第187話 焼き肉パーティー

 その日の夕方、趙悠館の庭で焼き肉パーティーの準備が進められていた。

 丸太を輪切りにしただけの物が椅子とテーブルの代わりに並べられ、その中心に四角い火鉢のような物が置かれた。


 火鉢は半分ほど灰で満たされていて、その上に炭が盛られる。五徳のような物が置かれ炭に火が点けられた。最後に焼肉屋でよく見る長細い穴の空いた鉄板が五徳の上に乗せられ準備は整った。


 参加者はオディーヌ王妃とサラティア王女とディン、日本から来た依頼人、ルキたちや趙悠館で働くおばちゃんたちなどである。ポッブスも呼びたかったが、ギルドの依頼で魔光石を取りに行ったそうだ。

 もちろん、参加したがっていたアルフォス支部長も呼んである。


 支部長が一抱えも有りそうな竜肉を持って来ていた。厨房で薄切りにし野菜と一緒に皿に盛ったものをおばちゃんたちが運んで来る。


 ルキは目をキラキラと輝かせ、口を半開きにして竜肉を見ている。タレはアカネさんが査察チームと出発する前に作った特製のものを用意した。


 俺はディンたち王族と一緒の席である。成人男性には冷えたエール、女性や未成年者にはジュースが配られ乾杯からパーティーが始まった。


 サラティア王女はこういうパーティーは初めてらしく興味深そうに周りを見ている。竜肉の脂身を熱い鉄板の上に落とし油を広げる。この脂身の脂が美味いそうだ。

 それだけで何とも言えない美味しそうな香りが広がった。

 俺は菜箸を使って肉や野菜を鉄板の上に並べていく。他の者はトングに似た器具を使っている。


 オディーヌ王妃とディンは趙悠館での生活や太守館での勉強について話している。一方、王女は俺が鉄板の上で肉や野菜をひっくり返しているのを黙って見守っている。


「ルキ、まだ焼けてないでしょ」

 ミリアの声がした。我慢出来なくなったルキが半焼の竜肉に手を出したらしい。


「まだ焼けないのか?」

 ディンがジレたように訊いて来る。俺は肉の焼色を見ながらもう少しと返答し、小皿にタレを注ぎ、皆に配る。

「よし、焼けた」

 菜箸で肉と野菜を皿に盛り王妃の前に置く。


「どうぞ、お召し上がり下さい」

 王女の分はディンがトングで皿に載せ「食べて」と置いた。

 こういう食べ方は初めてのようなので、菜箸をフォークに持ち替え焼き肉をタレにつけ口に運ぶ。食べ方の見本と毒味である。


 竜肉を口に入れた途端、甘い脂が口に広がり味覚を刺激する。噛み締めると最高級の牛肉以上の旨味を感じ自然と笑顔になった。普段は安物の肉か魔物の肉しか食べていない俺だが、この竜肉の美味さが特別なのは舌に感じた。


「こ、これが竜の肉なんだ。もの凄く美味い」

 俺が呟くように言う。


 ディンが辛抱出来なくなったように肉を口に運ぶ。そして、最高級の料理を食べているはずの王族も絶賛する。

「うわっ、本当に美味いよ」


 それを見た王女と王妃も肉をタレに付け口に運ぶ。その顔が笑顔になった。

「美味しい。凄く美味しいです」

「王城でも食べた事のない竜肉を食べられるなんて、思っても見ませんでした」

 それを聞いた俺はホッとした。ディンと王女ばかりか王妃も夢中になって食べ始めた。


 もちろん、ルキたちもあまりの美味さに感動しながら「旨い」と言い合い、夢中になって食べる。ルキなどは身体で美味しさを表現する為に腰を振って踊り出す。踊り出すほど美味いという意味だろうか。


 伊丹やアカネにも食べさせたい。アルフォス支部長に竜肉の保存方法や賞味期限について聞いてみると思っていた以上に傷み難いのが判った。


 魔粒子が多く含まれる加工しない魔物の肉は低温の場所に置いておけば一ヶ月くらいは美味しく食べられるそうだ。牛肉も温度が零度か一度の場所で熟成させるドライエージングという方法で二〇日ほど保存させると美味しくなるらしいので、竜肉も熟成させると美味しくなるかもしれない。


 アルフォス支部長に五〇キロほどをギルドの冷蔵施設で保存してくれるよう頼んだ。これでしばらくは美味しい竜肉を堪能できる。


 王妃が国王陛下にも食べさせて上げたいというので三キロほどをディンが国王へ献上する事になった。

 その夜の焼き肉パーティーは盛り上がり、参加した皆が大満足して終わった。


 翌朝、俺と東條管理官を乗せた魔導飛行バギーとディンたちを乗せた魔導飛行バギーが揃って迷宮都市を離れた。王都まで二日の予定である。


 横風を受けながら魔導飛行バギーは順調に進んだ。横風を考慮し軌道修正するのは面倒だが、方向転換用スラスターは強力で、横風を相殺するだけの出力を持っていた。


 午後になってから風が逆風になった。モケフル村に到着し一泊する予定が、その手前で陽が落ちた。仕方なくオウテス街道の脇に在った草地で一泊する事にした。


 この辺りは魔物の住処である樹海や山脈から遠いので、滅多に魔物と遭遇する事はない。気を付けなければならないのは野盗の類である。


 魔導飛行バギーの屋根部分である浮揚タンクの上にはテントや寝袋などが載せてあり、それを降ろして野営の準備を始めた。俺と衛兵たちがテントを張っている間に、ディンと東條管理官には薪を拾って来て貰う。

 素早くテントを張り、焚き火を起こす。手慣れたものである。


「こういうのは、子供とキャンプに行って以来だな」

 焚き火の前に座った東條管理官がポツリと漏らした。

「ええっ、結婚してたんですか?」


 俺が驚いたので東條管理官が眉を顰めた。

「私が結婚しているのが不思議か?」

 東條管理官の声に怒りが少し篭っている。


「いえ、そういう訳では……ただ東條管理官は仕事一筋の人だと思ってたんで」

「ふん、出来る男は仕事と家庭を両立させるものだ」

 何が出来る男だ。無茶ばかり言いやがってと心の中で言い返す。


「ミコト、風呂に入りたい」

 無理だと判っていて言うのが東條管理官である。愚痴のようなものだと判っているのだが、面倒だ。


「こんな時こそ、<洗浄ウォッシュ>を使って下さい」

「何だと、<洗浄ウォッシュ>は身体も洗えるのか。洗濯の魔法だと思っていた」


 趙悠館にいる間は風呂が有るので<洗浄ウォッシュ>は洗濯に使っている。だが、本来は旅先などで身体の汚れを落とすのに使う。


 東條管理官は試してみる事にした。鎧などの装備や服を脱ぎ下着姿になって自分の身体に対して<洗浄ウォッシュ>の呪文を唱える。


 魔粒子が水に変化し身体を包み込むと同時に身体の周囲に渦を作った。皮膚に付着している汚れを包み込んで排除すると水は身体から離れ地面に撒かれた。この時、下着も洗浄される。

「なるほど、風呂ほどではないが、さっぱりするな」


「便利な魔法ですね」

 ラシュレ衛兵隊長が声を上げた。

「『魔力変現の神紋』の応用魔法だよ。僕だって出来る」


 ディンが自慢そうに服を脱ぎ、<洗浄ウォッシュ>を実行する。ディンはまだまだ子供である。これまで王城の離宮で大切に育てられ、三男であるが故に本格的に帝王学も学んでいない。


 迷宮都市に来てからハンターの真似事をするようになったが、俺と出会わなければ命を落としていたかもしれないひ弱な少年だった。


 最近では俺と伊丹に鍛えられ、中堅ハンター並みの技量を持つまでになっている。但し、まだまだ考えが甘く思慮が浅い点が欠点である。


 その日は簡単な食事で腹を満たし交代で見張りをしながら寝る事にした。見張りは俺・ラシュレ衛兵隊長・もう一人の衛兵の順番に決まった。


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