第189話 公国と自衛官
日が昇ると同時に王都を出発した俺たちは、その夕方に交易都市ミュムルへ到着した。途中、交易都市から逃げ出し王都へ向かう人々を見た。それだけ戦禍が広まっているのだろう。
探し出した宿屋は人の気配がなくほとんどの部屋が空いていた。俺たちは二階の角部屋を選んだ。二階に上がって窓から街を眺める。街全体がざわざわとして行き交う人々の顔が険しい。
「戦況はどうなんだ?」
装備を解いて身軽になった東條管理官が尋ねた。
「ヴァスケス砦での戦いは熾烈を極め、王国側に大勢の死傷者が出ています。目当ての銃に似た武器を持つ部隊は砦の東南に布陣しているそうです」
ディンから聞いた情報だった。ダルバル爺さんが配下の者を使って集めているのだろう。
「防衛体勢はどうなっているんだ?」
国境線は二つの砦が支えている。その第一陣であるヴァスケス砦が陥落寸前らしい。第二陣が建設途中のフロリス砦である。
以前からヴァスケス砦の背後に在るフロリス村を要塞化し砦とする計画が有り、少しずつ建設していたのだが、今回の戦いが始まり、急遽国を上げて完成を急がせている。
フロリス砦は外堀と防壁が完成し、兵舎や倉庫などを造っている最中である。既に五〇〇〇人の兵士がテントを張って生活していた。
翌朝、魔導飛行バギーに乗った俺たちは、ヴァスケス砦へ向かった。フロリス砦には近付かず、大きく回り込んでルゴス大湿原の上を通過してヴァスケス砦の近くにある国境線まで到着。
国境線とは言え、万里の長城のような壁が有る訳ではない。自然の地形である川や山などを元に国境線が決められている。
国境線を越えようと思えば簡単に越えられる。但し、それは数人単位の話しで、軍隊として考えた場合、大量の補給品を運ぶには道が必要だった。
戦時中である現在は、兵士が国境線付近を守っているので少人数での越境も難しくなっている。
俺たちは空から山を越え国境を越える。
魔導飛行バギーを国境付近の山中に隠し、俺と東條管理官は銃に似た武器を持つ部隊が居る場所へと向かった。歩いて二時間ほどで、その部隊が陣を張っている空き地に辿り着く。
ヴァスケス砦から二キロほどの荒れ地で、比較的平らな場所にテントを張り兵士たちが休んでいた。この世界の一般的兵士と同じ胴鎧を装備している。
俺たち二人は忍び寄り、灌木の茂みに隠れて敵兵を観察する。
武器は腰に山刀のような短い刃物と単発銃だった。火縄や火打石などが無いので、何らかの起爆薬を製造し散弾銃の弾のような形の銃弾を造り上げたようだ。
兵士たちの話し声が聞こえて来た。
「おい、ヤベ・イットウリクイ殿は女の所へ行ったのか?」
「あの人、敵を殺すと血が騒いで一人じゃ眠れないんだと」
「全くしょうもないな」
「いいじゃねえか。この銃を作ったのは、あの人たちなんだろ」
兵士の一人が大切そうに銃を撫で回す。
「俺はこいつで敵の指揮官を一人殺ってるんだ。報奨金をたんまり貰ったぜ」
「チェッ、運のいい奴だぜ」
しばらくの間、敵兵士の交わす言葉を聞いていて重大な事が判った。銃を作り出した者たちが自衛隊の人間だという事だ。それも一人二人ではなく大勢の自衛官がミスカル公国に味方している。
俺たちが所属するJTGには日本に存在する全ての転移門の情報が集まって来る。しかし、ミスカル公国に転移する転移門の存在は知られていなかった。
その時、兵士の一人がある人物の名前を上げた。自衛隊のリーダーが『イザヨイ』と呼ばれていたのだ。それを聞いた東條管理官のコメカミがピクリと痙攣した。
東條管理官が離れようと合図をする。
同時に一人の兵士が立ち上がって俺達の方へと近付いて来た。生理現象を催したのかベルトを緩めながら歩いて来る。
こういう場合は見付からないようにと祈るしか無い。念の為、パチンコを取り出し鉛球をセットする。
俺の祈りは天に通じなかったようだ。その兵士は俺たちを発見し大きな声を上げようとした。俺はパチンコで兵士を狙い素早く発射する。
鉛球は兵士の胸に当たり昏倒させる。急所は外れたので死んではいないはずだ。俺と東條管理官は素早く撤退する。背後で兵士たちが騒ぎ始め、誰かが俺たちを発見した。
「敵だ。敵が居るぞ」
大勢の兵士が追って来た。
「まずいぞ。どうする?」
東條管理官が厳しい顔で尋ねる。
「俺が追撃を食い止めます。先に魔導飛行バギーの所へ行って下さい」
東條管理官を先に逃がす事にした。
俺は立ち止まりパチンコで兵士を狙い撃つ。二人の兵士が倒れた。
「魔法だ。敵は魔法を使っているぞ」
急に仲間が倒れたので魔法が使われたと勘違いしたようだ。兵士たちは散開し岩や灌木の影に身を隠し銃を構える。このままでは東條管理官まで撃たれてしまう。
無詠唱で<
兵士の何人かが反射的に銃を撃った。殆どの弾は明後日の方角に飛んでいく。ただ一発だけが東條管理官の肩を貫いた。東條管理官が倒れるのが見えた。
傷口から血がだらだらと流れ出し、東條管理官が苦痛に顔を歪めている。
「チクショウ、運の悪い……」
俺は悪態をついてから、東條管理官を助け起こしベルトポーチから治癒系魔法薬を取り出して東條管理官に飲ませた。
「異世界に来て……じゅ、銃で撃たれるとは思わなかった」
「しっかりして」
東條管理官に肩を貸して逃げ始める。眼が回復した兵士たちが銃を撃ち始めた。
「あいつら皆殺しにしてやろうか」
俺はマナ杖を取り出し<
「駄目だ。殺すんじゃない」
JTGの職員としては部下に人殺しをさせるのは非情にまずい。JTG上層部にありのままを報告すれば、正当防衛だと認められる可能性が高いが、問題にはなるだろう。
「しかし、……」
「大勢の人間を殺した案内人として、お前の経歴に傷が残る」
東條管理官が言った。
俺が傷は大丈夫か確認する。
「わ、私は大丈夫……お前なら敵を足止めして逃げ切れるはずだ」
珍しく部下を信頼しているような東條管理官の言葉の中に、ある種のやせ我慢を感じた。魔法薬を飲んだとしても、相当な痛みが有るはずなのだ。
東條管理官の顔を見ると苦痛で歪んでいるが、その奥に何かふてぶてしいものが覗いている。その顔を見て、後で問題になるのが嫌なだけじゃないのかと考えてしまった。
邪推だろうか。自分の命も掛かっているのだ。部下を信頼していると思っておこう。
魔粒子を添加しない<
それでも敵兵は爆風で吹き飛ばされた。その隙に俺と東條管理官は逃げ出す。
何とか魔導飛行バギーを隠した場所まで戻り、空を飛んで撤退する。ヴァスケス砦を超えた地点で着陸し、東條管理官の傷の具合を診る。
「魔法薬が効いたみたいです。出血が止まり傷が塞がり始めてます」
「魔法薬か……凄いものだな」
荷物の中に有った塗り薬を傷口に塗り、包帯を巻く。弾は貫通し体内に残っていないようだ。
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