第174話 新たな脅威
デンスケとシオリは問題なくゴブリンを倒した。特にシオリは素早く矢を番えて弓を引き放つ。ほとんど瞬殺である。
「ミコト、こいつから魔晶管が取れるんだろ。やり方を見せてくれ」
グロテスクなだけだと思うのだが、上司の命令である。俺はゴブリンを解体し魔晶管と角を剥ぎ取った。糸井議員が思いっきり引いている。
「その魔晶管はギルドで銅貨三枚だったか」
「そうです。命のやり取りをして得る金額にしては安いですが」
迷宮都市に辿り着く間にゴブリン七匹と黒大蜥蜴三匹、鎧豚一匹を仕留めた。鎧豚だけは血抜きをして一匹丸ごと持ち帰る事にした。
<魔力感知>の索敵能力を持つ俺が、これだけの魔物に遭遇したのは偶然ではない。東條管理官に魔粒子を浴びて貰う為に態と魔物と戦ったのだ。
お陰で迷宮都市に到着した時は、俺を除いた全員がへとへとになっていた。俺は一〇〇キロほども有りそうな鎧豚を担いで来たのに、平気な顔をしているのでこいつは人間じゃねえと言う目で見られた。誠に心外である。
迷宮都市に入ると趙悠館へ直行し休んで貰う。
食堂でアカネを捕まえて査察チームを紹介した。
「ここの食事はあなたが作っているの?」
糸井議員が尋ねた。アカネは「そうです」と答える。
「今夜は地元の料理を食べたいんだけど出来るかしら?」
「地元の……作り方は知っていますが、日本人の舌には合わないかも」
「試しに食べてみたいのよ。……東條管理官もどうです」
「お付き合いしましょう」
東條管理官も糸井議員には気を使っているようだ。
部屋の用意が出来るまで食堂でゆっくりして貰っていると、ルキとミリアが食堂へ来た。
「ミコト様、お客様でしゅか?」
「ああ、遠くから来たお客さんでね。言葉がまだ不自由なんだ」
糸井議員の目がルキに釘付けになっている。ルキが踊るようにスキップして俺の前に来て腰に抱き付く。
「お土産はにゃいの?」
「帰る途中で鎧豚を仕留めたから、後で食べるといいよ」
「やっちゃー!」
ルキが嬉しさを表現する為にぴょんぴょん跳ねながら空中で手足をバタつかせる。その仕草が本当に可愛かった。
「ねえ、東條管理官。この可愛い猫の人をお持ち帰りできないかしら?」
ルキの可愛さにハートを射抜かれた糸井議員が不穏な事を言う。まあ、冗談だと思うが、俺は笑えなかった。
「それは犯罪ですよ。議員」
東條管理官は苦笑しながら糸井議員を止めた。
部屋の用意が終わり、それぞれの部屋で夕食まで休んで貰う。
夕食の時間が来て、糸井議員が食堂へ行くとドレスを着た高貴な感じのする女性と女の子が真ん中のテーブルに座って話をしている。その背後には侍女らしい者たちの姿が見えた。
先に来ていた東條管理官と俺の傍に座ると尋ねる。
「あちらの方はどなたなの?」
東條管理官は何故か溜息を漏らした。
「この国の第二王妃と王女だそうです」
「えっ……何でそんな人たちが居るの?」
「ミコトの話では、第三王子の教育係をしている関係で頼まれたらしいのです」
査察チームが見守っている中、王妃たちの席に料理が運ばれて来た。王妃の前に運ばれて来た料理は、デミグラスソースらしきものが掛かったハンバーグである。何の肉かは見た目では判らなが、ナイフを入れた途端肉汁が溢れ出す。美味そうだ。
ハンバーグの他に野菜サラダときのこスープ、それにスコーンのようなパンが添えられていた。
王妃は洗練された仕草で満足そうにハンバーグを食べていた。
「お母様、とっても美味しいです」
サラティア王女がニコニコと笑いながら母親に声を掛ける。
「本当に美味しいわね。王城でも出された事のない料理だわ」
元は食の細かった王女だったけれど、趙悠館へ来てからよく食べるようになった。味が気に入った所為も在るが趙悠館の開放的な雰囲気が子供本来の食欲を引き出したようだ。
ここ数日、王女はディンと伊丹に連れられて雑木林で魔物狩りをしていた。本当ならもう少し手強い魔物の居る樹海で狩りをしたかった。でも、祖父であるダルバルに止められた。
孫娘が可愛いダルバル爺さんは、危険な樹海へは絶対に行かせられないと言い張るのだ。
仕方なく雑木林の雑魚しか居ないポイントで跳兎や長爪狼を狩り、魔粒子を王女に浴びて貰った。お陰で『魔力袋の神紋』を授かる適正を得られるようになるまで数日掛かってしまった。
趙悠館に宿泊しているのは王妃と王女、それにお付きの侍女だけである。ディンは太守としての勤めがあるので夜は太守館で仕事をしている。
初め趙悠館に宿泊するのには賛成では無かった王妃だが、趙悠館で過ごす間にここを気に入った。部屋は狭かったが清潔であり、食事は美味しかった。
一番気に入ったのは庭の一角に作られた風呂である。岩で作られた大きな湯船に王女と一緒にゆっくり浸かっていると疲れがお湯に溶け出してしまうように感じる。
この国の王族を眺めていた糸井議員に料理が運ばれて来た。迷宮都市で名物になっている料理モシキシである。鳥肉らしい肉と幾種類かの樹の実を煮込んだ料理で韓国のサムゲタンと言う料理に似ている。
俺と糸井議員、東條管理官がモシキシを口にする。
食べてみると中々美味いのだが、日本人の好みからいうと薄味過ぎる。
「この鳥肉は何の肉なの?」
糸井議員が尋ねるとアカネが答える。
「槍トカゲの肉です」
議員と東條管理官が微妙な顔をする。
糸井議員と東條管理官は完食した。だが、二度と地元料理を注文する事はなかった。
翌朝、朝食を食べた後、東條管理官と糸井議員を呼んだ。仲間内の打ち合わせなどに使っている部屋で、『知識の宝珠』を渡し使い方を教える。
少しの間、二人は宝珠を見詰めていたが、まず東條管理官が意を決して『知識の宝珠』を使った。呪文に反応して宝珠が輝き、その光が東條管理官の身体に吸収される。
「うう~っ」
唸っている東條管理官にミトア語で話し掛けた。
「言葉が判りますか。判ったら、三回まわって頭に手を置き『ギブミー、花咲かじいさんの灰』と言って下さい」
東條管理官の拳が無拍子で飛んで来て鳩尾に突き刺さった。
「ガハッ……剣道だけじゃなかったんだ」
ちゃんとミトア語が判るようになったのが確かめられたので、糸井議員も『知識の宝珠』を使って貰う。
二人は異世界の共通語であるミトア語を習得した。喋るのは少し練習が必要だが、聞くだけなら問題ない。
東條管理官とサラティア王女を連れて魔導寺院へ『魔力袋の神紋』を手に入れる為に向かおうとした時、糸井議員が自分も『魔力袋の神紋』が欲しいと言い出した。
東條管理官が諦めたような顔をして俺に。
「もう一人くらいいいだろ」
「判りました」
東條管理官のあんな情けない顔を初めて見た。貴重なものが見れたんだからいいか。
三人を魔導寺院へ案内した俺は、『魔力袋の神紋』を順番に授かるのを待った。問題なく三人共神紋を授かる事が出来たようだ。
終わった三人は青褪めた顔をしていた。
「ミコト先生、身体が何か変なの」
不安そうに王女が訴える。俺は安心させるように静かだが力強い声で励ます。
「皆そうなるんです。少し我慢すれば元に戻りますよ」
「はい」
王女は笑顔で答えようとするが、それは弱々しいものだった。
少し休ませてから三人一緒にハンターギルドに向かった。身分証明証にもなる登録証を手に入れる為である。サラティア王女には必要ないのだが、ディンも持っていると聞いて自分も欲しいと言う。
何処かの議員さんみたいだと一瞬考え糸井議員の方をチラリと見た途端、睨み返された。
久しぶりにハンターギルドへ行くと多くのハンターが集まってガヤガヤと騒いでいた。気にはなったが、先に三人を登録させる。受付に行って顔馴染みのカレラに頼んだ。
申請書に必要事項を書いてカレラに渡した。彼女は申請書に漏れがないかをチェックし最後に王女の申請書を見た時、ピクッと身体を震わしてから固まった。
少ししてから、カレラは俺に視線を向け確かめる。
「ここに書かれている名前に間違いはないのですね?」
「はい、ご本人です。でも、公式な訪問ではないので秘密にして下さいね」
驚いたカレラは近くに居た職員に支部長を呼んで来るように頼んだ。
登録はすぐに終わった。木製の登録証を受け取った東條管理官が呟くように言う。
「何か安っぽいな」
「そいつは見習いハンターの登録証ですよ。正式なハンターの登録証は金属製です」
俺は自分の登録証を見せた。東條管理官が俺の登録証を取り上げようとしたので、その手を避けて仕舞う。
「ハンターはギルド職員以外には登録証を渡さないんですよ」
「ちょっと見せて貰おうとしただけだ」
すぐに帰る予定だったのだが、カレラから少し待ってくれと頼まれたので長椅子に座り時間を潰す。
サラティア王女は珍しそうにギルドの内部を見ていた。俺は横に座って話し掛ける。
「ハンターギルドは初めてだったのですか?」
「はい、ディン兄様もここで依頼を受けるんですか?」
「ダルバル爺さんに黙ってこっそりと受けていたよ」
そこにアルフォス支部長が現れ、王女に挨拶する。俺たちは支部長の部屋に案内され、そこで話す事になった。
俺は王女を案内した
「今度から王族の方を案内する時は、予め連絡してくれ」
支部長さんから怒られてしまった。
「支部長さん、ギルドはいつも騒がしいのですか?」
王女が質問すると支部長が困ったような顔をする。
「いえ、これには訳が有るのです」
支部長の話に依るとサラマンダーの上位種である
ノスバック村と言えば、異世界に初めて転移した時に最初に立ち寄った村だ。村長は気に喰わない奴だったが、家庭教師をしていた女性や食堂で出会った村人は気のいい連中だった。無事だといいのだが。
灼炎竜が現れたと言うのに、支部長の顔に浮かぶ危機感が薄いような気がする。支部長に聞くと灼炎竜が樹海の奥から現れる事は数年に一回ほどの割合で起こり、大抵は被害もなく樹海に消えるらしい。
今回は不運だったと言う。
王女は灼炎竜の行方が気になったようで支部長に尋ねる。
「その後、灼炎竜はどうしたのです?」
「また、樹海の中へ消えました。どうやら北東の方向にあるロロスタル山脈の火山に向かっているようです」
灼炎竜は好んで火山を棲家にすると聞いている。ロロスタル山脈の中央にある火山は灼炎竜にとって住みやすい場所なのだ。
俺は頭の中で地図を広げ、ノスバック村から北東の方角に線を引いた。途中にアスケック村と勇者の迷宮が存在する。勇者の迷宮は地上に有るのは入り口だけなので問題無いだろう。
問題はアスケック村である。灼炎竜が一直線にロロスタル山脈の火山に向かっていると考えれば、その進行方向にある村が襲われる可能性が高い。
「ハンターギルドとしては灼炎竜を狩るつもりなのですか?」
俺はバジリスク以上に手強いと思われる灼炎竜をどうするつもりなのか気になった。
「迷宮都市で最強のハンターたちを集めても、灼炎竜を倒せるかどうか。灼炎竜はそれほどの魔物なのだ。奴が人里を襲う事なく素通りしてくれれば手出しはしない」
但し、灼炎竜がこれ以上村や町を襲おうとすれば、総力を持って討伐すると支部長は断言した。その為に三本の指に入るパーティを招集したそうだ。
「もしもの時は、ミコトと伊丹にも協力して貰う事になる。何か倒す方法を考えてくれ」
考えてくれと言われても、すぐにアイデアが浮かぶはずもなく。
「灼炎竜か……どんな攻撃が効果的なんだろ」
「あっ、それから魔導飛行バギーをギルドに貸してくれ。偵察に使いたいんだ」
黙って話を聞いていた東條管理官が『魔導飛行バギー』と言う言葉にピクリと反応した。報告書には馬車よりも便利な乗り物を研究中だとだけ書き具体的なものは報告していなかった。
いずれバレるとは思っていたが、この瞬間だとは思っていなかった。
用事も済んだので、支部長も一緒に趙悠館へ戻った。支部長が一緒なのは魔導飛行バギーを貸し出す為だ。一応アルフォス支部長とダルバル爺さんには操縦法を教えてあった。
途中、東條管理官が日本語で話し掛けて来た。
「魔導飛行バギーとは何だ?」
「報告書に馬車より便利な乗り物を研究中だと書いてあったでしょ」
東條管理官が渋い顔をしブツブツと言い始める。
「……これだから案内人の書いた報告書は信用出来ないのだ」
趙悠館に戻ると東條管理官が早く魔導飛行バギーを見せろと催促する。俺は庭の一角に有る物置小屋の前に皆を連れて行く。鍵を開けドアを開けると、そこに魔導飛行バギーが有った。
押して外へ出す。糸井議員たちが珍しそうに見ている。
「屋根付きの三輪バギー……こんな屋根じゃ役に立たないでしょ」
議員は浮揚タンクであり推進装置でも有る屋根部分を単なる雨よけの屋根だと勘違いしたようだ。
「ミコト、飛行と言う言葉が付いているんだから飛ぶんだろ。翼は別の場所にあるのか」
東條管理官はハングライダーと三輪バギーを組み合わせたようなものを想像していたらしい。
どうやら飛ばして見せなければ納得しないようだ。
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