第190話 盗まれた補助神紋図
少し休憩してから、交易都市ミュムルまで戻って来た。
宿屋の部屋に入り、やっと一息つく。
「奴ら何を考えているんだろうな?」
東條管理官が唐突に質問した。
「奴らって? 敵兵の中に居る自衛官たちですか」
「そうだ。ヤベ一等陸尉とかイザヨイとかの名前が出ただろ。明らかに日本人で自衛官だ」
知り合いの自衛官はまともな考えを持つ人間ばかりだったので、一部の自衛官が密かに何か画策している可能性が高いと考えた。
東條管理官が知りたいのは奴らの狙いだろうが、全く判らない。
「少なくとも自衛隊の一部がミスカル公国への転移門を隠しているのは明らかです。それ以外は分かりません」
東條管理官が溜息を吐いた。
「はあ、日本に帰って調べるしか無いな」
「それより『イザヨイ』と言う名前を知っているんですか?」
『イザヨイ』と言う名前を聞いた時、東條管理官の顔に反応が有ったのを見逃してはいなかった。東條管理官は躊躇ったが正直に告げる。
「陸自に
久々に加藤大蔵の名前を聞いてげんなりした。聞きたくない名前だったのだ。
「加藤大蔵が何か企んでいるのか。関わりたくないですね」
「他人事じゃいられないぞ。もし私の推測が当たっていて、今回の王国への侵略が失敗すれば、息子の大輝が絶対に乗り込んで来るからな」
鼻持ちならない馬鹿息子を思い出し、うんざりする。
「東條管理官が報告すれば、芋づる式に加藤大蔵まで逮捕出来ないんですか?」
「聞いた名前が『イザヨイ』と言うだけだ。無理だろ」
その日は宿屋で休養を取り、一刻も早く迷宮都市に帰る為に、翌朝早く出発した。東條管理官が、次のミッシングタイムである四日後に日本へ帰りたいと言い出したのだ。
交易都市ミュムルから、西へと進み魔物の住む森の上空を突っ切って三本足湾を渡った。魔物の住む森には空を飛ぶ魔物も居るので危険な旅だ。かなりの強行軍をして三日で迷宮都市に戻って来た。
趙悠館に戻り、東條管理官を医師二人に預けると、食堂に居た伊丹とアカネに査察が無事に終わった事の報告を受けた。
その後、部屋に戻った。部屋に入ろうとして鍵穴に鍵を
「おっ、どうしてだ」
明らかに鍵をこじ開けた痕だった。鍵を開け中に入る。ざっと見渡すと賊が入った様子はない。出た時と同じだと思った。
ところがよく見ると、数少ない家具の一つである鍵付きの収納棚が荒らされていた。分厚い板で作られた四段の棚には扉が付いており鍵が掛かるようになっている棚である。
下二段は金貨や魔晶玉などが入っていた。上二段には予備の魔法薬や簡易魔導核の補助神紋図が一緒に入っていた。
金貨や魔晶玉は当座の資金や実験で使おうと思っていたものだ。大半の資金はギルドの貸し金庫に預けてある。
上二段の棚の鍵が壊され、中に有った簡易魔導核の補助神紋図が消えていた。その補助神紋図は一番初めに薫が描いたもので、改良型の補助神紋図を研究する時の参考用に保管していたものだ。
その他の補助神紋図はダルバル爺さんに原本を渡し控えも作らなかった。全ては自分の高密度記憶領域に記憶しているので俺自身は問題ない。一つだけ紙で残したのは眺めながら考えるとアイデアが浮かぶからだ。
部屋を細かく調べると誰かが何かを探している痕跡が有った。テーブルの上に置いてあった筆記用具や本の位置がずれてた。掃除をしていなかったので薄っすらと埃がテーブルの上を覆っており、物を動かした痕が残っているのだ。
ふと見ると床に植物の種のようなものが落ちていた。米粒ほどの大きさの菱型の種だ。
「犯人が持ち込んだ痕跡だろうか?」
拾い上げ、テーブルの上に置いた。
俺は東條管理官と伊丹、アカネを部屋に呼んだ。
「何か有ったのでござるか?」
伊丹は部屋に入ると目を細め、鍵が壊れている棚を凝視する。アカネと東條管理官も驚く。
「この仕事はプロの仕業じゃないな。痕跡を残さないように気を付けているが鍵開けの技術が中途半端だ」
警視庁で刑事たちの指揮をしていた経験のある東條管理官が告げた。
「何が盗られたのでござる?」
伊丹の問いに、補助神紋図を盗られた事を話すと皆が深刻な顔になった。簡易魔導核の補助神紋図は王国にとって戦略的価値のある重要なものだ。
「誰の仕業か……疑わしい奴が多過ぎる」
補助神紋図の存在を知っている魔道具職人の誰か。オラツェル王子やモルガート王子の配下など疑い出したらきりがない。
「……ん……ちょっと……賊はこの部屋だけに入って補助神紋図だけを盗んだのよね」
アカネが何か気になるようだ。
「それがどうしたのでござるか?」
「外部の人間が、ミコトさんの部屋がここだと判るのかしら」
アカネの疑問に東條管理官が応える。
「趙悠館を見張っていれば、部屋の場所は判るんじゃないか」
「駄目です。A棟の部屋の半分、この部屋も含め、窓が中庭の常緑樹の方に向いていて趙悠館の外からは見えません」
「犯人は趙悠館に出入りしている人間……査察チームの者も含めるべきか」
東條管理官が警察関係者の目になっている。
「査察チームの人は違うんじゃないですか。補助神紋図の事なんか知らないでしょ」
俺の反論を聞いて、東條管理官が俺をじろりと睨んだ。
東條管理官はミトア語が話せるようになると積極的に現地の人々と会話するようになった。特に猫人族のルキたちとは親しくなり、俺について詳しい情報を聴き出したようだ。
ルキたちに東條管理官を紹介する時に親戚の伯父さんだと言ったのが拙かったらしい。特にマポスは東條管理官に訊かれるまま答えたのだ。
俺が報告書に書かなかった補助神紋図や簡易魔導核についても聞き出したようで、コブラツイストを食らった。
「可能性の問題だ」
東條管理官が俺の反論を却下した。アカネがテーブルに置いてあった種を持ち上げる。
「この種はどうしたの?」
「床に落ちていた」
俺が答えるとアカネと伊丹が、何かに気付いたようにハッとした表情をする。
「その種がどうかしたのか?」
東條管理官が尋ねると伊丹が、
「樹海の転移門近くに繁殖していた花の種でござる」
犯人の靴か服に付いていて、盗みを働いていた時に落ちたのなら……査察チームの中に犯人が居る可能性が高くなった。
「そうなると何故、査察チームの人間が補助神紋図の事を知っていて、欲しがるのかが判らない」
俺が疑問を口にすると、東條管理官が腕を組んで考え込んだ。
「もしかしたら……ミスカル公国のスパイが簡易魔導核の事を気付いたのか……それで査察チームの誰かに盗んで来るように依頼したのかもしれん」
東條管理官が独り言のように言う。
「意味が判りません。どうしてミスカル公国と査察チームが結び付くんです?」
アカネが疑問の声を上げた。俺は国境付近での出来事を語り、ミスカル公国と加藤代議士が組んでいる可能性が有ると告げた。
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