第182話 竜の洗礼
伊丹がレバーを押し込み急上昇させる。十数個の炎の塊が迫っている。
方向転換用スラスターを吹かせ、大きく軌道を変える。ゆっくりとだが炎の塊が離れて行く。
二台の魔導飛行バギーは無事に灼炎竜の攻撃を免れたようだ。
灼炎竜は俺たちを追ってココス街道から離れた。一キロ、二キロほど離れた時、灼炎竜が忌々しそうに唸り声を上げ、頭の一本角に魔力を集め始める。
膨大な魔力の集中に、俺と伊丹は顔を青褪めさせた。
「あれはヤバ過ぎる」
魔導飛行バギーの全力で逃げ始める。
灼炎竜の角から青白いビーム状の光の帯が伸び、空を斜めに一閃する。ビームは俺たちの魔導飛行バギーを掠める。高熱を発する光の帯は、魔粒子が何らかの高温プラズマのような物に変化したようだ。
後部の車輪が高熱で焼け落ちた。それと一緒に後部の収納スペースに入れてあった予備の魔光石燃料バーなどが地面に向かって落ちていく。
「げっ……危なかった」
近付くのは危険だと感じた俺たちが灼炎竜から距離を取ると、灼炎竜は足を止めた。
嫌な予感がして見守っていると灼炎竜はココス街道の方へ引き返し始める。
「えっ……何で戻るんだ」
引き返し始めた灼炎竜に気付いたのは俺たちだけではなかった。支部長の魔導飛行バギーも引き返して来る。
伊丹も方向転換し灼炎竜を追う。
俺がマナ杖を持ち上げアルフォス支部長に見せる。もう一度魔法攻撃を仕掛けようと提案したのだ。
支部長が片手を上げて応える。賛成のようだ。
二台の魔導飛行バギーが灼炎竜に近付いた時、竜の巨体がクルリと回転し視線をこちらに向け大きな口を上げた。ヤバイ、あの咆哮が来ると思った瞬間、<遮蔽結界>を張る。
物理的衝撃波を伴った咆哮が俺たちを襲った。至近距離で咆哮を浴びた支部長の魔導飛行バギーはふらふらしたかと思うと高度を落とし樹海の中に墜落する。咆哮の衝撃波で支部長たちは気を失ったらしい。
魔導飛行バギーの構造上、いきなり浮力がゼロになると言う事はないのでゆっくり不時着したようだ。
灼炎竜がココス街道に引き返したのは、俺たちを引き寄せるフェイントだった。
<遮蔽結界>で身を守った俺たちは無事だった。一方、不時着した支部長たちの方へは灼炎竜が向かおうとしている。
支部長たちの命が危ない。
「ミコト殿、攻撃を!」
伊丹の言葉で<
灼炎竜を見ると、俺たちには咆哮が効くと判断したのか、もう一度口を開こうとしている。
魔粒子凝集弾を撃ち出した瞬間、灼炎竜は大口を開け咆哮を発しようとした。
『流体統御の神紋』で魔粒子凝集弾の弾道は制御している。自由自在と言う訳にはいかないが、僅かな軌道修正は可能だ。俺は魔粒子凝集弾を灼炎竜の口の中に誘導する。
最初で最後のチャンスかもしれない。血管がブチ切れそうになるほど集中し誘導を行う。
魔粒子凝集弾が口に飛び込もうとした時、灼炎竜が咆哮を発した。咆哮の衝撃波と魔粒子凝集弾が衝突し大爆発が起きる。
爆発の威力は大きく口を開けた灼炎竜に少なくないダメージを与えた。口から血をダラダラと流す巨大な竜がふらりと揺らめき『ズゥドーン』と倒れる。
「仕留めたのか?」
「残念ながら、目を回しているだけでござる」
伊丹が言うように胸を見ると呼吸をしているのが判る。
ここで仕留めないとまずいと感じた俺たちは、<
邪魔な鱗が……もう一発撃ち込めば。
そう思った時、非情にまずい事実に気付いた。マナ杖に装填していた魔光石が尽きたのだ。
「しまった。予備の魔光石燃料バーがない」
灼炎竜の攻撃で、魔導飛行バギーの後部が壊れた時に予備の魔光石燃料バーが紛失したのだ。だが、落ち込んでいる暇はなかった。考えるより先に本能的に次の手を実行していた。
「伊丹さん、あいつの近くに」
危険だと承知しているにも関わらず、伊丹は指示に従ってくれた。
灼炎竜から流れ落ちる血を見詰めながら<
流れ落ちていた血が吸い上げられ渦を巻いていく。直径が一メートルほどの渦水刃は真紅に輝き、魔粒子を大量に含んでいる血が俺の魔力に反応し朱色の光を放ち始めていた。
渦水刃が
灼炎竜がビクッと痙攣し、最後の力を振り絞るように立ち上がる。近くに居る魔導飛行バギーを睨み、怒りと本能に従い身体を回転させる。
灼炎竜の尻尾が魔導飛行バギー目掛けて宙を舞う。それを目にした俺は、魔導飛行バギーを包み込むように<遮蔽結界>を張る。
尻尾が遮蔽結界に当たり、結界が砕けた。結界はなくなったが、勢いを失った尻尾は軽く魔導飛行バギーに接触し、その機体を弾き飛ばす。
俺たちは灼炎竜の近くに墜落した。
身体を座席に固定していたベルトが千切れ、魔導飛行バギーから投げ出された。
「痛え……駄目だったか」
肋骨が折れたようだ。左腕も動かない。体中から集まる痛みの信号が脳を攻撃する。
俺の傍に灼炎竜の巨大な足が有る。奴が止めを刺すのを覚悟した。
その時、濃密な魔粒子が身体に流れ込んで来るのを感じる。
「ハハハ……俺たちが勝ったのか……伊丹さん、生きて……るか」
近くから返事が来た。
「もちろんで……ござる。これしきで死ぬよう……な鍛え方はしておらん。……ただ動けん」
伊丹も重傷のようだ。
その間も魔粒子は容赦なく俺の身体に流れ込み、筋肉細胞を魔導細胞に変えていく。筋肉から溢れた魔粒子は脳にまで押し寄せ、脳の一部も変異を起こさせる。
これは『竜の洗礼』と呼ばれるもので、竜を倒した者が得る祝福だと言われている。
二人はお互いの無事を確かめた後、安心したように気を失った。
不時着したアルフォス支部長とポッブスは、少しの間気絶していたようだ。
目覚めると樹海が静かになっているのに気付いた。魔導飛行バギーは横倒しになっているが、見た目では故障しているようには見えない。
「灼炎竜はどうしたんだ?」
ポッブスが尋ねる。支部長は首を振り「分からん」と応える。樹海が邪魔で周りの様子が判らない。
横倒しになっている魔導飛行バギーを二人で起き上がらせ起動させる。問題なく起動する。二人は浮上し樹海の上に出る。
立ち尽くしている灼炎竜の姿が目に入った。様子が変だ。巨大な竜がピクリとも動かない。
「まさか……」
アルフォス支部長は近付いて確かめた。あれほど力を
「ミコトたちが倒したのか……何処に居る?」
ポッブスが探すと灼炎竜の足元に墜落している魔導飛行バギーが見えた。
急いで傍に着陸し二人の生死を確かめる。
「生きてます。それに……」
ミコトたちの傷が急速に回復している。支部長は死んでいる灼炎竜を見上げる。既に魔粒子の放出は止んでいた。
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