第168話 デヨン同盟諸国の動乱
俺が迷宮都市に戻った時、街中がざわついているのを感じた。
「何事でござろうか?」
伊丹は街の至る所で人々が集まり不安げな顔で話しているのを見て表情を曇らせていた。
「さあ、ハンターギルドで聞いてきましょうか」
俺たちはギルドへ行き、職員から事情を聞いた。カザイル王国の国王が暗殺され、東に在るデヨン同盟諸国の一つであるミスカル公国との国境線がきな臭くなっていると教えてくれた。
デヨン同盟諸国と呼ばれる四つの国家は、二〇〇年前は一つの帝国だった。デヨン神聖帝国である。
丁度二〇〇年前、帝位の継承を巡り内戦が起こり四つの国に分裂した。カザイル王国、ミスカル公国、クノーバル王国、ジェルズ神国である。
小競り合いを繰り返し国力が衰えた四カ国は、北の蛮族ゴベリア族の侵略の的となり存亡の危機に立たされた。存亡の危機となって初めて協力しゴベリア族を退けるべきだと言う意見が広まり、同盟を結び協力し国難の乗り越えた。
そして、二〇〇年が経過した現在は、同盟関係も有名無実となり小競り合いを繰り返すようになっていた。その争いも魔導技術の進歩と言う点では有利に働いたようで、四カ国は魔導先進国と呼ばれている。
その中の一国カザイル王国が国王を暗殺され、後継者争いが始まった。そして、ミスカル公国はカザイル王国の同盟国であるマウセリア王国に戦争を仕掛けようとしている。
わかりやすい構図であり、ミスカル公国の狙いも明確だった。後継者争いもミスカル公国が仕掛けたのではと言う噂もある。
俺はギルドの職員に確認する。
「戦争になりそうなのか?」
ミスカル公国はマウセリア王国に『虫の迷宮』の独占使用権を求めているらしい。だが、それはマウセリア王国の領土の一部を他国に譲渡するのと同じだ。
王家と国民が承知するはずはなかった。
「その可能性が高いわ。領地持ちの貴族に、自領に戻り軍備を整えるよう命令が出たそうよ」
俺たちは趙悠館へ戻り、相談する事にした。趙悠館でも戦争の話は知れ渡っており、食堂で働いているおばさんも暗い顔をしている。
食堂の一角に俺と伊丹、アカネと医師二人を交えて話し合いが行われた。
迷宮都市から見れば国の反対側で起こる戦争である。影響が及ぶとすれば、全土が侵略される場合だが、ミスカル公国にはそれほどの兵力はない。
戦争になっても迷宮都市には影響がないのかどうかを考えると、有るだろうと思った。
「問題は『虫の迷宮』を探索している者たちだな」
『虫の迷宮』は『勇者の迷宮』と同じ程度の難易度である。中で遭遇する魔物は主にデカイ虫で魔晶玉が魔晶管に入っている確率は高い。
それ故だろうか、魔晶玉を狙って迷宮に入るハンターは多く、迷宮の周りに町が形成された。但し
その所為だろうか、『虫の迷宮』に潜るハンターは素行の良くない連中が多い。そんな連中が戦争によって住む場所を失い、他の地方へ移動する事になる。
「迷宮都市にも質の良くないハンターが流れて来るのでござろうな」
俺もそうなる可能性が高いと思う。オリガを一旦日本に戻そうかと考えた。状況が安定してから、もう一度連れてくればいい。
依頼人である患者の大田さん親子の事もある。遅発性ウイルス感染症であるカナタは順調に回復していた。治療方法は浄化系魔法薬と再生薬の併用である。
浄化系魔法薬で有害なウイルスを除去しダメージを受けた体細胞を再生薬で回復させるらしいが、正直、俺にはよく判らない。
カナタは起き上がれるまで回復しリハビリを開始している。その懸命な姿を見ると案内人になって良かったと感じる。こういう依頼はもっと増やしたいと思う。
「神田先生、カナタ君の具合はどうなんです。順調に回復しているとは聞いているんですが、日本に戻しても大丈夫なんですか?」
鼻デカ神田が最大の特徴であるデカイ鼻の頭をぽりぽり掻いてから答える。
「大丈夫だ。治療は成功し健康な体に戻っとる。ただ衰えた筋肉が戻るまではリハビリをせねばならん」
カナタもある程度回復したら日本に帰そう。問題は居座っているピアニストの児島だけど。
「まあ、相手は大人なんだし、もうしばらく様子を見てからにしよう」
俺と伊丹はオリガを日本に帰す用意を始めた。リアルワールドで魔法を使う為には活性化した魔粒子を吸収する事と体内にある不活性魔粒子を活性化させる手段を持つ事が必要である。
活性化した魔粒子は薫が提供してくれる
この応用魔法も薫が開発したのだが、習得しているのは俺と薫、それに伊丹の三人だけである。
異世界に居る間に溜め込んだ魔粒子はリアルワールドに転移すると不活性化してしまうらしく、日本に戻った時は夕陽の赤い光を浴びながら<
リアルワールドで採取した魔粒子を活性化させアルミ製のタンクに蓄積しているものを吸収すると言う手も有るのだが、タンクの魔粒子にはかなりの費用を掛けているので実験用として使いたいのだ。
少し脱線してしまったが、オリガがリアルワールドで幻獣召喚を使うには<
アカネも習得していないので、オリガと一緒に学ばせるつもりだ。
五人で話し合っている間に、夜も更けてきたので解散し寝ることにした。
「ミコト殿、この戦争は本格的なものになるであろうか?」
「どうだろうね。小競り合いで済んでくれればいいんだけど」
ミスカル公国が本気でマウセリア王国に侵攻する場合、王国の同盟国であるカザイル王国が障害となる。現在は後継者争いで、王国を支援する余裕を失っているが、すぐにも後継者が決まるかもしれない。
その点を考えると、一つずつ拠点を落とし、占領支配していくような戦争をミスカル公国が望んでいるとは思えない。一気に王国軍を叩き、有利な形で条約を結ぶのが最終目的ではないかと俺たちは考えていた。
またミスカル公国が何隻の魔導飛行船を所有しているのかは判らないが、確実に何隻かは戦争の道具として使われるだろう。但し、魔導飛行船が直接的な兵器として使われる事はあまりない。
この異世界には魔法という存在が有るからだ。強力な魔法を使える魔導師なら、一撃で魔導飛行船を撃ち落とすほどの魔法を放てるのだ。
例えば、薫が手に入れた『
翌日、ハンターギルドのアルフォス支部長から連絡が来て、支部長と一緒に太守館へ向かった。
「樹海に行っていたそうだが、何か収穫は有ったか?」
会議室で待っていたダルバル爺さんが、俺の顔を見るなり声を上げた。日本に戻っている間、俺は樹海に行っている事になっていた。
「特に珍しい物はなかったですよ」
ダルバル爺さんが鼻を鳴らし。
「ふん、こっちは大変だったんだぞ」
俺は顔を顰め肩を竦めた。
「聞きましたよ。戦争になりそうなんですよね」
ダルバル爺さんが渋い顔をして頷いた。
「そこで話がある。まずはアルフォス、ハンターギルドに魔物の素材を集めて欲しいのだ」
アルフォス支部長への依頼らしい。王家から四〇〇個の簡易魔導核を既に受注しているので、源紋を秘めた魔物の部位が欲しいのだろう。
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