第183話 灼炎竜の素材

 灼炎竜との戦いから一日後。

 目覚めると病室のような部屋の寝台の上で寝ていた。見覚えがある。治療院の一室らしい。


 上半身を起こしてみると胸の辺りに僅かな痛みが走った。その痛みで肋骨が折れたのを思い出す。

「でも、折れているなら、こんな痛みで済むはずがない」


 治療院の人が治してくれたのだろうか。寝台の傍にあるかごに自分が着ていた服と装備が置いてあった。下着姿で立ち上がって服と装備を着ける。


 その時、ドアが開きアルフォス支部長が入って来た。

「やっと目覚めたか。心配したぞ」

「どうも……」

 突然だったので曖昧な返事をしてしまった。


「まだ寝ぼけているのか。おっと……最初にお礼を言わなければな。君たちのお陰で助かったよ」

 支部長に礼を言われ灼炎竜と戦った事を思い出した。伊丹と俺は倒れて……。


「伊丹さんは無事ですか?」

「ああ、お前より先に目を覚まして趙悠館に一旦戻った。趙悠館の人たちに状況を説明してから、また来るそうだ」


 さすが武士の鑑、伊丹である。

 俺はホッとした。安心すると灼炎竜がどうなったか気になって来た。それを支部長に尋ねる。


「ハンターギルドの者が総出で解体し迷宮都市に運んでいる処だ。もちろん素材は倒したお前たちに所有権が有るが、肉なんかは腐らない内に加工する必要が有るぞ」


 魔物の肉は魔粒子を多く含んでいる所為か普通の肉より腐り難い。それでも未加工だと腐敗する。そこで大量の塩を使って生ハムに加工するのが普通なのだそうだ。

 保存食としては干し肉にするのも有りだが、味は生ハムの方が断然上らしい。


「ギルドの施設を使って生ハムに加工するのが一番だと思うのだが、どうだ?」

 『ハム』は『豚のもも肉』と言う意味も有るので、竜肉のハムと言うのは少しおかしいのだが、製法がハムと一緒なので日本語に変換した時、ハムと変換されるようだ。


 ギルドで行うハムの作り方は、燻製や加熱などをしない伝統の作り方である。塩漬けにした肉を長期間気温の低い乾いた場所に吊るして乾燥させるだけなのだが、こうやって熟成させた竜肉ハムは格段に美味しくなる。


 竜肉の生ハムは五〇年前に作成して以来久しぶりだと言う。今回の灼炎竜は全長が十一メートルも有るような巨体である。取れる肉の量も半端ではない。


 ギルドの施設だけだと全部は生ハムに加工出来ないかもしれないと言われた。

「いい所の肉は生ハムにして、他は干し肉にするのがいいかもしれませんな」


 支部長が魔物の肉について詳しいようなので任せる事にした。ただ趙悠館で焼肉パーティーでもしようと思い、その分の肉は運んで貰うよう頼んだ。


「そいつはいいな。私も招待してくれ」

「もちろんです」


 因みに以前倒したバジリスクの肉はほとんどが干し肉になったらしい。肉に臭みが有りハムにすると、その臭みが残るのだ。その所為なのか肉は安かった。


 肉の話が終わると支部長が厳しい顔になった。

「問題は、肉以外の素材なんだが、たぶん国が買い取りたいと言って来るだろう」


 肉以外の素材となると、角・スパイク状の突起・牙・骨・竜皮・鱗・血・魔晶管・魔晶玉になる。内蔵などは痛みが早いので樹海に埋めるそうだ。


 竜の肝とか心臓を食べてみたい気もするが、痛みが早いと聞くと手を出さない方がいいかと思う。


「もしかして戦争に使うつもりなの?」

「ああ、簡易魔導核と組み合わせれば魔導武器となりそうな角とスパイク状の突起は、是非に欲しいと王家は言うだろう」


 俺は簡易魔導核との組み合わせでどんな魔導武器になるか想像した。炎の塊を発射するスパイク状の突起は『紅炎爆火の神紋』の<炎弾フレームスフィア>を強力にしたような武器になるだろう。


 問題は角である。強力な兵器になりそうだが、膨大な魔力を必要とするようなので簡易魔導核では必要な魔力を供給出来ないだろう。


「スパイク状の突起は三つ程手元に置いておきたい。それに角も一度調べたい」

 俺が希望を言うと支部長は頷いた。

「もう一度言うが、所有権はミコトたちに有る。自由にしてくれ」


 墜落した魔導飛行バギーの事が心配になって来た。

「俺の魔導飛行バギーはどうなりました?」

「荷馬車に乗せられ迷宮都市に向かっている途中だろう」


 アルフォス支部長の話では、車輪の焼失とボディの傷、そして浮揚タンクを固定する金具が破損したぐらいで、後は概ね大丈夫だったようだ。カリス親方なら二日ほどで直してくれるだろう。


 一安心する。灼炎竜の素材については、迷宮都市に到着してから話し合う事にした。支部長と別れ治療院の部屋を出るとカリス工房へ向かった。取り敢えずカリス親方に魔導飛行バギーの修理を頼まなければと思ったのだ。


 カリス親方に頼んでから、趙悠館へ戻る。

 ルキが最初に俺に気付いて駆け寄り抱き付いた。どうやら心配をかけたようだ。ミリアやアカネも駆け寄る。


「ミコト様、お怪我をされたと聞きましたが、大丈夫にゃのでしゅか」

「ルキね。しゅごい魔物をたおちたって聞いたよ」

「伊丹さんから聞きました。無茶しないで下さい」


 ルキたちが騒ぐ声を聞き、リカヤやネリ、マポスなども集まって来る。趙悠館で働くおばさんたちや孤児の子供たちも参加すると収拾がつかなくなった。


 最後に東條管理官と伊丹が姿を見せる。これだけの人が自分の事を心配してくれていたんだと実感し、何だか感動する。


 どうやら、俺と伊丹が灼炎竜を倒したと言う情報は迷宮都市中に知れ渡ったようだ。但しテレビが有るリアルワールドとは違い、この世界では名前が広まっても顔は知らないと言う者が多い。


 現に趙悠館に戻る途中普通に歩いて帰ったんだが、誰も俺には気付かなかった。

 もしかして凱旋パレードとかすると本当の意味での有名人になれるかもしれないが、勘弁して欲しい。


 俺は伊丹と東條管理官、アカネ、糸井議員、車田准教授を趙悠館の空いている一室に招いて状況を説明した。


 魔導師オークが白状した情報についても話す。今回の件は各国の軍が行った偵察任務に激怒したオークの青鱗帝が命じた報復である事。そして、リアルワールドにも何らかのアクションを起こす可能性があると言う推測も告げる。


 糸井議員が深刻な顔をして声を上げる。

「それが本当なら政府に、いえ……世界に警告しなければならない」

 車田准教授が青褪めた顔をし掠れた声で応える。


「世界に警告……もちろん、そうすべきです。ですが、我々が一番懸念すべき事が有ります」

 准教授が言いたいのは、以前にオークが日本に侵入した転移門である。コンクリートの分厚い壁で封鎖し監視カメラと自衛隊所有の重火器で封鎖している。


 最初は転移門が現れる地点に土嚢を積んで完全封鎖を試みたのだが、次のミッシングタイムには土嚢の上に転移門が出現した。


 リアルワールド側の転移門は障害物のない地表に出現するよう何らかの仕組みが組込まれているらしい。


 そして、ロンドンで起きた巨大蟻襲撃事件では、転移門が従来の場所から三〇メートルほど離れた場所に出現したらしい事実から、土嚢やコンクリートによる閉鎖は無意味だと分かった。


 現在、転移門の周囲に自衛隊の小規模駐屯所を作り警戒するようにすべきではないかと議論されている。


 地方に有る転移門なら駐屯所も比較的簡単に作れるのだが、都市部は問題が有り過ぎて議論が尽きない。これに関連して、異世界側に自衛官を派遣し転移門を守ろうと言う意見が多くなっている。

 ただ異世界だと武器を持ち込めないので、本当に守れるのか疑問が出ている。


 准教授が危ぶんでいる転移門は、オークたちにより占拠されていると思われる。薫や厨二病の東埜たちが事故により転移した場所なのだが、オークたちが住む瘴霧の森から近い。


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