第169話 オリガの帰還

「次はミコトへ依頼なのだが、王族二人を趙悠館で預かって欲しい」

 もしもに備え、王都に居る王位継承権の低い王族は地方に疎開する事になったらしい。迷宮都市に疎開する事になったのは、オディーヌ第二王妃とサラティア王女である。


 オディーヌ第二王妃が迷宮都市を疎開場所に選んだのは、単純に息子のディンが統治している場所だからだ。


 五〇〇年以上前に生まれた賢者サラディウスが書き記した書物に統治者の心得が書かれており、それが異世界の政治に関与する者のバイブルとなっていた。


 その書物の中に、非常時に統治者の家族を安全な場所に移す事は当然の事だと書かれていた。家族の事が気になり万全な状態で働けない方が問題だと記されているのだ。

 国民も、それが当然だと思っているので何の躊躇いもなく王族は疎開を開始した。


「王妃様と王女様が迷宮都市に来られるのは理解しました。けど、何で趙悠館なんです。普通は太守館に宿泊するものじゃないんですか?」


 俺が問い質すとダルバル爺さんが困ったような顔をする。

「サラが我儘を言い出してな。ディンから趙悠館の様子を聞き、趙悠館で暮らしてみたいと言うのだ」


 ディンの妹であるサラティア王女は、元々王都から離れるのは嫌だった様で駄々をこねた後、条件を出したらしい。それが趙悠館での生活である。


 俺は特別扱いは出来ないという条件で承知した。因みに王妃と王女の世話は付いて来る侍女たちが行うので心配ないそうだ。


 それより東方の状況である。ダルバル爺さんに尋ねる。

「ミスカル公国の奴ら、三万の兵を集めたようだ」

 敵は常備兵だけでなく農民も兵士として掻き集めたようだ。どうしても短期決戦で勝負を決したいのだろう。


 話が終わり、俺は趙悠館に戻った。


 オリガは俺から『魔力変現の神紋』の応用魔法を習いながら神紋レベルを上げ、ついに<魔粒子活性循環マナアクティブ>を習得した。もちろん、アカネも習得する。


 これで帰る準備が整い、日本に戻る日が決まった。趙悠館の庭で、その事をオリガに伝えると。

「ミコトお兄ちゃん、ずっとここで暮らしちゃダメなの?」


 趙悠館での生活が気に入ったオリガが小声で訊いた。その目には大粒の涙が溢れている。

「ごめんよ。ダメなんだ」


「ルキちゃんと友達になったのに……お兄ちゃんの馬鹿!」

 オリガが泣きながらルキの居る方へ走っていった。

 その後、オリガを慰め日本に戻るのを承知させるのには苦労した。


 次のミッシングタイムの夜、オリガはアカネと一緒に日本へ戻った。そして、JTGでの手続きや検査が終わったオリガを薫と児童養護施設の香月誠が迎えに行った。


 薫はミコトの師匠である香月と言う人物に興味があった。オリガが検査を終え出て来るまでに話をしミコトについて新しい情報を仕入れた。


「へえ、ミコトって飽きっぽい性格だったんですか」

「そうなんだ。古武道を少しだけ教えたんだが、すぐに飽きて止めてしまったんだ。その後はバイトばかりしておった」


「でも、また習いだしたんでしょ」

「案内人になった後に、教えてくれと言いに来たんだが、仕事が忙しいらしく偶にしか来ん」


 香月はミコトの保護者となっており、案内人になった時には契約書にサインを求められた。それでミコトが案内人であるのを知っていた。


「なあ、オリガを異世界に連れて行った費用はミコトが出したんだろ。案内人はそんなに儲かるのか?」

「まあ、危険な仕事ですから、その分収入もいいそうですよ」


 そんな話をしていた処に、オリガとアカネが検査を終え出て来た。オリガが落ち込んでいるようだ。

「カオルお姉ちゃん、元に戻っちゃった」


 泣きそうな顔をしたオリガが呟くように言った。異世界でならサイトバードを召喚していない時でも魔力を感知して何となく周りの様子が感じられたのに、現在は何も感じなくなっているのに気付いたのだ。

「大丈夫、お姉ちゃんに任せて」


 オリガたちは薫に率いられ一緒に研究所へ向かった。

 薫たちは研究所の会議室に案内され、待っていると研究員の一人が二本のアルミ製の栄養ドリンク缶のようなものを持って来た。


 その中に入っているのは魔粒子集積装置で集めた高密度魔粒子溶液である。研究員から受け取ると薫はオリガとアカネに一本ずつ渡した。


 高密度魔粒子溶液の活性化魔粒子を効率よく吸収する方法は飲む事である。特に躯豪術を習得している者は内臓周りの体細胞が魔導細胞となっている為、吸収率が高いようだ。

「さあ、グッと飲んで」

 薫が促すとオリガとアカネは溶液を一気に飲んだ。


 体内に入った溶液から魔粒子が拡散し始めると魔導細胞が吸収しオリガとアカネの精神に刻まれている神紋が機能し始めた。


 目を瞑りジッとしていたオリガが目を開けた。

「カオルお姉ちゃんたちが見える。でも、変……」

 オリガが見えると言ったのは、魔力を感じられるようになったと言う意味だろう。変だと感じるのは異世界と違いリアルワールドの魔粒子が不活性で魔力を感じ取れないからだろう。


 夕陽の光を浴びた魔粒子は活性化する。但し何もせずに放っておくと約二時間で不活性化し元に戻る。例外は魔導細胞に吸収されるか、アルミ製の容器に保存した場合だけである。


 薫が時計を見ると午後四時を過ぎている。オリガたちはしばらく待って太陽が西の山に沈む頃、研究所の屋上に上がり西の方を見た。

 薫がオリガとアカネに指示する。


「<魔粒子活性循環マナアクティブ>を実行するのよ」


 赤く染まった夕焼け空の下、オリガたちは<魔粒子活性循環マナアクティブ>を起動する。目の前に紅い球体が現れ、そこに体内の魔粒子が放出される。


 球体の中で夕陽の光を浴びた魔粒子は活性化し体内に戻っていく。時間にすると五分ほどで体内に蓄積されていた魔粒子が全てが活性化した。


「驚きだぜ、こいつが魔法か」

 魔法を初めて見た香月は驚いた。香月には協力して貰う必要があったので、オリガが習得した魔法について打ち明けてあった。


「次はサイトバードを召喚してみて」

 オリガはサイトバードを召喚し<感覚接続センスコネクト>で視覚を接続した。

「ああっ、見える。見えるようになった」

 その言葉を聞いた香月は、オリガを抱き上げハグする。


「良かった。本当に良かったな」

 香月は心の底から祝福し祝いの言葉を口にした。その目にはキラリと光るものが有った。

 その様子を笑顔で見ていた薫が、ヘアバンドをオリガにプレゼントした。早速ヘアバンドを身に着けるとサイトバードが止まる。


 アカネも魔法が使えるか試してみた。異世界のトイレで使っている<拭き布ワイピングクロス>を実行する。アカネの手の中に四角い布が現れた。アカネは武者震いして。


「日本で魔法が使えるなんて……東條管理官が知ったら、どれだけ驚くか」

 その様子を見ていた薫が二人に注意する。サイトバード以外は、人前での魔法は厳禁だと言う事を伝える。


「魔法を使うと少しずつ魔粒子が減っていくから注意して……リアルワールドで魔粒子を補充する方法はパワースポットで<魔粒子活性循環マナアクティブ>を行うしかないのよ」


 日本各地にパワースポットは数多く存在するが、商業的に魔粒子を大量に集められるポイントは少ない。但し個人が魔粒子を補充するだけなら使えるポイントは多く、オリガが暮らしている児童養護施設の近くにも一箇所存在する。


「天気のいい日はパワースポットへ行って、魔粒子の補充をするといいわ。香月さんはオリガの手伝いをして下さいね」


 香月は承知したと頷いた。

 この後、新しい眼を手に入れたオリガは、普通の小学校に入学する事になる。

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