第6章 戦乱と陰謀編

第172話 査察チーム

 大物代議士加藤大蔵の別荘に一台の車が停まった。ドアが開き一人の人物が別荘に入る。主人の部屋に案内された人物はソファーに深々と座っている政治家に頭を下げ挨拶をする。


「座りなさい」

 大蔵がしわがれた声を上げると、その人物は急いでテーブルを挟んで対面にあるソファーに座った。


「君に来て貰ったのは、マウセリア王国の迷宮都市へ行くと聞いたからだ」

「迷宮都市で何か有るのでしょうか?」


「あの街で、廉価な魔導武器を製作する方法が発見され、大急ぎで大量の魔導武器を製作しているらしいのだ。それを詳しく調べて来てくれ」


「判りました。それで何処まで調べればいいのでしょう?」

「開発者が案内人らしいのだ。それが本当なら案内人が魔導核に刻まれる補助神紋図を持っているに違いない。それを手に入れろ」


「しかし、転移門では持ち帰れません」

「手に入れたら、魔導師ギルドのポクデルに渡せ」

「承知しました」


  ◆◆◇◆◆=◆◆◇◆◆=◆◆◇◆◆


 俺は日本に戻っていた。今回は転移門査察チームを案内するのが仕事である。異世界において戦争が始まるかもしれないと言う時に査察なんてと思ったが、そういう時期だからこそ、オークどもが何か画策するかもしれないと言われた。


 転移門管理委員会から二人、それに査察チーム専属の警護官二名で査察チームとなる。

 東條管理官から査察チームのメンバーを紹介された時、酷く驚いた。テレビで見た覚えのある顔が有ったからだ。


 転移門管理委員会の一人糸井翠子は元女優の政治家であった。俺が知っているのは彼女の芸名だったので、本人に会って初めて、好きだったドラマに出ていた女優だと気付いた。


「凄いな、初めての有名人だ」

 俺が呟くと東條管理官が鋭い視線を向けて来た。

「言っておくが、サインなんて強請ねだるんじゃないぞ。上司として恥ずかしいからな」


「写真は?」

「駄目に決まっているだろ」

 俺は政府の役人が査察すると聞いていたので意外に思った。話を聞くと糸井議員が異世界に行きたいと言い出し急遽役人と交代したらしい。実際の査察はもう一人の男性が行うので問題ないようだ。


 今回の異世界行きには東條管理官も同行する。目的はパワーアップであるが、査察チームがどんな調査をするかも気になるのだろう。


 御島町三丁目にある倒産した工場跡は政府により買い上げられ、自衛官が警備する封鎖地区となっていた。高い塀と鉄条網に囲まれた場所の中心に転移門が現れるポイントが有った。


 警備している自衛官にJTGが発行した身分証明書を見せ中に入る。後には査察チームと東條管理官が続く。


 転移門のポイントまで来るとミッシングタイムが訪れるのを待つ。

「ミコト、最近の報告書でエヴァソン遺跡で土砂崩れが有ったと報告しているが、転移門には影響はないのか?」


「五階から上の部分が埋まったけど、転移門の有る二階テラス区には影響ありません」

「土砂崩れの原因は雨なんだな?」


「そうです。ドラゴンとかが現れて崩した訳じゃないので安心して下さい」

「ドラゴンの心配なぞしておらん。これ以上の土砂崩れが発生するかどうかを心配しているんだ」


 俺は土砂崩れの心配はないと告げた。実際に土砂崩れが起こったのは旧エヴァソン遺跡の方で、それも数百年も前の話である。


「そのエヴァソン遺跡の近くに居る魔物について教えてくれる?」

 糸井議員が魔物について尋ねた。


「近くに居る魔物で危険なのは、大鬼蜘蛛と雷黒猿かな。他は海の魔物が少々と双剣鹿、鎧豚、陰狼かげおおかみとかですね」


 転移門管理委員会のもう一人車田一郎が魔物についての詳しい情報を尋ねるので、少し説明する。

「大鬼蜘蛛は体長三メートルほどの巨大な蜘蛛です。こいつは麻痺毒の有る毛針を飛ばす能力が有るので要注意なんです。一方、雷黒猿は巨大な大猿で額に雷撃を出す黒い水晶のような角を持つ危険な奴です」


 魔物の説明を聞いた車田は身震いする。この知的だが線の細い人物は地政学を専攻する准教授で、現在は異世界のパワーバランスについて研究しているらしい。


 元機動隊の警護官、橋本伝助はしもとでんすけが質問をする。

「そいつはルーク級なのか?」

「いえ、もう一つ上のナイト級。韓国で暴れた帝王猿と同レベルです」


 女性警護官である佐々木詩織ささきしおりが目を大きく見開く。

「そんな魔物に遭遇したら、どうするの?」


 俺が答える前に、東條管理官が口を挟んだ。二人に笑顔を向け。

「もちろん倒しますよ。彼は一流の案内人ですから」


 二人の警護官は感心したように頷いているが、東條管理官の言葉を信じていないようだ。あからさまに疑惑の視線を俺に向けて来る。


 俺は視線を無視して二人に質問した。

「二人は異世界での訓練を受けているんですよね?」


 橋本が頷き、東北地方の案内人から訓練を受けたと答えた。ガッチリした体格の橋本は棒術を習っており、異世界では狼牙棒のような武器を使っていたらしい。 神紋は『疾風術の神紋』を所有し<疾風刃ガストブレード>が得意だと言う。


 もう一人の佐々木さんは女子プロレスラーのようなパワフルな感じの女性で、弓が得意なのだそうだ。神紋は珍しい『幻影夢の神紋』を所有している。


 ミッシングタイムが訪れ、俺たちは異世界に転移した。


 転移した先はエヴァソン遺跡ではなく、塩田の開発場所を探し歩いていた時に発見した旧エヴァソン遺跡の方だった。原因は判っている。俺が転移門の金属盤を交換したからだ。


 犬人族に頼んで旧エヴァソン遺跡を犬人族が住むエヴァソン遺跡と同じになるように整備させていた。


 旧エヴァソン遺跡と本来の遺跡との違いは、土砂崩れで上部テラス区が潰れ使えない事と二階テラス区から見た海の景色が若干違う事である。もちろん細かい相違は数多くある。

 だが、俺が作った報告書を読んだだけなら、ここをエヴァソン遺跡だと思い込むだろう。


 査察チームには旧エヴァソン遺跡を本来のエヴァソン遺跡だと思って欲しかった。この後、自衛隊が異世界側の転移門を警備するようになった時、旧エヴァソン遺跡の方に駐屯させたいからである。

 本来のエヴァソン遺跡には、報告していない幾つかの秘密が有り、自衛隊を駐屯させると非情にまずいのだ。


 但し、それには問題がある。東條管理官は以前に二、三日だけだが、エヴァソン遺跡に滞在している。あれから細かい部分を忘却するには十分な月日が経過していた。それに安全の為に転移門の有る部屋で大半の時間を過ごしたので周りの景色はそれほど覚えていないはずである。


 翌朝、外の景色を見て東條管理官がどういう反応を示すかで、東條管理官に事情を打ち明け仲間に引き入れるかどうかを決めようと思う。


 俺は行動を開始した。部屋の隅から魔道具の照明器具を取り出し明かりを点ける。そして、査察チームと東條管理官の為に服と履物を用意する。


 その頃になって、意識を取り戻した他の者たちが立ち上がって服を着る。照明器具の周りに座り込んだ査察チームの一行は、やっと声を上げ始めた。


「この後、朝になったら周りを調査する予定になっています。よろしいですね」

 糸井議員が予定を口にし皆が頷いた。


「俺たちの装備は用意してあるのか?」

 警護官の橋本……いや、デンスケが尋ねた。俺はデンスケとシオリに革鎧と武器を渡した。武器はデンスケに短槍、シオリに弓矢である。狼牙棒は用意出来なかったので短槍になった。


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