第175話 白狒々
「この乗り物は、本当に飛ぶの?」
糸井議員は魔導飛行バギーを眺めながら尋ねた。リアルワールドの常識に当て嵌めると、これが空を飛ぶとは思えないのだろう。
返答の代わりに魔導飛行バギーに跨がり始動させる。魔導飛行バギーがゆっくりと浮き上がった。驚きの表情が東條管理官や糸井議員の顔に浮かぶ。
サラティア王女に乗せてとせがまれたので、乗せてやり庭をグルリと一周する。途中、一度だけ高度五メートルまで上昇した。王女は怖がらず喜んでいた。
皆の所へ戻り、王女を降ろし魔導飛行バギーをアルフォス支部長に渡した。
「壊さないで下さいよ」
「判っている」
そう言うとアルフォス支部長は魔導飛行バギーに乗って去った。
「ミコト、あれは本当に迷宮都市の技術者と共同で研究中だと報告書にあったものなのか?」
「そうです。最近になって燃料の問題が解決したんで完成したんです」
東條管理官は不満そうな顔をしている。
「今度からもっと早く報告しろ」
糸井議員は何か検討しているように考え込み、俺に歩み寄ると話し掛けた。
「魔導飛行バギーだけど、速度と航続距離を教えて」
俺は天候と風向き次第だと説明してから、平均的な速度と魔力供給装置に装填する魔光石燃料バー一本での航続距離を教えた。
「……それだけの航続距離が有れば、都市間の行き来が革命的に楽になるわね」
日本政府に金を出させて買おうと思っているのだろうか。億単位の購入金額が必要になるのだが。
「バギータイプではなく、マイクロバスくらいの飛行艇みたいな乗り物は製作出来ないの?」
製造コストを無視すればできない訳じゃないが、巨額の開発費用を掛けてまで開発する必要を感じなかった。まあ、日本政府が開発費用を負担すると言うのなら、
その事を議員に話すと飛行艇を諦めたようだ。
翌日、東條管理官、糸井議員、サラティア王女を連れて武器兼防具屋に行った。体に合った鎧を購入する為である。
東條管理官たちに濃密な魔粒子を浴びて貰う為、手強い魔物を狩る予定になっていた。直接戦う訳ではないが、そんな魔物を相手するのに防具なしでは心もとない。
もちろん、糸井議員の警護官デンスケや王女の護衛として太守館の衛兵が付いて来るのだが、どれほど役に立つかは判らない。
馴染みの武器兼防具屋に行くと、各人の体に合ったサイズの革鎧を選んで購入した。店員に調節して貰い、三人は革鎧を着た。
「ミコト、今日は何処へ行くのだ?」
東條管理官が尋ねる。俺は狙う獲物が棲家としている雑木林の奥に在る『ロガント廃坑』の名前を口にした。
「えっ、ロガント廃坑に行くんですか?」
王女の護衛である中年の衛兵が驚いたような声を上げた。王女は衛兵の様子が気になったらしく、何故驚いたのか訊いた。
「あの廃坑には白狒々が住み着いていると聞いた事が有ります」
それを聞いた王女は首を傾げ、俺に確認する。
「白狒々は強い魔物なの?」
「そうですね。歩兵蟻や足軽蟷螂よりちょっと強い程度です。……心配いりませんよ。この後伊丹さんと合流しますから」
俺と伊丹が居れば、白狒々など恐るるに足りずだと説明する。現在、伊丹は趙悠館に住んでいる子供たちと一緒に狩りをしていた。獲物は雑木林に居る跳兎で、子供たちに狩りの基本を教えているはずだ。
迷宮都市の南門から外に出た俺たちは、雑木林の入り口で伊丹たちと合流した。子供たちは誇らしそうな顔をして跳兎の肉を掲げて見せている。
「子供たちは、どう?」
「将来が楽しみな子が二人ほど。ルキ並みの才能でござる」
伊丹は子供たちの中に武術の才能が有る子供が居たと知り喜んでいた。
その場で跳兎を捌いて料理して食べた。早めの昼食だったが、子供たちは競うようにして食べる。
食べ終わった後、子供たちだけは迷宮都市に帰し、俺たちは雑木林の奥に向かった。ロガント廃坑は銀鉱山の坑道だったが、一〇〇年ほど前に廃棄されていた。
途中、足軽蟷螂に遭遇した。俺が邪爪鉈を抜き、伊丹が豪竜刀を構える。大きな鎌を構える巨大蟷螂の横を二人が駆け抜けた。俺の邪爪鉈が奴の胸を斬り裂き、伊丹の刀が首を刎ね飛ばした。
「なな……瞬殺」
護衛官のデンスケが大きな口を開け驚いている。サラティア王女は「すごい、すごい」と喜び。糸井議員は眼を輝かせて伊丹を見ている。
「彼、警護官に欲しいわ」
絶対にあげません。うちの大事な戦力なんだから。
ロガント廃坑に到着した。山の裾野に開いている縦横三メートルの坑道の中は獣の臭いがする。
「確実に居ますね」
何故か、糸井議員が魔物が居ると確信を持ったようだ。照明具として各人に小型のカンテラを渡す。照明魔道具の一つで大型の懐中電灯並みの光量がある。
坑道に入ってすぐに左右に別れる分岐点が有った。そこで右を議員が選択する。何故、右なのかと聞くと政治家としての勘よと言われた。
俺の<魔力感知>でも右だと答えが出ていたので大人しく右へ向かう。
そして、一〇分後大きな空間に出た。テニスコートがすっぽり入るほどの広さがある。中は真っ暗ではなく光る苔が生えているようで月明かりほどの光が有る。
目を凝らすと四頭の白い大猿が居た。姿はゴリラに似ているが牙が長く、全身の毛が真っ白だ。
「我々も手伝いましょうか」
王女の護衛が申し出たが、ちょっと腰が引けているようなので断る。
「伊丹さんと二人で奴らを倒します。倒したらすぐに呼びますから、ここで待機していて下さい」
ゴリラより一回り大きく強そうな巨大猿に、さすがの糸井議員も少しビビっているようだ。例えるなら野生のライオンの前に立っているような恐怖を感じているのだろう。
不思議なのは怖がると思っていた王女が平気な顔で白狒々を見ている事だ。この魔物から放たれる恐怖を感じていないのだろうか。
俺と伊丹は真正面から白狒々の集団に突っ込んだ。一匹目は牙を剥き出し長い腕で掴み掛かって来た。その腕をかい潜り背後に回って飛び上がるようにしてバックハンドで邪爪鉈を巨大猿の首に叩き込んだ。
首から大量の血液が吹き出すのを見て致命傷を与えたと思った。だが、巨大猿の生命力は強靭で、俺の肩を掴み握り潰そうとする。即座に躯豪術で脚力を強化し奴の肘を蹴り上げる。
グギッと嫌な音がして巨大猿の肘が変な方向に曲る。
いつもなら、もう一度邪爪鉈で斬り付けるのだが、考える前に身体が動き出していた。クルリと回転しながら飛び下がって距離を取り、着地した瞬間、躯豪術で練り上げた魔力を使い地面を踏み抜かんばかりの勢いで踏み込む。その勢いを利用し腰を捻りながら突き刺すような肘打ちを白狒々に叩き込んだ。
強力な踏み込みから生まれた突進力と躯豪術で強化した脚力、それに腰の捻りから生まれた力が相乗効果を生み自分自身でも想像しなかった威力が発揮される。
二〇〇キロは有りそうな巨体がくの字に曲がりドサリと倒れたのだ。リアルワールドなら不可能な技の威力だった。
遠くで糸井議員が驚きの声を上げるのを聞いた。
仲間を殺られた二匹目が怒りの咆哮を上げながら襲い掛かって来る。俺の二倍は有りそうな長い腕を振り回し、俺を張り倒そうとする。その動きは意外なほど素早いようだ。奴の攻撃で巻き起こった風がスレスレで躱している俺の顔に吹き付ける。
今日の俺は調子が良く余裕を持って躱す。白狒々の動きが遅く感じられ筋肉の動きまでしっかりと見えていた。
中々当たらない攻撃に苛ついたのか、白狒々が地面を叩く。ドスッドスッと言う音が巨大猿の力の強さを判らせるが、そんな動きは隙でしかなかった。
邪爪鉈が白狒々の脳天をかち割り、強靭な生命力を持っていた巨大猿をただの死骸とした。
伊丹も二匹仕留めたようで、俺が相手していた白狒々が倒れると東條管理官たちが駆け寄って来た。
死んだ白狒々の死骸から濃密な魔粒子が放たれ、その魔粒子を東條管理官たちに吸収させる。
「おい、何か体の中が熱くなっているが大丈夫なのか?」
東條管理官が身体の異常を感じ不安の声を上げた。
「大丈夫です。濃密な魔粒子を吸収すると普通そうなります。我慢して下さい」
東條管理官たちが休憩した後、移動を開始する。サラティア王女だけはまだ足元が覚束ないようなので、俺が背負う。
因みに白狒々から毛皮と魔晶管を剥ぎ取り手に入れている。白狒々の毛皮は手触りが良く防寒性に優れているので、寒くなる冬に備えて欲しかったのだ。
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