第167話 ロンドンの巨大蟻
専用の転移門を手に入れた俺たちは、政府やJTGを気にせず自由に異世界を行き来するようになる。その事は嬉しいのだが、自衛隊の事が気に掛かった。
転移門の金属盤の交換で、自衛隊は旧エヴァソン遺跡の転移門の方に転移する事になる。近くに有る塩田とエヴァソン遺跡の事は気付くだろう。
「犬人族と自衛隊がトラブル事はないだろうな」
「その可能性は考えていた方がいいんじゃない」
俺と薫が話していると伊丹がアイデアを出した。
「初めから犬人族の存在を知らせ、友好的な関係を築かせた方がいいのではござらんか」
「それがいいかも」
薫は即座に賛成した。
朝が来て、薫はタクシーで自宅に帰った。
伊丹と俺は、二日ほどアパートで静かに生活し三日目の夜に異世界に戻る予定である。もちろん、もう一度パチンコ屋に忍び込む必要があるが、問題無いだろう。
「来月には政府の役人が査察に来る。準備をしとかなきゃな」
旧エヴァソン遺跡の転移門が存在する部屋も瓦礫を片付け、魔物が入り込まないよう整備しないといけない。その作業を考えるとうんざりした。
「東條殿も来ると聞いておるが」
「魔法が使えるようになりたいと言っていたよ」
東條管理官パワーアップ計画……真剣に考えなくてはいけない。
アパートでテレビを見ていると臨時ニュースが流れた。イギリスのロンドン郊外にある転移門からオークと魔物が侵入したと言うニュースだった。
市民が撮影したと思われる映像がテレビで流された。映っているのはオークではなく戦争蟻の姿だった。オークが巨大蟻をリアルワールドへ連れ込んだのだ。
現在の地球にはこれほど巨大な昆虫は存在しない。その理由は昆虫の呼吸システムに問題が有るとか、巨大化すると自重で内蔵が潰れるとか言う説があるらしい。
しかし、異世界の昆虫型魔物は姿形は似ていても構造や生態が異なるようだ。地球とは異なる進化の道を辿ったのだろう。
テレビに目を移すと、警官が拳銃で巨大蟻を攻撃していた。拳銃を構えた数人の警官が一斉に引金を引いた。しかし、弾丸は黒い外骨格に弾かれ明後日の方向に飛び去った。
「こいつは軍曹蟻か。拳銃の弾を弾き返すほど硬かったのか」
「鋼鉄の剣を弾き返すほどでござる。当然の結果でござろう」
「でも、転移門の周囲は軍隊が警備しているはずだろ。何故、外に這い出て来てるんだ?」
俺の疑問はニュース番組の解説者が答えてくれた。
問題の転移門は従来の場所から三〇メートルほど離れた場所に門が開いたらしい。
「どうして……オークが何か転移門に干渉したのか?」
俺が呟くような小さな声で口にすると伊丹が額にシワを寄せ。
「これで異世界側の転移門を軍隊で確保しろと言う者が増えそうでござる」
俺は深い溜息を吐いた。
「銃や兵器を持ち込めない軍隊が、何処まで戦力になるか」
「アメリカや中国は早い時期から兵士を異世界に送り込み鍛えているのでござろう。相当な遣い手に育っておるのではないか」
軍事大国のほとんどは異世界に兵士を送り込んで魔法を習得させている。ただ優秀な兵士が必ずしも魔法の才能を持っているとは限らない。
第一階梯神紋しか得られず、異世界の一般兵士ほどの実力にしか成長しなかった者が多いらしい。それでも魔法の才能を開花させ、第二階梯以上の神紋を手に入れた者もある割合で存在する。
その者たちが異世界での軍事力の中核となっているらしいが、魔法の才能を開花させる割合には、どの国も満足していなかった。異世界で強力な兵士を育てる各国のシステムはまだまだ未熟で問題も多いようである。
その事は東條管理官から聞いていた。それに比べ俺の周囲に居る者たちが魔法の才能を開花させているのには理由が有る。
自分や薫、伊丹の経験から『魔力袋の神紋』を授かって約一ヶ月以内に濃密な魔粒子を吸収すると魔法の才能が開花しやすくなると気付いたのだ。
三人だけだと偶然かもしれないので、ハンターギルドの資料を調べ職員に聞いて確認した。
そこで俺は育てようとしている人物が『魔力袋の神紋』を得たらすぐに濃密な魔粒子を持つ魔物を一緒に狩る事にしている。
オリガの時も一緒に大鬼蜘蛛を狩り濃密な魔粒子を吸収させている。
「東條管理官の場合も大物を狩って濃密な魔粒子を吸収させるのでござるか?」
俺はハゲボスの顔を思い出し、どうしようかと迷った。ハゲボスがパワーアップするのは遠慮したいのだが、後で濃密な魔粒子の情報がバレた場合が怖い。
「東條管理官には世話になってるからな。大物狩りはやろう」
パワーアップした東條管理官の姿を想像し背中に嫌な汗が流れた。
ニュースではイギリスの陸軍が出動し、対戦車ライフルを使って戦争蟻を仕留めたと報じていた。
この事件はオークの本格的侵攻ではなく実験的なものだとコメンテーターが言っている。オークが三体、戦争蟻が四匹だけだったのが理由である。
それに元の転移門の位置から三〇メートルしか離れていないというのも中途半端だと語っている。転移門の出現場所を変える技術には何らかの制限があるのかもしれない。
伊丹は自宅に帰らなかった。合鍵を用意するのを忘れたからだ。鍵はJTGの支部ビルに置いて有るものだけらしい。
三日間をテレビの前でダラダラと過ごした後、俺たちは、次のミッシングタイムの夜にパチンコ屋に忍び込み、異世界に転移した。
◆◆◇◆◆=◆◆◇◆◆=◆◆◇◆◆
貧民街で生まれた人族であるモルディは、その日絶望を味わった。貧民街の一帯が火の海になり父親が死んだのだ。父親は彼と弟のファバルを火の海から助け出そうとして大火傷を負い死んだ。
その時、ファバルも足に怪我をしたのだが、モルディが担いで避難所である元魔導寺院まで連れて来た。
「……お父さん、痛いよ」
五歳の弟は父親が死んだのを悟っていない。いや、納得していないと言う方が正確なのだろう。顔から血の気が失せ青褪めている。息も荒く嫌な汗をかいている。
モルディは怪我をしている足を見た。血が止まっていない。慌てたモルディは助けてくれる人を探し、周りに居る大人に助けを請う。
「ごめんね。助けて上げたいけど、薬も何も持ってないんだよ」
疲れた顔で座り込んでいるおばさんが悲しそうな顔で応えた。モルディは怖かったが、剣を持つ衛兵に助けを求めた。
「弟が怪我してるんだ。助けてよ」
モルディに声を掛けられた衛兵は困った顔をする。そこに衛兵と話していた男の人が弟を助けると言ってくれた。その人は弟に高価な薬を使い治療してくれた。
その事は嬉しかったが、金を払えと言われたらどうしようと心配になる。
その後、子供たちだけ趙悠館と言う所に連れて行かれる事になった。貧民街を離れるのは不安だったけど、父親が居なくなった街には頼れる者は居ない。母親は二年前に死んでいるのだ。
弟はハンターらしい猫人族のお姉さんに背負われ目的地に向かい、到着した頃には夕方になっていた。
モルディとファバルは他の子供たちと一緒に趙悠館の食堂に連れて行かれた。その子供たちと一緒に四人のおばさんも来ていた。その中でミシェスと言う名の猫人族の女性が同じ猫人族のお姉さんに声を掛けた。
「ねえ、リカヤちゃん。私たちはどうしたらいいの?」
リカヤお姉さんは、弟を助けた人に尋ね教えてくれた。
「これから食事にします。それぞれにパンとスープを配りますから、適当に腰掛けて待っていて下さい」
温かいスープとパンが配られ、子供たちとおばさん四人は躊躇いながら口にする。
「美味しい」
元気になったファバルが声を上げた。配られたパンはアカネが作った新作のレーズンパンである。市場で干し
子供たちは夢中で食べ始めた。甘いモノが少ない異世界、その中でも貧民街で育った子供たちは甘いモノを食べた経験がほとんど無かった。
食べ物は偉大である。沈み込んでいた子供たちにほんの少し明るさを取り戻させた。
趙悠館での生活が二日ほど過ぎた頃、年長の子供たちが集められ雑木林へ行く事になった。この季節に実るメルカの実を採取に行くのだ。
貧民街の子供たちは六人、本当は五人なのだが、ファバルがどうしても付いて行くと言うので仕方なく連れて行く。その他にアカネと猫人族のルキとオリガという幼女だった。
アカネとルキとオリガは武装している。アカネは軍曹蟻のスケイルアーマーに剛雷槌槍、ルキとオリガはお揃いでワイバーンの革鎧と『剛突』の源紋を秘めた剛爪槍である。
オリガがワイバーンの革鎧を作って貰ったのを見てルキが羨ましがり、オリガがルキにも同じものをと薫に頼んだのだ。ルキに甘い薫は『しょうがないな~』と言いながらも承知した。
小さな籠を背負ったモルディたちはアカネの後ろに従い、雑木林の奥へと向かった。
「アカネ様、魔物は出ないの?」
アカネが振り向き、質問したモルディを見た。
「ここに居る魔物は弱いから大丈夫。注意しなきゃならないのは
モルディにとって
後ろの方から楽しそうな笑い声が聞こえて来た。弟と同じくらいのルキとオリガが魔物を恐れる様子もなく歩いている。
そんな時、お約束のように魔物が二匹現れた。緑の小鬼ゴブリンである。手には棍棒を持ち小さな子供を脅すように唸り声を上げている。
モルディの心に恐怖が湧き上がり、弟だけでも守ろうとファバルを背後に隠す。
「ゴブリンでしゅ。ルキたちに任せにゃしゃい」
ルキとオリガが身体に合わせて短くした剛爪槍を構える。オリガは一ヶ月ほどの練習で躯豪術が使えるようになっていた。ルキの構えは様になっているが、オリガはまだまだである。
それでもゴブリンを恐れる様子もなくゴブリンに突撃していく。ゴブリンが棍棒でオリガを襲う。オリガはミコトに教えられた通り、棍棒を槍で受け流し躯豪術で強化した足でゴブリンの腹にミコト直伝のヤクザキックを放つ。
ゴブリンがひっくり返り、そこにアカネが剛雷槌槍で止めを刺した。一方ルキはゴブリンをボコボコにしていた。
「凄い……弟と同じくらいの歳なのに」
モルディは何だか悔しさと羨ましさで息苦しい感じを覚えた。
異世界において、武闘派の貴族の間では幼少の頃より子供を鍛え上げ、十代にもならない内に一般兵士並みの強さを身に付けさせる家系もある。
ルキとオリガは、そんな貴族の子供のようだった。
「アカネ様、あの二人は何で強いの?」
アカネは微笑んで応えた。
「ミコトさんと伊丹さんが鍛えたからよ。モルディも強くなりたいの?」
そう訊かれたモルディは頷いた。兄の後ろに隠れていたファバルも強く頷いている。
「だったら、ミコトさんに頼んでみなさい。鍛えてくれるかもよ」
それを聞いた貧民街の子供たちの眼に強い光が生まれた。アカネの何気ない一言が子供たちに希望を与えたのだ。
その後、メルカの実が群生している場所に到着したモルディたちは籠が一杯になるほどメルカの実を採取した。
アカネはメルカの実をジャムにしようと考えていた。砂糖は希少で高価であり、ジャムを作るにはその砂糖が大量に必要である。
アカネは犬人族に頼んでガルガスの樹液を集め煮詰めて結晶化させた。出来上がった樹液糖は大量だった。ちょっと茶色で独特の香りが少しするがほとんど砂糖と変わりない味をしていた。
モルディたちが採取したメルカの実はメルカジャムになり、瓶詰めにしたので一年間ほど美味しく食堂で提供された。
樹液糖も迷宮都市の特産物となり、樹海でガルガスが群生する場所には管理小屋が建てられ多くのハンターが往復するようになる。
ミコトたちが趙悠館に戻った頃、王都の城に一通の訃報が届いた。同盟国であるカザイル王国のミモザ王が暗殺されたのである。
国政を預かるウラガル二世やクロムウィード宰相は対応を相談する会議を開催する。そして、国王の息子たちであるモルガート王子とオラツェル王子に召喚状が届いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます