第184話 ミスカル公国軍の武器

 転移門の警備体制についての話が終わったタイミングで、東條管理官が尋ねる。

「ミコト、街で噂になっているのを聞いたんだが、竜を倒したそうだな」

 隠せるような状況ではなかった。


「ええ、予想外な事が起こって倒せました。幸運だったんですよ」

「それでも凄いじゃないか。私はお前の実力を過小評価していたらしい」

 上司が自分を評価してくれるのは嬉しいのだが、この上司は時々無理を言うので用心が必要だった。


 その日の夕方、アルフォス支部長とダルバル爺さん、ディンが訪ねて来た。こんな時刻に来るとは、何事だろうかと不安になる。


 ディンが太守として、迷宮都市を守った事について感謝の言葉を述べた。ダルバル爺さんがたんまり報奨金を弾むぞと約束する。


 ダルバル爺さんが内密に話をしたいようなので、自分の部屋に案内した。六畳ほどの寝室と八畳ほどの仕事部屋が有り、仕事部屋の方に案内する。


 小型の机と椅子のセット、それに作業台代わりのテーブルと折り畳み椅子がある。ディンたちには折り畳み椅子に座って貰う。

 いつもは明るいディンの表情が暗いので心配になる。


 アカネが持って来たハーブティが配られ、彼女が部屋を出るとダルバル爺さんが話し始める。

「王都から連絡が来た。東で戦争が始まったそうだ」

「……ついに始まったんですか」


 予想はしていたが、残念である。戦況を聞くと王国側が不利なようだ。

「クロムウィード宰相が、ミコトにも意見を聞きたいと言ったそうなんだ」

 ディンが王都から来た情報を伝えた。


「俺の意見だって……何でだろ?」

 ダルバル爺さんがニヤッと笑う。


「自分を判っておらんようだな。バジリスク討伐・簡易魔導核・魔導飛行バギーなどの実績から、お主が一廉ひとかどの見識の持ち主だと判断したんのだ」

 クロムウィード宰相は灼炎竜を倒した事実をまだ知らないはずなので省いたようだ。

 

 俺自身は自分をまだまだ若造の半人前だと思っていた。異世界に転移してから苦労し少しは成長したとは思うが、最近になって自分はまだまだ未熟だと感じる時が多くなった気がする。


「見識と言われてもな……結局戦力不足なんでしょ?」

 ダルバル爺さんが顔を顰め、しぶしぶ頷いた。

「このままでは交易都市ミュムルの東に在る国土が敵に奪われてしまう」

 交易都市ミュムルはボッシュ砦が有るので守り通せるかもしれないが、虫の迷宮を含む国土を失う可能性が高いらしい。


 アルフォス支部長がテーブルを叩き激昂する。

「理不尽ではないか。我が国が何をしたというのだ」

 ダルバル爺さんが首を振り冷静な声で言う。


「そうではない。魔導先進国が魔導技術を高め戦力を拡充している間、我が国は何もしなかった。それが現在の事態を引き起こしたのだ」

 その言葉を聞いたディンが嘆きの声を上げる。


 ダルバル爺さんが俺の方を向き質問する。

「ミスカル公国軍には、棒のような奇妙な魔導武器を持つ部隊が居るらしいんだが、何か心当たりはないか?」


 その詳しい情報を聞いて、嫌な予感を覚えた。武器の形状が銃に似ていたからだ。リアルワールドの各国間の取り決めで銃などの兵器の情報は異世界に広めてはならないとなっている。


「いえ、そんな武器に心当たりは無いですね。ただ興味があります。見てみたいな」

 ダルバル爺さんが睨むように俺を見る。こんな状況なのに興味本位で見たいとか言ったからだろう。


「見るには最前線に行かねばならんのだぞ。気軽に言ってくれるな。それより戦力となるものを考えてくれ」


 アルフォス支部長とダルバル爺さんは、カリス親方に頼んで灼炎竜のスパイク状の突起と簡易魔導核を組み合わせた魔導武器を試作してみたそうだ。


 だが、思っていたような威力は発揮されなかった。灼炎竜が放った炎の塊は標的に命中した時、高温の炎を撒き散らし標的を焼き尽くした。


 それに比べ試作した魔導武器は、命中した途端『ボン』と弱い爆発を起こすだけの武器となった。

「どうも『竜炎棘』と簡易魔導核との組み合わせは駄目らしいんだ」

 ディンたちは灼炎竜のスパイク状の突起を『竜炎棘』と呼んでいるようだ。


 何故弱い爆発しか起こせないのか、俺には予想が着いた。あの攻撃を行う時、灼炎竜は大きな魔力を発していた。竜炎棘に同じような魔法効果を発揮させるには、今まで簡易魔導核が扱っていた以上の魔力が必要なのだろう。


 灼炎竜の角が大量の魔力を必要とするのは予想していたが、竜炎棘までも魔力不足になるとは思わなかった。それだけ灼炎竜が豊富な魔力量を所有していたと言う事なのだろう。


 最も簡単な解決策は簡易魔導核に使われている補助神紋図を改造し取り込む魔力を増やせばいい。


 そうなると武器を扱う者の魔力量が問題になる。平均的な兵士の魔力量では扱えない魔導武器になる可能性がある。


 そこである事を思い出した。

 魔導先進国が魔光石を利用した兵器を開発していると言う情報である。魔導飛行バギーに使っている魔光石燃料バーと竜炎棘と簡易魔導核を組み合わせれば上手くいきそうな気がする。


 思い付きを話してみるとディンたちが眼を輝かせ、俺のアイデアに賛同した。

「凄いよ、ミコト」

「さすが宰相が頼りにする男だ。我が国の戦術が変わるかもしれんアイデアだ」


 ディンはいいとして、ダルバル爺さんの褒め言葉を聞いて後悔した。何か非情に危険なものを異世界で創り出そうとしているような気がする。


「明日、カリス工房へ行って、親方に相談しようではないか」

 カリス親方は、ダルバル爺さんやアルフォス支部長の技術顧問みたいな立場になっていた。その事で親方から文句を言われたが、運命だと思って諦めて欲しい。


 ディンたちが帰った後、東條管理官を呼んだ。

「私を呼び付けるとは偉くなったもんだ」

 東條管理官が部屋に入るなり皮肉を言う。


「非常事態なんですよ」

 俺は銃らしい武器を持つミスカル公国軍の部隊について話した。

 管理官の表情が険しい物に変わった。


「それが本当に銃なら、由々しき事態だ。素早い確認が必要だぞ」

 本当に銃なのか確認するには、最前線に行き直接見て確認するしかない。


「でも、俺は銃に関して詳しくないですよ」

「心配するな。私も一緒に行って確認する」

 東條管理官の言葉で、途轍もなく不安になる。


「しかし、糸井議員たちの査察はどうするんです。樹海に在る転移門の方も査察するんでしょ」

「伊丹とアカネに任せればいいだろ。灼炎竜は居なくなったんだ。危険はないだろ」

 確かに伊丹が査察チームの面倒を見てくれるなら、ワイバーンが出ても大丈夫だろう。

 少し情報を整理したいと東條管理官が自分の部屋に戻った。


 一人になり寝台に横になったが、興奮しているのか、その日の夜はなかなか寝付けなかった。

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