第177話 東條管理官の神紋

 ミコト達がロガント廃坑に行っている頃、趙悠館では車田准教授が敷地の中を見て回っていた。調薬工房兼研究所になっている建物にも行き、鼻デカ神田とマッチョ宮田から話を聞いた。


「先生たちは迷宮都市で生活していて、危険を感じた事は有りますか?」

 マッチョ宮田が即答する。

「無いです。ここは安全ですよ。危険なのは、偶に狩りを手伝いに外に出る時くらいです」


「宮田先生は、魔物狩りなんかするんですか?」

 車田准教授が驚いたようだ。

「ええ、『魔力袋の神紋』と『魔力発移の神紋』を手に入れて魔法薬を作るのに役立てているんです」


「ほう……魔法薬の製作に魔法が必要なんですか?」

「無くても、調薬魔道具を使えば出来ますが、そちらは神田先生に任せています」


 マッチョ宮田は『魔力発移の神紋』の<魔力導出>に習熟し調薬魔道具で作るものより効果の高い魔法薬が製造出来るようになっていた。


「その調薬魔道具は案内人のミコト君が手に入れたものなのかい?」

「そうですよ」

「そうか……私は魔道具に興味が有ってね。色んな魔道具を見たいんだが、調薬魔道具を見せてくれないか」

「いいですよ。こちらです」


 マッチョ宮田は中古の調薬魔道具を見せた。魔法瓶のような容器だった。

「どうやって使うのかね」

「材料を中に入れ、蓋に付いているボタンを押し込むだけです」

「たぶん魔力なんだろうが、この動力源はどうしているのだ?」


「中にバッテリーみたいなものが入っていて、時々、充電? 違うか。魔力を充填しています」

「それは普通の人でも出来るのかな?」


「魔力袋レベルが3以上になると可能になります。私はまだレベル2なんでネリに頼んで充填して貰ってます」


 猫人族のネリは調薬に興味があり、時々調薬を手伝っている。その手伝いの一環として魔力の充填も行っていた。偶にルキにも手伝って貰うが、その時にはお菓子をご褒美として用意する。


 大麦を発芽させたものと米を使って作った水飴がルキのお気に入りで、水飴を用意すると喜んで充填してくれる。


 一通り調薬工房兼研究所を見学した車田准教授は、ミコトたちの部屋があるA棟に行く。階段を上り二階に行くとミコト・伊丹・アカネの部屋が有った。


 車田准教授は階段の上で躊躇ためらい立ち止まった。その時、誰も使っていないはずの部屋のドアが開き、中から警護官のシオリが現れた。


 シオリは車田准教授に気付くとびっくりしたような顔をする。

「どなたかに御用ですか?」

「えっ……ああ、案内人の誰かに迷宮都市を案内して欲しかったんだが……」


「今日は無理じゃないですか。男性の二人は外へ行っているし、アカネさんは食事の用意をしているはずです」

「そうか、うっかりしていたよ……君は何故そこに居たんだね?」


「アカネさんに掃除を頼まれましたので」

「へえ、そうなんだ」


 車田准教授は階段を下り、食堂の方へ向かった。残ったシオリはドアを静かに閉め、何か迷っているような表情を一瞬浮かべてから階段を下りた。


  ◆◆◇◆◆=◆◆◇◆◆=◆◆◇◆◆


 ロガント廃坑から戻った俺が、灼炎竜の動きについて聞いたのは翌日になってからだった。東條管理官たちは伊丹と一緒に狩りに行き、俺だけハンターギルドを訪れたのだ。


 灼炎竜がアスケック村に向かっていると知った。もしもの時の為に灼炎竜を倒す方法を考えた方がいいだろうか。俺より経験豊かでランクが上のハンターが居るから任せればいいとも思ったのだが……


「万が一、迷宮都市やエヴァソン遺跡に灼炎竜が来た時の事を考えれば倒す方法は必要か」

 俺の切り札はバジリスクを仕留めた<渦水刃ボルテックスブレード>である。だが、この技の使い処が難しかった。敵に近付き渦水刃を叩き込まねばならない。


 今回の敵である灼炎竜は、全身の棘から強力な<炎弾フレームスフィア>のようなものを撃ち出し、頭にある角からは青く輝く熱線ビームに似た魔法を繰り出す能力を持つ化物だった。


 この化物に近付き接近戦を挑んだ者はほとんどが死んだ。

「遠くから狙い撃つような攻撃魔法が必要だな」


 例えるなら薫が使う<崩岩弾クランブルロックブリット>のような攻撃魔法である。そう言う攻撃魔法が以前から欲しい思っていた俺は幾つかアイデアを考え、薫にも相談していた。


 その中の一つに魔粒子凝集砲マナコヒージュンキャノンがある。周囲の大気を集め魔粒子を添加した後、『時空結界術の神紋』を使って圧縮したものを丸い砲弾状に形成し敵に向かって撃ち出す攻撃魔法である。


 大気だけを圧縮するのではなく魔粒子も添加するのは、破壊力が桁違いに増大するからである。


 これは大気を圧縮する実験を行った時、場所によって圧縮を解除した時に起きる爆発の威力が明らかに違うのに気付いたのが発端だった。

 その原因を調べ大気中に含まれる魔粒子の濃度ではないかと見当を付けた。


 薫に神紋術式解析システムを駆使して貰い付加神紋術式を開発して貰った。しかし、実際には攻撃魔法を発動出来なかった。


 その攻撃魔法では『錬法変現の神紋』『流体統御の神紋』『時空結界術の神紋』を同時に使う必要が有り、俺の神紋制御レベルでは無理だと判ったのだ。


 一旦はボツにした攻撃魔法だったが、今考えると可能じゃないかと思えて来た。神紋を三つ同時に使うのが無理なら、中の一つを魔道具で代替すればいいんじゃないかと考えたのだ。


 魔粒子を大気に添加するだけなら魔道具でも可能である。魔光石から放たれる魔粒子をボタンか何かで操作すればいいと思い付いた。


 ギルドを出てカリス工房へ行った俺は、工房に有る道具を借り簡単な魔道具を二日で造り上げた。元々魔力供給タンクの部品だったものを使い『錬法変現の神紋』の<精密形成プレシジョンモデリング>を駆使して太い神紋杖のような魔道具を作り出した。


 素材はアルミとミスリル合金である。それを『マナ杖』と呼ぶ事にする。

 使い方は簡単である。柄の部分にある魔粒子を放出するボタンを押しながら砲弾である『魔粒子凝集弾』をマナ杖の先端に形成する。次に『流体統御の神紋』を使って魔粒子凝集弾を投擲する。


 マナ杖が完成した日の翌日、東條管理官と一緒に魔導寺院へ向かった。もちろん、王女と糸井議員も一緒である。


「今日は神紋の扉を片っ端から試してみましょうか」

「はい、判りました」

 サラティア王女が元気よく返事をする。


 三人は次々に神紋の扉を試し、自分に適性が有ると判った神紋を記憶して行く。三人は予想していた通り初級属性神紋のいくつかと『魔力変現の神紋』に適性を得たようだ。


 東條管理官が『調教術の神紋』、糸井議員が『念話術の神紋』の適性を得ていた以外は変わったものは無かった。


「さて、三人はどの神紋にするか決めましたか?」

 東條管理官と糸井議員はまだ迷っているようだ。

「それなんだが、JTGの研究所が勧める『疾風術の神紋』は平凡だし、『調教術の神紋』とかはどうなんだ?」


「こちらでずっと暮らすなら勧めますけど、魔物を捕らえて調教する時間なんて無いでしょ」

 東條管理官は渋い顔をして頷いた。


「私も日本でも使えるというなら『念話術の神紋』にするんだけど」

 その会話はサラティア王女も聞いているのだが、『日本』などの翻訳不可能な固有名詞は日本語そのままなので、一部は理解不能である。

 地名ではないかと推測は可能だが、異世界の地名だとは判らないはずだ。


 俺はサラティア王女に同じように尋ねた。

「ディン兄様が一つ目は『魔力変現の神紋』にしなさいと言っておられたので、そうします」

 その言葉を聞いた東條管理官と糸井議員も『魔力変現の神紋』にすると言い出した。


 結局『魔力変現の神紋』に決めた三人は神紋を得て趙悠館に戻った。そこで体内に蓄積されている魔粒子を元に『火』『水』などの五種の魔系元素を作り出せるように教えた。


 この段階で一番苦労したのはサラティア王女である。それでも苦労して教えた甲斐もあり王女も五種の魔系元素を作り出し魔力変現のレベルが2となった。

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