の職人のものです」


 魔法を含む技術は特許申請しても認可されないようだ。よくは判らないが特許法が対応してないからどうとかと聞いている。


 理事長が笑い、鋭い視線を発言した理事に向け告げた。

「心配せずともいい。その技術を無理やり取り上げたりはせんよ。そうだろ、大黒理事」

 ねちっこい視線を向けて来る理事は大黒と言うのか。何か加藤代議士側の人間のような気がするな。用心しよう。


 続いて、銃を持つミスカル公国軍の部隊と自衛官らしい者たちについて報告する。

「重大な協約違反だ。本当に自衛官だったのかね」

「その事については、確証が取れていません。ですが、自衛官らしい人物と『イザヨイ』と言う名前を聞きました。自衛官で十六夜いざよいと言えば、加藤代議士のブレーン的存在である十六夜一等陸佐しか思い当たりません」


 十六夜いざよいと言う苗字は珍しく。全国に一〇〇人も居ないと聞いた記憶が有る。多分だが、自衛官の十六夜と言う人物は十六夜一等陸佐だろう。


「重大な協約違反に十六夜一等陸佐や加藤代議士が関連していると言うのかね」

 理事長は、この話が気に入らんという顔をしている。


「確証は有りません。ですが、異世界で銃が開発されたのは事実です」

「判った。儂の方でも調べてみよう」

 東條管理官は詳細な報告書を出すように言われた。


 JTG本部から戻った俺たちは、休む暇もなく巨大蟻を包囲したという雑木林へ向かった。

 そこで興味深いものを見た。


 案内してくれたのは、久しぶりに合う倉木三等陸尉と森末陸曹長だった。現場には警察車両が何十台も並んで雑木林に照明を当てている。


 自衛隊が張ったテントが有り、そこに入るとゴブリンの死体が置いて有った。そして、隣にはまだ新しいショートソードが置かれているのが目に入った。


「そのショートソードは?」

 俺が倉木三等陸尉たちに尋ねると倉木三等陸尉が。

「ゴブリンが持っていたものです。多分オークが用意したんです」


 俺と東條管理官は顔を見合わせてから、驚きの声を上げる。

「何だと!」「そんな馬鹿な!」

 俺たちが異常に驚いたので、今度は倉木三等陸尉たちが驚いた。


「何でそんなに驚くのです?」

「君たちは忘れたのか。転移門の選別機能を……ショートソードなんか絶対に転移させないはずだぞ」

 東條管理官の言葉に、思い出したかのように倉木三等陸尉たちが目を見開く。


「ちょっと雑木林の中を調査して来ます」

 そう言って、俺は雑木林に向かった。

「待って、陸自と警察で封鎖しているのよ」

 森末陸曹長の声が後ろから聞こえた。


 俺は振り向きもせずに手を振って応え。雑木林に最も近付いた地点で周囲の気配を調べた。

 魔物の気配がしない。<魔力感知>で確かめてみる。巨大蟻の魔力が感知出来なかった。魔粒子は不活性化しているが、魔物自身が持つ魔力は感知出来るはずだ。


 五芒星躯豪術を駆使し雑木林の中に一瞬で飛び込むつもりだったが、予定を変更する。

「倉木三等陸尉、指揮官に会わせてくれ」

 俺は柏木三等陸佐に会い、雑木林の中に魔物の気配が無いと話した。


 東條管理官が俺が案内人だと紹介する。

「本当に魔物が居ないのか?」

「ええ、もしかしたら穴を掘って逃げ出したかもしれません」

 柏木三等陸佐と倉木三等陸尉たちの顔色が変わった。


「済みません。自分が進言しなければ……」

 倉木三等陸尉は撤退し包囲するよう提案したのを後悔したようだ。

「いや、撤退の判断は間違ってはいない。包囲後、迫撃砲などを使って攻撃すれば良かったのだ」


 東條管理官が提言する。

「早急に調査した方がいい」

「俺が行って調べて来ます」

「だが、案内人だとは言え、一人では危険じゃないか」

 無理を言って任せて貰った。


 自衛隊所有のバールを一本借りて俺は雑木林に入った。なるべく気配を消し奥へと進む。生きている巨大蟻は居なかった。残っているのは自衛官やゴブリン、巨大蟻の死骸と巨大な蛇の死骸だった。


 巨大蛇の死骸には見覚えが有った。内部から爆発したかのように散乱した肉片と鱗、それに黒い内臓。

 最後に、酷い臭いのする大量の何か。その中にはショートソードが何本か散らばっていた。

「こいつは爆裂砂蛇じゃないか」


 あっ、ショートソードは爆裂砂蛇の胃袋に入れて転移させたのか。異世界で使っている魔導バッグの素材となる爆裂砂蛇の胃袋は入れた物を別の空間に移してしまう。リアルワールドに転移した瞬間、胃袋の魔法が効力を失い破裂して死んだのか。


「ショートソードをどうやって運び込んだか判ったが、これを正直に言うと爆裂砂蛇を生け捕りにして持って来いとか言われそうだな」


 爆裂砂蛇の事は報告しないと決めた。

 巨大蟻が作ったらしい大きな穴を見付けた。俺は急いで引き返し、巨大蟻が逃げ出したと報告した。


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