第179話 オーク兵士と灼炎竜
その頃、王都エクサバルの王城『閣議の間』では、ミスカル公国に対しての対応が話し合われていた。出席者は王ウラガル二世と王子二人、それに閣僚たちである。
まず、コルメス軍務卿が報告する。
「ミスカル公国の軍が、国境線の近くにあるモルドンナ砦に集結しています。その数は一万ほどになるかと思われます」
ウラガル王が胸の前で腕を組んで考え込む。
「予想より少ないな」
「その事ですが、公国の兵士の中に見慣れない部隊が居るようです」
「どんな部隊なんだ?」
クモリス財務卿が問い質す。密偵の報告では数百人ほどの部隊で、全員が棒のような魔道具の武器を装備しているらしい。
「それに妙な訛りのあるミトア語を喋る者が指揮官になっているらしいのです」
「それは奇妙な……」
オラツェル王子がコルメス軍務卿に鋭い視線を向け。
「そんな事より、我が方の兵力はどうなっている?」
軍務卿はテーブルに広げてある地図を指差しながら説明する。
「国境線に一番近いヴァスケス砦には五〇〇〇の兵士を派遣し、その周囲にある二つの小砦には八〇〇ずつ送りました」
オラツェル王子が眉を
「少な過ぎる。何故もっと多くの兵を送らない!」
軍務卿の不手際だとでも言いたそうな口ぶりである。だが、王と閣僚の半分は送りたくとも送れないのだと知っていた。
ヴァスケス砦の収容能力は八〇〇〇が限界である。元々の兵力が三〇〇〇有るので、それ以上の兵力を送ると補給などの様々な問題が起きるのだ。
「オラツェル殿下、お待ち下さい」
クモリス財務卿がオラツェル王子を止める。
「ヴァスケス砦の収容能力が限界のなのは判る。だが、明らかに兵力不足ではないのか?」
攻撃三倍の法則と言うものがある。攻撃側は守備側の三倍の戦力が必要だと言う戦いの法則である。
この法則に従うなら、ヴァスケス砦の八〇〇〇の兵力で、敵モルドンナ砦に集結している一万の兵力を跳ね返せるはずである。だが、実際には難しい。兵の質、具体的には魔導兵の能力が大きく劣っているからだ。
両国とも魔導兵となる資格は第二階梯神紋を所有する事である。ミスカル公国は『風刃乱舞の神紋』や『凍牙氷陣の神紋』を所有している者が多く、王国は『紅炎爆火の神紋』や『土属投槍の神紋』を授かった者が多い。
但し、魔導先進国は独自の応用魔法を数多く開発している。特に公国が独自に開発した『風刃乱舞の神紋』の応用魔法<
それに比べ王国は応用魔法の開発が進んでおらず、昔からある応用魔法を少しだけ改良し使っている魔導兵が多かった。
昔から存在する応用魔法は古代魔導帝国の時代に開発されたもので、最小の魔力で効率的に目的を果たす付加神紋術式で構成されている。
残念な事に古代魔導帝国の軍で使われていたような強力な応用魔法はほとんど伝承されていない。王国に伝承されていれば、今回の戦いでも大きな力となっただろう。
そして、公国の魔導兵の中には第三階梯神紋の持ち主が数十人もいた。対して王国には、片手で数えられる人数しか第三階梯神紋の持ち主は存在しない。
兵力不足と言われた軍務卿は唇を噛み締め、手元にある資料を見てから告げる。
「交易都市ミュムルには各領主軍の計一万が三日後には到着するはずです」
ウラガル王が溜息を吐く。交易都市ミュムルのボッシュ砦に兵力を送るのは、ヴァスケス砦が攻め落とされた場合を考慮してである。
モルガート王子が魔導武器について尋ねた。
「ヴァスケス砦と交易都市ミュムルには優先的に魔導武器を配布しています」
魔導武器は数少ない王国軍の強みだが、数が少ない。もう少し早く簡易魔導核が手に入っていれば、充分な戦力になったかもしれない。
その時、クロムウィード宰相が意見を述べた。
「簡易魔導核を開発した迷宮都市の若者に、意見を求めてはどうでしょう」
「ふむ、面白い。迷宮都市のシュマルディンに状況を知らせると同時に教育係の知恵も引き出せと指示しろ」
ウラガル王が命じた時、伝令が慌てた様子で『閣議の間』に入って来た。
「陛下、ヴァスケス砦で戦が始まりました」
「何だと! 詳細を述べよ」
王に命じられた伝令は詳細を述べる。
敵の魔導兵がヴァスケス砦に突如攻撃を開始したのが戦いの始まりで、ヴァスケス砦に<崩岩砲爆>や<
この魔法攻撃により防壁の一部が崩れ、そこから敵の兵士たちが砦内部に侵入し、砦の兵士と白兵戦に突入した。
白兵戦となった当初は砦側が押され気味だったが、魔導武器を持った兵士が白兵戦に参加し始めた頃から、味方が有利になり、敵兵を砦の外に追い返すのに成功したらしい。
「それからどうした?」
オラツェル王子が先を促す。
「味方は逃げる敵を追って砦の外へ出たのですが、奇妙な棒のような魔導武器を持った敵兵に狙い撃たれ砦に逃げ戻りました」
戦いの詳細を聞いた王族と閣僚たちの間に沈黙が広がった。伝令が『閣議の間』から去った後、漸くクロムウィード宰相が口を開いた。
「追撃の兵を追い返した魔導武器とは何でしょう?」
「判らん、もう少し詳しい情報が欲しい。軍務卿、魔導武器に詳しい者をヴァスケス砦に派遣せよ」
王の命令に、コルメス軍務卿は承知する。
「陛下、人を派遣すると時間が掛かります」
「モルガートの魔導飛行バギーを使え、あれなら三日あれば往復可能だろう」
「承知致しました」
迷宮都市で製造された貴族仕様の魔導飛行バギー1号は、既に王家に納入されモルガート王子が使用していた。これを知ったオラツェル王子が魔導飛行船も使用しているのにと抗議したが聞き入れられなかった。
◆◆◇◆◆=◆◆◇◆◆=◆◆◇◆◆
その頃、灼炎竜を監視していたアルフォス支部長は、オーク兵士たちの動きに気付き嫌な予感を覚えていた。
「こいつら……樹海によく居るオークと違って訓練されていますね」
ポッブスが後ろの座席から支部長に声を掛けた。
四匹の一瘤大トカゲに乗って樹海を疾駆するオーク兵士は訓練された猟犬のように見える。
「嫌な予感がする。あいつら灼炎竜にちょっかいを出すつもりじゃないだろうな」
現在の位置から迷宮都市までの距離を考えると灼炎竜の移動速度だと二日ほどである。今の調子で進めば、迷宮都市の四〇キロほど西を通過しロロスタル山脈の方へ向かう事になる。
オーク兵士たちが灼炎竜の横に回り込み何かしようとしている。一瘤大トカゲに乗るオーク兵士の中に二組だけ二人乗りをしている奴らが居る。その二人乗りの後ろのオークが手を上げ掌を天に向ける。
天を向いた掌の上に氷の槍が生まれ、その槍が巨大な竜に向け飛翔する。
二本の氷の槍が灼炎竜の頭に命中する。この竜の鱗には魔法を弾き返す効果があるようで、命中した氷の槍は鱗の表面で砕け散った。
ダメージはほとんど入らなかったが、オーク兵士たちは灼炎竜の注意を引くのには成功した。
歩きを止めた灼炎竜はオーク兵士たちに視線を向け咆哮する。離れた位置に居るアルフォス支部長たちも身震いするほど迫力の有るものだった。
オーク兵士たちが逃げ始めた。その方向に気付いたアルフォス支部長は顔に怒気を孕ませる。
「あいつら……何を考えているんだ!」
灼炎竜がオーク兵士たちを追ってココス街道の方へ歩みを進め始めた。
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