第178話 灼炎竜の脅威

 少し休憩した後、食堂に三人を集めた。

 後は応用魔法を学ぶ段階なのだが、何処まで教えるか迷った。この神紋の応用魔法は薫が新たに開発したものも増え全部で十三個になっており、その中には危険な応用魔法がある。


 その内訳は<発火イグナイト><湧水ファウンティン><明かりライト><拭き布ワイピングクロス><アロー><炎杖フレームワンド><缶爆マジックボム><閃光弾フラッシュボム><冷光コールドライト><洗浄ウォッシュ><バスタオル><雷鞭スタンウィップ><爪剣クローナイフ>となっている。最後の三つは薫が新たに作り出した応用魔法である。


 <バスタオル>は肌触りが良く吸水性の良い布製品が異世界に無かったので開発した。魔系元素で作った物は魔力を貯めておくような神意文字を組込まないかぎり数十秒で消えてなくなるが、それだけの時間が有れば身体を拭ける。


 <雷鞭スタンウィップ>は魔系元素でスタンガンのようなものが作れるか試しに作ったものだ。俺や薫には<雷鞭スタンウィップ>など必要ないが、ハンターに成りたての者には有用だろう。


 最後の<爪剣クローナイフ>は指定した指の先に小さなナイフを作り出す応用魔法である。これは魔系元素で刃物が作り出せるか実験する為に作ったものである。


 俺は東條管理官だけを少し離れた場所に呼び、どうしたら良いか確認した。

「そうだな……<炎杖フレームワンド><缶爆マジックボム>は二人に教えないようにしよう。王女は成長した後教えればいいし、議員に爆弾を持たせるのは危険だ」


 あの元女優の議員ならば、樹海でゴブリンとかに遭遇した時、迷わず<缶爆マジックボム>を投擲しそうな気がする。俺の脳裏にゴブリンが粉々になって吹き飛ぶ光景が浮かんだ。

「そうですね」


 その時、怒りの篭った女性の声が聞こえた。

「こそこそ何を相談しているかと思えば……私を何だと思っているの。そこらの考え無しのギャルとは違うのよ」


 『ギャル』とか久しぶりに聞いた気がすると一瞬考えた後、慌てた。チラリと東條管理官を見ると珍しく狼狽している。


「き、聞こえたんですか?」

「言い忘れましたが、私、演劇界で『地獄耳のみどり』と呼ばれていましたのよ」

 二人して謝り許して貰った。


 結局、応用魔法の全てを議員には教える事になった。王女には事情を話し危険な二つの応用魔法を除いて教えた。


 迷宮都市の外に出て<炎杖フレームワンド>と<缶爆マジックボム>の二つを東條管理官と糸井議員に試させた時、物凄い威力に二人は声も出せなかった。


 その後、魔力が尽きるまで<炎杖フレームワンド>と<缶爆マジックボム>を試し、魔力切れに苦しんだ。

 これで東條管理官のパワーアップ依頼は完了である。日本に戻れば魔法を使えないが、ここで生まれた魔導細胞はリアルワールドでも好影響を及ぼすのは各国の研究者により証明されている。


 俺は東條管理官たちの事は伊丹とアカネに任せ、灼炎竜について情報を集める事にする。


 同じ頃、アスケック村では村民の避難が終わり、高ランクのハンターと太守館から派遣された兵士が樹海に潜んで灼炎竜の動きを見守っていた。


 アルフォス支部長とポッブスは、二日間この化物を監視していた。判ったのは手を出さない方が賢明な魔物だと言う事だ。


 途中、ガルガスの樹が密生している林を通った時、そこに住む大剣甲虫の群れが灼炎竜に襲い掛かった。体長一八〇センチほどの巨大昆虫が二〇匹も一斉に襲い掛かったのだ。


 その戦いを少し離れた場所から、魔導飛行バギーに乗ったまま観戦していたアルフォス支部長は、幾ら灼炎竜でも手子摺てこずるだろうと思っていた。


 次の瞬間、背中に並んでいるスパイク状の突起が一斉に大剣甲虫の群れの方を向き、その先端に二〇センチほどの真紅の炎が生まれ、砲弾のように撃ち出された。この光景をミコトが見れば、宇宙戦争を描いたアニメでやたらと対空射撃を行う戦闘艦に似ていると感じたかもしれない。


 一つ一つの炎は高速で飛び着弾すると爆発し周りに炎を撒き散らす。そんな強力な炎の砲弾が雨のように大剣甲虫に降り注いだのだ。巨大昆虫の群れは粉々となり吹き飛ばされた。


 それだけではない。大剣甲虫の群れが居た辺りは地形が変わっていた。ガルガスの林だった場所が爆発で掘り起こされ、倒れた樹が炎を上げている。


 アルフォス支部長とポッブスは灼炎竜が見せた凄まじい破壊力にゾッとした。

 それ以降、今まで以上に気付かれないように気を配りながら監視を続け、アスケック村に必ず来ると判った時点で、村へ先回りした。魔導飛行バギーが無かったら不可能な偵察任務である。


 そして今、灼炎竜が村に現れようとしている。遠くから地響きのような足音が聞こえて来る。村人は避難が完了し、村長だけが確認の為に残っている。


「なあ、支部長さん。あいつを何とか出来んのか」

 アルフォス支部長は首を振って否定した。村長はポッブスの方に目を向け。

「あんた有名なハンターなんじゃろ。あいつを退治してくれ」


 ポッブスが困ったような顔をする。

「無理言うなよ。あんな化物と戦うには迷宮都市のハンターを総動員しなきゃならねえ。それでも大勢死ぬんだぞ」


 その時、樹海から灼炎竜の頭が覗く。眼下に村を認めた灼炎竜は、それが何かの棲み家だと気付いたようで、身体を鞭のようにしならせた。


 長い尻尾が樹木をへし折りながら現れ、村の家を薙ぎ払う。粗末な家の柱や屋根がバラバラとなって宙を舞う。


「ああああああーーーーっ!」

 村長が悲鳴のような声を上げた。ポッブスが慌てて村長の口を押さえた。

「静かにしろ。死にたいのか」

 アルフォス支部長が強い意志を込めた声で村長に注意する。


 村長は涙を流しながら灼炎竜が村を破壊する様子を見ていた。


 その時、灼炎竜の角に途轍もない力が集まっているのを感じた。青白いビーム状の光の帯が角から伸び、村を一撫でした。その瞬間、村が灼熱地獄に放り込まれたように熱を発して輝き灰と溶岩に変わった。


 離れた場所で見守っていたアルフォス支部長たちも眩しい光に目が眩むと同時に高温の熱風に晒され地面に倒れ込んだ。


 しばらくして、灼炎竜が遠ざかる足音が聞こえ静けさが戻った。

 アスケック村は消滅した。ちょっと前まで人が暮らしていた場所が焦土と化していた。


 ポッブスが起き上がり周りを見渡す。険しい表情で唇を噛み、倒れているアルフォス支部長を起き上がらせる。次に村長を助け起こそうとした時、村長が息をしていないのに気付いた。


「亡くなっているのか?」

 支部長の問いに、ポッブスが黙って頷いた。村長として長年守って来た村が眼前で破壊されるのを見て、心臓が耐え切れなくなったようだ。


 高ランクのハンターと太守館から派遣された兵士を集め、迷宮都市に帰るように伝えた。

「俺ら、何も出来なかったな」


 ハンターの一人が無力感を漂わせた声を上げた。

「仕方ねえよ。あいつは怪物だ。勇者様でも現れない限り、どうにも出来んよ」


 アルフォス支部長はポッブスと一緒に魔導飛行バギーに乗って、灼炎竜の監視を再開した。

 しばらく追跡していた支部長たちは、追跡者が自分達だけではないのに気付いた。一瘤大トカゲと呼ばれる体長四メートルの大蜥蜴に跨ったオーク兵士たちが同じように灼炎竜を追跡している。


「あいつら何をする気だ?」

 アルフォス支部長はオーク兵士たちにも気付かれないように魔導飛行バギーを操縦し始めた。


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