第180話 オーク兵士と灼炎竜 2

「ポッブス、魔法でオークを狙えるか?」

「ああ、やってやる」

 魔導飛行バギーの速度を上げ、オーク兵士たちの前方に回り込む。アルフォス支部長がポッブスに合図を送る。


 ポッブスの魔法が発動した。『天雷嵐渦てんらいらんかの神紋』の持ち主である彼が得意なのは<雷槍サンダースピア>である。槍の形となる雷撃がオーク兵士と一瘤大トカゲに命中し仕留める。


「いいぞ。後三匹だ」

 鼻先で小さな奴らが戦っているのに気付いた灼炎竜が機嫌を損ねたらしい。背中に付いているスパイク状の突起をざわっと動かしてから、魔力を込め始める。


「ヤバイ、逃げろ!」

 ポッブスが叫び、支部長が魔導飛行バギーを急上昇させる。下から炎の塊が追って来る。支部長が懸命に魔導飛行バギーを操りながら炎の塊を避ける。

 魔導飛行バギーのすぐ横を炎の塊が通り抜けた。


「危な……灼炎竜に近付き過ぎたか」

 攻撃されたのはアルフォス支部長たちだけではなかった。炎の塊はオーク兵士たちの方へも飛び、二匹の一瘤大トカゲとオーク兵士が炎に包まれた。


「馬鹿な奴らだ」

 灼炎竜に手を出さなければ死なずに済んだのに、とポッブスが考えた次の瞬間、生き残った二人乗りのオークたちがまたも灼炎竜を攻撃した。


 今度の氷の槍は灼炎竜の耳に命中した。口の後ろにある穴なのだが、中には鼓膜もありダメージを負ったようだ。この攻撃に灼炎竜は激怒した。


 巨大な竜は一瘤大トカゲを追ってスピードを上げる。

「まずい、ココス街道に出てしまう」

 アルフォス支部長が顔を引き攣らせる。


「俺がやる。もう一度近付いてくれ」

 魔導飛行バギーが急降下しながらオーク兵士に近付く。ポッブスの耳に魔導飛行バギーが風を切り裂く音が聞こえる。


 ポッブスは無詠唱で使える基本魔法の<天雷グレートサンダー>を選択した。オーク兵士に近付いた瞬間、雷鳴が響きオーク兵士が悲鳴を上げて一瘤大トカゲから落ちた。魔法を放っていた魔導師オークも一緒に投げ出される。


 灼炎竜は無慈悲に一瘤大トカゲとオーク兵士を口に咥え呑み込んだ。魔導師オークは木の陰に落ちたようで見逃された。


 アルフォス支部長とポッブスは灼炎竜が元のルートに戻る事を神に祈った。

「クッ、駄目だ。元に戻らねえ」

 ポッブスが呻くような声を上げた。灼炎竜はココス街道沿いに迷宮都市の方へ進み始めていた。


 ポッブスが火が吹き出しそうな強い眼差まなざしを灼炎竜に向け何かを決意したように言う。

「支部長、オーク兵士と同じ事をすれば、灼炎竜を元のルートに戻せるんじゃないのか」


 支部長にも彼が自分の命を犠牲にしてでも迷宮都市を守ろうと決意したのは判った。

「可能性はある。だが、迷宮都市に戻って太守に報告し充分な準備を整えてからだ。今実行し失敗すれば、迷宮都市に危機を知らせる者が居なくなる」


 魔導飛行バギーを戻し、生き残った魔導師オークを捕縛した。幸い怪我はしているが、命に関わるものではなかった。


 支部長は気絶している魔導師オークを睨み付けながら宣言する。

「こいつから真相を聞き出してやる。どんな事をしても……」

 オークたちが何故あんな真似をしたのか。必ず突き止めると決意する。


 魔導飛行バギーの最高速度で迷宮都市に戻った。この時ばかりは見張り番と決めたルールを破り、迷宮都市の防壁を飛び越え、太守館の門の前に直接魔導飛行バギーを下ろした。


 魔導飛行バギーを発見した衛兵が騒ぎ始めている。

「アルフォス支部長、何を慌てているんだ」

 ラシュレ衛兵隊長が駆け付け文句を言う。


 縛られているオークとアルフォス支部長の眼が釣り上がり、歯を噛み締めている様子に気付くとラシュレ衛兵隊長は灼炎竜に何かが起こった事を察し、太守館に入れる。


「そのオークが何か問題を起こしたのか?」

 ラシュレ衛兵隊長が、ポッブスの肩に担がれているオークを指差す。


「騒ぎになる。ダルバル様とシュマルディン殿下を呼んでくれ。私は地下牢へ行く」

 迷宮都市の太守館には正式な地下牢は存在しない。元々地下倉庫だった場所を改造し地下牢として使える場所にした小部屋が三部屋ほど有った。


 因みに迷宮都市の犯罪者は捕まると警邏隊の本部に隣接する留置所に送られる。刑務所のようなものは無く、代わりに鉱山や開拓地に送られ強制労働に従事する。


 シュマルディンとダルバルが地下に下りると、珍しく怒気を発しているアルフォス支部長が待っていた。

 支部長は今日起きた事を語った。


「何だと……灼炎竜が迷宮都市に向かっているのか」

 ダルバルとディン、ラシュレ衛兵隊長が顔を青褪めさせた。

「何故オーク共はそんな事を?」


 ダルバルが尋ねるが、アルフォス支部長に判る訳がない。皆の視線がロープで縛られている魔導師オークに集中する。


「こいつに聞くしかないな」

 ラシュレ衛兵隊長が厳しい顔をして魔導師オークを見た。


 その数時間後、ミコトが太守館に呼ばれた。

 太守館の会議室で、ヒンヴァス政務官などの高級官僚たちと一緒に状況を聞き、思わず声を上げた。


「……最悪だ。それで打開策は考えたの?」

「オークと同じ方法を考えている」

 それを聞いたヒンヴァス政務官が暗い表情で言う。


「オークの半分は灼炎竜に殺られたんじゃないのか。それに奴らは一瘤大トカゲに乗っていて、かなりのスピードで移動していたと言っていましたよね」


 アルフォス支部長は俺の方を見て。

「我々には一瘤大トカゲの代わりに魔導飛行バギーがあります。太守用に製作しているものが完成していると聞いたが、どうだ?」


 ディンに急かされ二台目の貴族仕様魔導飛行バギーを前倒しで作り、今は不具合がないか検査している。

 ミコトが出来ていると答えるともう一つアルフォス支部長が尋ねる。


「以前に、灼炎竜を倒す方法を考えてくれと言ってあったが、どうだ、何か無いのか?」

 一応は考え、マナ杖を製作し、本来の<魔粒子凝集砲マナコヒージュンキャノン>を改造しマナ杖使用を前提とした<魔粒子凝集砲マナコヒージュンキャノン>も開発した。ただ支部長の話を聞いて不安になる。灼炎竜の鱗が魔法を弾き返す効果を持つとは知らなかった。


 俺は攻撃用の応用魔法を考えたが、灼炎竜の鱗について考慮しなかった事を話した。

「威力の有る魔法なのか?」


 俺は何処まで威力が有るか判らないので、試していないと告げる。

「試さんでどうする」

 ダルバル爺さんが文句を言う。


「忙しかったんですよ」

 自分が使う予定の魔導飛行バギーを早く使いたくて、急かせた覚えの有るダルバル爺さんが沈黙する。


 結局、今試す事になった。場所は魔導飛行船が着陸する人工池である。幅一〇〇メートル、長さ五〇〇メートルの人工池に皆で移動する。


 ハンターが持つ攻撃魔法などは問わないルールなのに、当然のように高級官僚たちも付いて来る。灼炎竜が引き起こす災禍がよほど怖いのだろう。何か安心出来る材料が欲しいのだ。


 俺は人工池の真ん中辺りへ行き、マナ杖をリュックから取り出した。呼び出しが有った時、念の為に用意して来ていたのだ。

 マナ杖を握り呪文を唱え始める。


「ジレセリアス・ゴザラレム・イジェクテムジン───―」


 俺の周りの大気がマナ杖の先端に向かって集まり始め、かなり強い風が発生する。この様子を見ているダルバル爺さんたちは、幾分顔を青褪めさせている。


「───―・マナ・マナ・マナ・キメクリジェス……<魔粒子凝集砲マナコヒージュンキャノン>」


 俺は『マナ』と唱える度にマナ杖のボタンを押し魔粒子を大気の塊の中に流し込む。そして、最後の詠唱と同時に、バレーボール大の青く輝く球が人工池の中心に向かって飛んだ。


 人工池に落ちた魔粒子凝集弾は、物凄い爆発を引き起こした。雷が落ちた時のような身体を震わす爆鳴が聞こえた後、爆発で人工池の水が一〇〇メートルまで吹き上げられ、爆風が俺やダルバル爺さんたちを薙ぎ倒す。


 爆風が収まり立ち上がった俺は、周りを見て呟いた。

「やっちまった……」


 <缶爆マジックボム>より十数倍の威力が有りそうだった。全員が水を被ってずぶ濡れとなり、人工池の水が半分になっていた。

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