第186話 竜炎撃 2

 竜炎撃を最初に発射する名誉は、衛兵の新人に与えられた。

 前回の試作品はちゃんと作動すると判っている簡易魔導核を使っていたのでカリス親方が試したが、今回は魔光石燃料バーや改造した簡易魔導核などの新機軸を盛り込んでいる。


 ダルバル爺さんが言うように慎重に試しを行った方がいいのかもしれない。

 自分で試すつもりだった俺は、考えが足りなかったと反省する。


 新人衛兵は全身を金属で覆うプレートアーマーのようなものを装備し、人工池の前に進み出た。

「本当に大丈夫なんですよね」

 新人衛兵は不安そうに尋ねた。


「大丈夫だ。しっかり狙ってから発射ボタンを押せ」

 ちょっと離れた場所からカリス親方が応えた。

 新人衛兵は緊張しているようだった。竜炎撃を持ち上げ人工池の水面に狙いを定め発射ボタンを押した。発射ボタンを押してから実際に発射されるまで二秒ほどのタイムラグがある。


 発射ボタンを押してから、すぐには何も起きなかったので新人衛兵はもう一度発射ボタンを押してしまった。


「あっ!」

 思わず声が出た。タイムラグがある事は新人衛兵にも話したのに、どうやら緊張して忘れたようだ。


 必要な二倍の魔力が竜炎棘に流れ込んだ。

 オレンジ色の炎が飛び出すはずだったのに真紅の炎が『バシュッ』と音を出して発射され、水面ではなく人工池を飛び越え土手に命中した。命中した途端、真紅の炎が直径四メートルの球体に膨れ上がる。


 真紅の球体は一瞬で消えたが、周囲に生えていた雑草が一瞬で灰に変わり、周りの土が高熱でマグマの様になっていた。


 竜炎撃が引き起こした奇妙な現象に全員が驚き声を上げる。

「何だ、あれは?」

「灼炎竜が放った奴と違うぞ」


「色も違う」

 原因は新人衛兵が発射ボタンを二度押した事により大量の魔力が流れ込んだ所為だと予測は着く。


 ダルバル爺さんは予想外の威力に喜んだ。

「もしかすると発射ボタンを押せば押すだけ威力が増すのか?」


 その事は俺も考えた。しかし、大量の魔力を源紋が扱いきれず暴発する可能性もある。それを指摘すると、ダルバル爺さんは考え込んだ。


「だが、二度までは大丈夫だと証明された訳だ」

 それを聞いたカリス親方が慎重な態度を示す。

「何度も確かめないと確実じゃありませんよ。それより本来の威力を確かめないと」


 ダルバル爺さんは頷いて、新人衛兵に声を掛ける。

「そこのお前、今度は発射ボタンを一度だけ押せ」


 ダルバル爺さんが新人衛兵に指示を出す。もう一度発射された炎の塊はオレンジ色で灼炎竜のものと一緒だった。命中した後も炎が爆散し周囲に火の粉を飛び散らせただけである。


 その威力はグレネードランチャーに匹敵し対人用としては充分過ぎるほどだ。けれど、最初のものに比べると格段に威力が劣る。


 ダルバル爺さんは竜炎撃の威力に満足したようだ

「ミコト、竜炎棘を売ってくれ。自分達で使う分以外はいいだろ」

「いいですけど、高いですよ」


 ダルバル爺さんが顔を顰める。竜炎撃の威力を見ていなければ値下げ交渉を始める処だ。

「言い値で買う。陛下なら出すはずだ」

 竜炎棘は一〇〇個以上取れたと聞いているので、膨大な資金を手に入れた事になる。但し全部後払いである。


 ダルバル爺さんはカリス親方に、竜炎撃を一〇〇本欲しいと依頼した。支部長には職人の手配やハンターの協力を命じる。


「ミコトは手伝ってくれるんだろうな」

 カリス親方がすがるように言う。

「済みません。俺は王都に行く用が有るんで駄目です」

 カリス親方がガクリと膝を突く。


「人手が有れば出来る仕事じゃないですか」

「馬鹿野郎……竜炎撃は小型の魔光石燃料バーを使ってるんだぞ。作れる人間は限られているんだ。お前が抜けるとこっちの負担が大きくなるだろうが」

 カリス親方から散々文句を言われた。


 アルフォス支部長が俺に顔を向け、灼炎竜の素材について確認を始めた。

「竜炎棘は国が買うとして、角・牙・骨・竜皮・鱗・血・魔晶管・魔晶玉はどうする。劣化する竜皮や魔晶管・血は早めに何とかしないとまずいぞ」


「そうですね。竜皮はウロコが付いたまま鞣せますか?」

「手間賃は高くなるが可能だ。盾か鎧でも作るのか?」


「ええ、バジリスクの皮より丈夫みたいですから」

「残りはどうする。オークションにでも出すか?」

 それもいいかもと頷いた。


 牙は魔道具の素材に、骨と血、魔晶管内容液は薬の素材となる。趙悠館の調薬工房で使用する分だけ残し、後はオークションで売る事にした。


 但し、アルフォス支部長に骨と牙は大量に有るので大半は倉庫で保管し、少しずつオークションに出すよう言われた。大量に出すと値崩れ起こすそうだ。


 血は保存出来ないので、緋色樹の樹液・各種薬草と練り合わせ傷軟膏・火傷軟膏などに加工するそうだ。


 竜種の魔晶管内容液は竜種の血液や月花桃仁草の球根、ラシギリ草などと一緒に調薬し中級再生系魔法薬となる。オークションに出せば途轍もない値段で買い取られるはずだ。


「中級再生系魔法薬か、上級再生系魔法薬が欲しいんだけどな」

 オリガの事を思い出しポツリと呟く。それを聞いたアルフォス支部長が。


「無理言うな。上級を作るのにはヒュドラの魔晶管内容液が必要なんだぞ。樹海の最奥に住むヒュドラだ。そこまで辿り着けるようなハンターはこの国に居ない」


 五〇〇年前、勇者が樹海の最奥でヒュドラを倒したと言う伝説が有るが、それ以来ヒュドラの姿を見た者は居ない。


 樹海の最奥には、『竜種』を超える化物『龍種』が住んでいる。魔物の頂点に君臨する奴らに勝てる人間など存在しなかった。


「ミコト、王都へ行くと言っていたな。太守に竜炎撃を持って行かせるので一緒に連れて行ってくれ」


 ダルバル爺さんが言い出した。太守館にある魔導飛行バギーに乗って行くらしい。護衛としてラシュレ衛兵隊長ともう一人の衛兵が一緒だ。


「王都には一泊するだけの予定ですけどいいの?」

「王都に着いてからは別行動で構わん」


 ディンが目を輝かせている。

「ねえ、魔導飛行バギーを操縦してもいいでしょ。折角操縦法を習ったんだから」


 ダルバル爺さんは顔を顰めたが、余り子供扱いするのも教育上悪いと思ったのか。ラシュレ衛兵隊長が許可した場所ならと承諾した。


 王都へ行く前に、もう一つやらねばならない事が有った。

 それは焼き肉パーティーである。その日の夜、アルフォス支部長やディンたちを招き、趙悠館で竜肉の焼き肉パーティーを開いた。


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