第171話 余談 王子と王女 2

 数日経って疎開の日、一緒に行く貴族たちが集まり護衛に守られ王都を出発した。

 王家の用意した馬車は浮遊馬車ではなく普通の馬車だった。王家で所有する浮遊馬車はサミディア正妃とその親族が全て持ち去ってしまったのだ。

 第三王妃は怒り国王に訴えたらしいが、ディンの母親であるオディーヌは苦笑いしただけだった。


 サラティア王女にとって初めての長旅だ。最初はウキウキと嬉しそうだったが、単調な旅と馬車の振動に辟易したようで途中からぐったりとしてしまった。


 天気に恵まれ予定より一日早く迷宮都市に到着した。まずは太守館に向かう。

 サラティア王女による迷宮都市の第一印象は刺々しい街だった。街を囲む防壁はいかなる者も拒絶するように高く厚い、それに要所要所に見張り用の塔が有りバリスタらしい武器が空を睨んでいた。


 街の中に入っても剣や槍を持つ者が多く、彼らの表情は険しかった。

 太守館に到着した一行はダルバルに出迎えられた。


「オディーヌ、サラ、久し振りだな」

 ダルバルがサラティア王女に会うなり抱き上げ身体を高く持ち上げてから抱きしめる。


「サラ、何故なんだ。趙悠館でなく太守館に泊まればいいだろ?」

 サラティア王女が首を振り。

「お祖父様、ダメです。ディン兄様みたいに修行します」

 オディーヌ王妃が溜息を漏らした。


 翌日、ディンとサラティア王女は趙悠館へ出向いた。空には雲一つない晴天で、小鳥が鳴いている。まるで自分を歓迎している様だとサラティア王女は思う。


 ディンの後ろを息を弾ませながら歩く。サラティア王女の服装は薄手の可愛いズボンと白いシャツだ。ディンに趙悠館に行くなら、一目で王女と判るような服は駄目だと言われ、侍女に用意させたのだ。


 もちろん、護衛の衛兵が数人付き従っているが、ディンと王女にとっては慣れたもの、気にせず歩いて行く。

 途中、街角に人が集まっているのに気付いた。


 猫人族と人族の子供たちがハンターらしい男たち四人に囲まれ怯えていた。

「おい、ガキ共。大人に向かって生意気な口を利くんじゃねえよ」

 頬に傷のあるハンターが脅すような口調で言う。


「道を通してくれるように頼んだだけじゃにゃいか」

 猫人族の子供が言い返す。荷物を運んでいた子供たちが道に並んで立ち塞がり話をしていた四人に通してくれるように頼んだのを気に入らず、子供たちを取り囲んだようだ。


 ディンが顔を顰めハンターたちを止めようと動き出した時、一人の猫人族の少年が出て来た。

「うちの子供たちに、にゃにしている」


 背中に剣を背負っただけの軽装の若いハンターである。頬傷の男は若いハンターを睨み凄んだ。

「おめえがこいつらの頭か、剣なんか背負ってハンターなのか」

「そうだけど……子供たちを返してくれ」


 男たちは値踏みするように若いハンターのマポスを見た。ハンターになったばかりに見えるが、背負っている剣は高価なものだと判る。


 この場合、高価な剣を買えるほどマポスが優秀なハンターか、樹海や迷宮で偶々手に入れたかである。

 男たちは後者だと思ったようだ。


「その剣を俺らにプレゼントしてくれるなら、ガキどもを返してやるぜ」

 不良ハンターたちは、ハンターギルドでも見掛けない顔なので、どうやら『虫の迷宮』から逸早く流れて来た者たちらしい。


 野次馬たちの間から子供たちを危惧する声と不良ハンターたちを非難する声が上がった。不良ハンターたちが周りの野次馬を睨み。


「五月蝿えぞ、てめえら。関係ない奴はどっか行きやがれ」

 野次馬を追い散らすように怒鳴り声を上げた。


 野次馬が少し遠ざかったので、男たちが得物に手を掛けマポスを威嚇する。マポスも背中の剣の柄を握る。その剣はカリス親方とミコトが共同で作った烈風剣であった。但しサーベルバードの尺骨は使っておらず、ミスリル合金製の海軍刀に源紋を写しただけの廉価版である。


 廉価版とは言え、マポスの一ヶ月分の収入をつぎ込んでいる。プレゼントなど出来ない。

 それに大人しく従う理由は無くなっていた。

 いつ現れたのか、男たちの背後にリカヤ・ネリ・ミリア・ルキの四人が立っていた。


 マポスは背中に回した手で男たちを牽制しながら口を開く。

「馬鹿にゃ事を言ってにゃいで早く消えろ。そうでにゃいと痛い目を見るぞ」

 マポスの言葉に四人の男たちは激怒した。


「俺たちがベテランハンターだと判っていて、そんな口を利いているのか」

 ベテランハンターと自分では言っているが、彼らの装備はそれほどいいものではない。迷宮の低層階を抜けられずせこい稼ぎを狙って毎日を繰り返しているのだろう。


 不良ハンターはそれぞれの得物を抜き、マポスに襲い掛かろうとする。だが、その後ろにはリカヤたちが戦いの準備を終え待っていた。


 リカヤたちはミコトから習ったヤクザキックを放つ。リカヤ・ネリ・ミリアの三人は背中に強烈な蹴りを決め男たちをうつ伏せに倒す。但し、ルキだけは躯豪術を使い強化した脚力で背中にドロップキックを放った。


 その後、不良ハンターたちはリカヤたちにより袋叩きとなり、警邏兵に引き渡された。ディンと王女と言う証人が居たので、何の問題もなく男たちは連行されていった。


「猫さんたちは強いのですね?」

 サラティア王女が感想を言う。ディンは即座に否定した。

「猫人族が強い訳ではないよ。彼らもミコトと伊丹師匠に鍛えられているんで強いんだよ」


「そうなんだ。お師匠様に会えるのが楽しみになりました」

 王女はミコトたちに弟子入りする気になっていた。


 ディンと王女はマポスたちと話しながら趙悠館に向かった。

「あそこが趙悠館だ」


 ディンが指差した先には珍しい構造の建物があった。白い外壁が美しく他の建物より窓が大きかった。

 サラティア王女はディンが修行した場所だと聞いていたので、もっと殺風景な場所だと予想していた。案に相違して趙悠館はよく手入れされた庭を持つ洒落た宿泊施設だ。


 ディンと王女が門から入ろうとした時、マポスが声を掛ける。

「オイラは音楽の勉強が有るんで先に行くよ」


 マポスがタタッと駆け出し姿が見えなくなった。リカヤたちもそれぞれ用が有るらしく去り、ルキだけが残った。


 ディンと王女が完成した趙悠館を眺めていると後ろから声を掛けられた。

「あらっ、ディン君じゃない。やっと戻って来たの」


 声を掛けたのは、買い物から戻ったアカネだった。アカネはニコニコと機嫌がいい。

「何かいい事が有ったんですか?」


 ディンが問うとアカネが買い物カゴに入っているものを見せた。家畜の餌となるバシッツだった。

「バシッツがどうかしたんですか?」


 アカネは今年始めて収穫されたバシッツを見つけたのだ。色は紫だが味や食感は爆裂種のトウモロコシと同じものだった。アカネが購入したのは乾燥したバシッツだ。店の者に聞くと田舎では、ポップコーンのようなものを作って食べているらしい。


 ディンは妹をアカネに紹介した。サラティア王女はアカネにバシッツをどうするのかと尋ねた。

「これでお菓子を作るの。美味しいのよ」


 それを聞いたサラティア王女とディンは首を傾げた。ルキだけは美味しいと聞いて目を輝かせる。その目に気付いたアカネは、

「今から作りましょうか?」

 ルキが嬉しそうに頷いた。


 趙悠館の厨房に入ったアカネは、蓋付きの大きな鍋を火の上に置き、少し温まってからバターと乾燥したバシッツを入れ加熱する。辺りに香ばしい良い匂いが漂い始める。


 その匂いを嗅いだルキがワクワクしている。

「大きな音がするから、気を付けて」

 大きな破裂音が鳴り始めると、王子たちとルキが驚いた。


 出来上がったポップコーンに塩を振って、皿に盛って王子たちに渡す。

「食堂のテーブルで食べてね」

 ディンと王女、ルキは小走りに食堂へ移動しテーブルの上に皿を置いた。メイドが味見というか毒味して、大丈夫だと王妃に告げる。


 食べ始めたルキや王子たちは夢中で食べていた。

「凄く美味しいです」「初めての味だね」「アカネはシャイコーでしゅ」


 この様子を見て味見した王妃は、趙悠館での食事は大丈夫なようだと少しホッとした。


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