第176話 灼炎竜の進路

 東條管理官は己の身体が軽くなっているのに気付いた。足を踏み出した時の力強さを感じ、手に持つ竜爪鉈が軽く感じる。糸井議員も何か感じているようで機嫌がいい。


「ミコト、これで他の神紋を授かれるようになるのか?」

「すぐには無理です。後二日ほど狩りをしてから、魔導寺院へ行きます」


「どれでも神紋を選べる訳じゃないんだろ」

「その人の適性によりますから、でも第一階梯の神紋なら大概は手に入れられると思いますよ」


 その言葉を聞いた糸井議員が「むふふふ……」と変な笑いを上げ。

「楽しみだわ。どの神紋にしようかしら……一日に二つ取ってもいいの?」

 無茶な事を言い始めた。


「神紋を得るというのは、自分の精神に神紋が焼き付くようなものです。かなり負担が掛かりますから、無理はしない方がいいです」

「次のミッシングタイムまで時間がないのに……残念ね。一つでも多く神紋が欲しかったんだけど」


 リアルワールドの人間は神紋について誤解していると思った。神紋を手に入れれば簡単に魔法が使えるようになると考えているようだが、それは違う。


「議員、神紋を得ただけで魔法が使えるようになる訳ではないのですよ」

 神紋について理解している東條管理官が議員に説明する。


「どういう事?」

「魔法には神紋を手に入れるだけで使える基本魔法と神紋術式を記憶し理解しないと使えない応用魔法が有るのです。第一階梯神紋の基本魔法はしょぼいものが多く、応用魔法が使えるようにならないと役に立たない場合が多いのです」


 糸井議員も理解したようだ。

「今回手に入れられる神紋は一つだけと言う事ね。何にしたらいいのかしら、東條さんは何になさるの?」

「ミコトのおススメにします」


 俺のおススメは『魔力変現の神紋』なのだが、下手に勧めて後で失敗したとか言われるのは嫌だ。

「自分が必要だと思った神紋を選んだ方がいいですよ」

 俺は第一階梯神紋を列挙し特徴を教えた。二人はどれを選ぶか悩み始めたようだった。


  ◆◆◇◆◆=◆◆◇◆◆=◆◆◇◆◆


 ミコトから魔導飛行バギーを借り受けたアルフォス支部長は、ギルドに戻ってトップハンターの一人であるポッブスを呼び出した。


 『紅鬼団』のリーダーであるポッブスは迷宮都市で一、二を争う遣い手である。しかも『天雷嵐渦てんらいらんかの神紋』の持ち主で単独でワイバーンを倒した実績のある魔導師でもあった。


「支部長、何か御用ですか?」

 身長一八〇センチほどの細身で鋭い目をしたハンターが声を掛けた。格好はワイバーンの革鎧に黒いマントを羽織っており、腰には高価そうな神紋杖を帯びている。


「灼炎竜の偵察に行くのだが一緒に来てくれ」

「判りました。それで他のメンバーは?」

 相手が灼炎竜だと偵察にしても二人では少な過ぎる。


「ああ、他は受付嬢のカレラが同行する」

 カレラは元ハンターであるが、それほど実績を残している訳ではない。どうして彼女を選んだのか訊くと。

「私の補佐として動いて貰う予定なんだ。灼炎竜を見ておいた方がいいと思ってね」


「しかし、戦力として考えると」

「いや、今回の戦力は君一人だけでいいんだ」


 ポッブスは納得していなかった。それでも同行を承諾しギルドの裏手へと行った。そこに有ったのは迷宮都市で評判になっている奇妙な乗り物だった。

「これは趙悠館の奴らの乗り物じゃないですか?」


 支部長はニヤッと笑う。

「知っていたか。魔導飛行バギーと言うものだ。浮遊馬車の一種だよ」


 アルフォス支部長はポッブスとカレラを魔導飛行バギーに乗せ、ギルドを出発した。街中は歩くようなスピードしか出さない。スピードを出すと曲がり角を曲がりきれないのだ。


 高度を取って一直線に門まで行くと言う方法もあるが、迷宮都市には見張り台が有り空から来る魔物を監視しているので、見張りの人間に魔物と間違われる可能性が有る。


 そこで、高高度での飛行は見張り台の人間に予め届けを出さないと禁止だと決めた。

 ミコトは届けを出すのが面倒なので街中は低空で歩くような速度で飛行しているようだ。それに習って支部長も建物に衝突しないように気を付けながらゆっくりと進む。


 忙しそうに進行方向を微調整している支部長を見て、ポッブスが声を掛ける。

「何か面倒そうな乗り物ですね」


「いや、私が慣れていないだけだ。それに街中は障害物が多くて厄介なんだ」

 やっと西門を抜けると少し高度を取り、スピードを上げる。魔導飛行バギーは時速四〇キロほどで街道沿いを飛ぶ。


 この速度にはポッブスとカレラも驚いたようだ。

「速いんですね。ミコトさんはこれで王都まで行ったんでしょ」

 カレラの質問に支部長が、

「ああ、二日で到着したようだ」


 ポッブスが驚きを通り越して溜息を付いている。

「素晴らしいですね。私も欲しいです」

「当分は無理だな。貴族たちが手に入れた後になるからね」


 昼過ぎにノスバック村の近くまで到着した。そこから樹海に入り西へと向かう。樹々の上まで高度を上げるので魔力の消費は増えるが予備の魔光石燃料バーも有るので、それほど気にせずに灼炎竜を探す。


「カレラ、<魔力感知>で灼炎竜を探してくれ」

 カレラを連れて来たもう一つの理由は彼女が<魔力感知>を使えるからだった。

「……北西の方角に巨大な魔力の塊が有ります」

 彼女の顔が少し青褪めている。


 カレラが指し示した方向に進み灼炎竜を発見した。尻尾まで含めると全長十一メートルの巨大な竜だった。丈夫そうな緋色の装甲鎧には三列のスパイクのような棘が並んでいる。尻尾の先端には大きな斧のような骨の塊が付いており、巨体を支える四本の短い足は途方も無く太かった。


 そして、特徴的な頭。三角形をした頭には一本のごつい角が有り、それは鮮やかなオレンジ色に輝いていた。


 ミコトが灼炎竜を見れば、中生代白亜紀に生きた植物食恐竜アンキロサウルスに似ていると言うかもしれない。但し、灼炎竜は雑食で肉も食べる。


 灼炎竜は雑草を押し潰し木を押し倒しながらゆっくりと進んでいた。方向はアスケック村を指している。この調子で進むと二日後には村に到達するだろう。


「まずいな。もう少しゆっくり進んでいると思ったんだが……急いで村の人達を避難させなければ」


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