第191話 窃盗の犯人

「犯人は補助神紋図をどうするつもりなの? 日本には持って帰れないわよ」

 アカネが疑問を口にした。補助神紋図は折り畳んだとしても結構な大きさになり、転移の時に口に入れて持って帰る訳にもいかない。第一、日本に帰った時JTGの職員に身体検査をされるので不審なものは持ち込めなかった。


「ミスカル公国が関わっているのでござれば、迷宮都市にも仲間が居るのでは」

 伊丹の言葉に東條管理官が頷いた。

「査察チームの人間で、樹海から戻った後単独で外に出た人間は居ないか?」


 伊丹とアカネの二人は、ここ数日の事を思い出した。

「居ません。それに盗難があったのは昨夜だと思います」

「拙者もそう思う」


 二人の意見は一致したが根拠が判らない。

「何故、そう思う」

 東條管理官が鋭い視線を二人に向ける。

 伊丹とアカネがここ数日の事を語り始めた。


 査察チームが樹海から戻ったのは三日前の夕方、査察チームの全員が疲労困憊しており、趙悠館で夕食を摂るとすぐに眠った。


 慣れない樹海の旅は査察チームの人間には相当堪えたようだ。次の日は、休養を取り全員が趙悠館でだらだらと過ごし、夜は竜肉の焼き肉パーティーを行った。


 参加者は伊丹とアカネ、査察チーム、貧民街から来た孤児たちである。他には隣の道場の所有者であるコルセラと母親も招待した。日頃道場を使わせて貰っているお礼である。


 竜肉は絶品で美味いものを食べ慣れている糸井議員も絶賛した。

 招待された孤児たちも『美味い、美味い』と騒いでいる。


「お兄ちゃん、竜の肉って……こんなに美味しいんだ」

「一生に一度のご馳走だから一杯食べろよ」

 ファバルとモルディの兄弟が嬉しそうに食べている。


 この日はガルガスの樹液から作ったガルガス酒が振る舞われた。伊丹が中心になって醸造していたものである。作り方は簡単で樹液と水を同量混ぜて、そこに色々な花の花粉を加える。


 この花粉の中に酵素が含まれていて発酵しアルコールになるのだ。中に入れる花粉の種類によって味が変わるので様々なガルガス酒が存在する。


 伊丹が作り上げたのは、竜舌花の花粉を入れ辛口の酒になるように醸造したものだ。樹液の糖分がほとんどアルコールになるので、甘みが少なくスッキリした酒となる。


 中に入れる花粉により蜂蜜酒などと同じくらい甘い酒になる場合もあるので、店で買う時は好みによって選ばないと失敗する。


 伊丹は秘蔵のガルガス酒を持ち出し査察チームの皆に味見して貰った。中々好評で夜遅くまで飲み明かした。

 焼き肉パーティーが終わった後も査察チームと伊丹は飲み続け、夜遅くまで飲んだ全員が酔い潰れたそうだ。


 話を聞いた俺と東條管理官は、犯行日が昨日の夜だという意見に納得した。

 戻った最初の夜は疲れていたので、俺の部屋に忍び込む元気は無かっただろうし、次の日は酔い潰れたので無理だったであろう。


「そうなると今夜、迷宮都市の協力者に補助神紋図を手渡す可能性が高い」

 査察チームにとって、今夜は異世界最後の夜だ。趙悠館を抜け出し協力者に合うには夜しかないだろうと思う。昼間は人の目が有るので趙悠館を抜け出すと変に思われる。


 但し、盗んだ夜に協力者の所に行った可能性も有るが、補助神紋図を盗むのにかなり時間を掛けているようなので、協力者の所へ行く余裕が有ったかどうか。


 東條管理官から伊丹と一緒に査察チームのメンバーを見張るよう依頼された。俺としても補助神紋図を取り返したいので承知した。


 その夜、他の皆が寝静まった頃、一つの影が部屋を抜け出し趙悠館の門から外に抜け出した。中庭に有る木陰から見張っていた俺たちは後を付けた。


 門から出た不審者は街の中心へと向かった。少しするとある建物を目指しているのが判った。魔導寺院の近くにある魔導師ギルドの支部である。魔導師の誰かと接触しようとしているのだろう。


「誰と会うつもりでござる?」

 伊丹が背後から声を掛けた。不審者はビクッと肩を震わせ立ち止まった。

 本当は誰と接触するか確かめたかったのだが、建物の中に入ってしまうと補助神紋図が確実に敵に渡ってしまう。仕方なく呼び止めた。


 振り向いた不審者は、警護官の佐々木詩織だった。

「盗んだものを返して貰おうか」

 俺が厳しい声を上げるとシオリが唇を噛み、逃げる場所を探すように視線を彷徨わせる。


 シオリは賢い人間である。伊丹や俺がどれほどの実力を持っているか判っている。それにここで逃げると日本に帰れなくなる。


「バレていたのね」

「東條管理官は素人の仕事だと言っていた」

「当然ね。あたしは特別な訓練を受けている訳じゃないから」


「おとなしく来て貰うでござる」

 趙悠館に連行されたシオリをアカネが身体検査し、補助神紋図を発見した。これで言い逃れ出来ない証拠が揃った。


 俺は補助神紋図を趙悠館の暖炉で焼き捨てた。紙で所有している事に危険を感じたのだ。必要になれば頭のなかに有る補助神紋図を書き写せばいい。


 東條管理官がシオリの尋問を始めた。ほとんど何も聞き出せないまま朝が来た。

「異世界に居る間に情報を取りたかったんだが……日本に戻ってから聞き出す事にするか」


 起きて来た糸井議員と車田准教授に事情を説明した。

「まさか、彼女が」

「おいおい、JTGが手配した警護官だったんだぞ」


 説明を聞いた二人は非常に驚いた。その表情からは嘘は感じられなかった。シオリの仲間ではないようだ。


 査察チームは身支度を始めた。日本に帰る時間が迫っているのだ。

 今回は日本に戻る予定ではなかった俺だが、東條管理官にJTGで証言してくれと頼まれた。


 王国の反対側で戦争が始まっている時期に日本に戻りたくなかった。だが、加藤代議士の動きも気になる。


 俺と伊丹は査察チームと一緒に旧エヴァソン遺跡へ向かった。岩山に作った狭い道を通って海岸沿いに北上し旧エヴァソン遺跡へ到着する。


 転移門の有る部屋にミッシングタイムが訪れるのを待っている時、糸井議員がシオリに話し掛ける。夜通し尋問された上、ここまで歩いて来たのでシオリは相当疲れていた。


「シオリさん、誰に頼まれて盗みなんかしたの?」

 糸井議員が疲れからウトウト眠りそうになっているシオリに尋ねた。シオリは任務を失敗したショックと疲労で精神的にも弱っていた。


「それは言えません。ですが、我々は日本の為にやっているのです」

「どういう意味?」


「韓国やイギリスで起こった事件をどう思いますか……リアルワールドは異世界からの脅威にさらされているんです」

「そんな事は判っています。だからこそ査察を行っています」


 眠そうだったシオリが糸井議員の言葉が引き金になって興奮状態になっていた。

「査察なんかで、日本の安全が保証できますか。日本は行動を起こすべきなんです」


 東條管理官の目がギラリと光る。だが、黙ったまま糸井議員とシオリの会話に耳を傾けた。俺も東條管理官を見習い口を出さずに耳を傾ける。


 シオリは日本の異世界に対する対応に不満を口にし、自分たちの組織こそが日本を救うと口走った。


「日本が何をすべきだと言うの?」

「力を手に入れるんです。異世界でオークや現地人に対抗出来るだけの力が必要なんです」

「その力とは軍事力という意味なの?」


「ある意味そうです」

 意味深な言葉だった。単に『そうです』と答えたなら、自衛隊などの軍事力を異世界に投入しようとしていると判断するのだが……。


「誰が指導者なの?」

 指導者を尋ねられシオリは自分が喋り過ぎたと気付いたようだ。

「言う訳ないでしょ」


 東條管理官はシオリの話から、加藤太蔵以上の権力者が謎の組織を指導しているように感じた。もしかしたら大臣クラスの大物が背後に居るのかもしれない。

 そうなるとJTGや警察に訴えても中々捜査は進まないかもしれない。


 その夜、俺たちは伊丹を残し日本へ転移した。


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