第192話 オークの攻撃

 同時刻、陸上自衛隊により厳重に警備されている転移門で異変が起ころうとしていた。

 場所は以前にもオークが転移した転移門である。現在は一個中隊が駐屯し、交替で転移門が現れる地点を見張っていた。


 倉木三等陸尉と森末陸曹長は退屈な見張りにうんざりしていた。

 異世界で初めて行った作戦は、いくつかの情報を持ち帰ったので失敗ではなかったと自衛隊の幹部は評価した。


 犠牲者の出た偵察部隊は一旦解散し特別作戦部隊として再編された。再編された特別作戦部隊に、倉木三等陸尉と森末陸曹長は配属されなかった。


 偵察部隊の隊長であった金光一等陸佐は推薦してくれたようだが、幹部の連中が男だけで統一すると決めたらしい。その方が部隊運用が楽になるからだ。


 二人は悔しい思いを抱いて、新しい配属先で頑張る事にした。自衛隊の中では『女なんかに……』と公言する制服組は居なかったが、男女を混ぜた部隊の運用は難しいと考える者は多かった。女性が活躍するのは難しい組織なのだ。


 特別作戦部隊から弾き出された倉木三等陸尉と森末陸曹長は昇進もなく、ここの警備要員として加えられた。


 転移門の近くに建てられた仮設住宅の中で、二人は転移門の発生に伴う磁気の乱れを計測する機械を眺めていた。転移門はゲートマスターが存在しないと完全に開くことはない。だが、ミッシングタイムには出現場所の磁気が乱れる事が知られている。


 観測室には二人だけで他の隊員は周囲を見回っている。

「私たち嫌われているんですかね」

 森末陸曹長が倉木三等陸尉に声を掛けた。

「誰に?」

「上の連中にです。織部一等陸尉は三等陸佐になったっていうのに、私たちはこんな場所で……」


 その時、磁気計測装置がミッシングタイムを知らせる警告音を発した。

 二人は装置に繋がれているディスプレイを見て、磁気の乱れが観測されるのを待った。


 ………………


「観測されませんね……機械が故障したんでしょうか」

 森末陸曹長の呟きに倉木三等陸尉が首を傾げた。

「まさか………………外の様子を見に行きましょう」


 倉木三等陸尉は外に出て周りを見回した。転移門の出現地点はコンクリート製の壁で囲まれ鉄製のドアが見えている。


 夕方に近いので西の方角の空が赤く色付いていた。

 コンクリート製の壁の周りは雑草が蔓延る荒れ地が広がり、遠くには雑木林が見えた。異変は見受けられない。


 倉木三等陸尉は中隊長である柏木三等陸佐を探した。転移門の近くで三等陸佐を見付けた彼女は、近付き報告する。


「中隊長、磁気の乱れが発生しませんでした」

 口ひげを蓄えた山賊のような顔の柏木三等陸佐は首を傾げる。

「何だと……どういう意味だ?」


「ロンドンで起きた戦争蟻の襲撃をお忘れですか」

「……な、馬鹿な……オーク共が転移門の出現点をずらし、日本に侵入したというのか」

「警戒する必要があると……」


 突然、南の方角に見える雑木林の中から幾つもの人間でない叫び声が聞こえた。

 柏木三等陸佐と倉木三等陸尉が顔を見合わせる。


「まずい、警報を鳴らせ。貴官は東京の特別対策本部に知らせるんだ」

 倉木三等陸尉に命じると中隊長は配下の中隊全体に武装を命じ、雑木林へ向かって移動を開始する。


 倉木三等陸尉と森末陸曹長は、観測室に戻って警報を鳴らし特別対策本部に電話し状況を伝えた。

 外では警報の音と慌ただしく動き出した自衛官たちの気配がする。


 誰かが警報を切り静かになったので、陸自の主力小銃である八九式を持って外へ出た。

 柏木三等陸佐は集めた部下たちと中型トラックに乗って雑木林の方へ向かったようだ。

「イズミ、どうする?」


 ほとんどの隊員は雑木林の方へ向かい、転移門近くに残っている者は少なかった。残っている者たちは非戦闘員のようだ。

 その時、銃声が聞こえて来た。中隊長たちが何者かと戦っているらしい。


 倉木三等陸尉たちは小銃を抱えて走り出した。

 向かっている途中、雑木林から大きな鳥が五羽飛び立った。翼を広げた長さが三メートルほどで鎌のように長い鋭い爪が夕日に照らされ赤く輝いていた。


「あれは魔物でしょ。何だか判る?」

 倉木三等陸尉が森末陸曹長に尋ねた。

「いえ、知らない奴です。けど、今はどうしようもない」

 彼女の言う通りだと思った倉木三等陸尉は先を急いだ。


 雑木林まで十五分ほど掛かった。

 激しい銃撃音が聞こえる。小銃を構え慎重に雑木林へと足を踏み入れる。血の臭いが漂って来た。


 雑木林に入ってすぐに自衛官の死体が目に入る。首に刃物で切り裂かれた痕がある。次に目に入ったのは異世界で見慣れたものだった。頭を撃ち抜かれたゴブリンの死体である。


「このゴブリン、変です」

 森末陸曹長がゴブリンの死体を見て疑問を口にした。

「何が変なの?」


「ゴブリンが真新しいショートソードを持っています」

 こいつらの持つ武器は錆び付いた古い武器が定番なのだ。

「オーク共が用意したに違いないわ」


 この時、倉木三等陸尉たちはショートソードの異常さに気付いていなかった。転移門はショートソードどころか小さなナイフさえ転移を拒否するはずなのを忘れていたのだ。


 倉木三等陸尉たちは転移門から侵入した相手がゴブリンだと知って、湧き起こった恐怖が幾分和らいだ。刃物を持っている相手なので殺られる事もあるが、通常装備の自衛隊でも十分戦える相手だったからだ。


 雑木林を進むとゴブリンに遭遇した。何かから必死に逃げているようだ。倉木三等陸尉たちに体当たりでもするような勢いで迫って来る。


 倉木三等陸尉は小銃の引き金を引いた。一発で胸を撃ち抜いた。次の瞬間、何十匹というゴブリンが藪の奥から湧き出て、二人を無視し雑木林から逃げた。


 倉木三等陸尉が思わず声を上げた。

「な、まずいわ。このままじゃ町の方に行ってしまう」

 日が沈みかけていて段々暗くなっている。濃い緑色をしたゴブリンの姿は非常に見え難くなっていた。


「追う?」

 森末陸曹長が尋ねた。倉木三等陸尉は迷ったが追うのは諦めた。ゴブリンが何に怯えて逃げていたのか気になったのだ。

 奥の方で銃声と怒声、悲鳴が聞こえて来る。


「先に進む」

 二人は先に進んで嫌な奴に遭遇した。十数匹の軍曹蟻である。薄暗い雑木林の中に仲間の自衛官たちが用意した懐中電灯の光を浴びてテカテカと黒光りする巨大蟻がパニックを起こしうろつき回っている。


「懐中電灯を持つ者は巨大蟻を照らせ。対物狙撃銃の射手は奴らを仕留めるんだ」

 柏木三等陸佐の大声が雑木林に響き渡った。


 対物狙撃銃の銃声が幾度も鳴り響く。小銃の弾なら弾き返す軍曹蟻の外殻も対物狙撃銃の破壊力に勝てず、外殻に穴が開く。だが一発では仕留められない。体液を流しながら手負いの巨大蟻が囲んでいる自衛官目掛けて突撃する。


「逃げて!」

 森末陸曹長が大きな声を上げた。その声に反応出来た者は数人だった。ほとんどは逃げられず、軍曹蟻と近接戦を行う羽目はめになった。もちろん、小銃による銃撃は行われたが無駄だった。


 巨大蟻が自衛官の肉体を振り回し引き裂いた。

 転移門を守っていた自衛官たちは魔物について知らなすぎた。異世界を経験し魔物について詳しい自衛官を特別作戦部隊に集めた弊害が現れたのだ。


 しかも唯一魔物を知っている倉木三等陸尉たちを残し出発を急がせた所為で、魔物との戦いが後手に回った。


 戦場に怒号と悲鳴が飛び交い、自衛官の血が流れた。

 闇が雑木林を包み、一層魔物が見えなくなる。

 倉木三等陸尉たちは柏木三等陸佐に近付き、撤退し雑木林を包囲する戦術を進言した。


「判った」

 中隊は撤退し援軍に駆けつけた警察官と一緒に雑木林を包囲した。警察車両が雑木林を囲みヘッドランプで照らし出す。この状態のまま明るくなるのを待つ作戦を選択したのだ。

 その間に陸自の特別作戦部隊が駆け付ける決定がなされた。


 また、多数のゴブリンや鳥型魔物の存在を倉木三等陸尉たちが報告したので、付近の町や村に夜間外出禁止令が出され、警察による見回りがなされる事になった。

 不運なのか幸運なのか判らないが、その町の中にはミコトやオリガの住む町も含まれていた。

 

 同時刻、オーク社会に偵察部隊を出したアメリカやイギリス、フランス、韓国、中国などにも同じような事態が発生していた。


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