第166話 秘密の転移門

 俺と薫は現れた雷鳩を見て首を傾げた。姿は鳩なのだが、サイズが五割増しほど大きいのだ。それに加え風格というものがあり、威風堂々としているように見える。


「なあ、ちょっと大きくないか?」

 俺が薫に確認する。薫は胸の前で腕を組み「うーん」と唸ってから。

「まあ、でかい鳩も居ない訳じゃないから、大丈夫じゃない」


 オリガはサイトバードを再召喚して雷鳩の姿を見た。

「可愛い……名前を付けなきゃ」

 オリガはサイトバードを『ブンちゃん』と名付けている。サイトバードは飛んでいる時にブンブンと音を立てるからのようだ。


「この子はね。『キング』にする」

 オリガも雷鳩の堂々とした風格を感じたようである。


「キングの強さを確かめてみようか」

 俺が提案すると薫とオリガが賛成した。この雑木林にはポーン級の魔物が居るので腕試しには最適だった。適当な魔物を探して歩いていると化け茸と遭遇した。


 オリガが魔物を倒すように雷鳩に命じた。雷鳩は宙に飛び上がり頭上を旋回し始める。狙いを定めた雷鳩は急降下して烈風撃を放った。


 烈風撃はデフォルトがボール状なので圧縮された空気の球が化け茸に命中し吹き飛ばす。地面を転がった化け茸はよろよろと起き上がった。ボール状の烈風撃では仕留められなかったようだ。


 雷鳩は一旦上昇し、化け茸に槍の穂先状の烈風撃を放った。烈風撃は化け茸の身体を貫通し、その生命を刈り取った。


 次にぶちボアと遭遇する。雷鳩は自らの最強攻撃で先手を取った。上空から急降下した雷鳩は鋭い爪をぶちボアの背中に食い込ませ雷撃を放つ。雷鳩が青白い火花を飛ばし、眼を見張るようなエネルギーがぶちボアの心臓を焼く。


 今度は一撃で仕留められたからなのか、雷鳩は誇らしそうに翼を広げオリガの下に戻って来た。

「キングはすごいね」

 オリガはしゃがんで雷鳩を撫でた。

「ポオッポー」と雷鳩が嬉しそうに鳴き声を上げた。


 雷鳩はオリガのヘアバンドに止まっているサイトバードを見て、首をピコッと傾げる。サイトバードが羨ましかったのか、雷鳩はヒョイッと飛んでオリガの肩に止まった。


「痛い」

 雷鳩の鋭い爪が肩に食い込んだので、オリガが声を上げる。雷鳩は慌てて肩から飛び降りた。

 薫がオリガの肩を調べてみると痕が残っているが血は出ていない。今日は雷鳩の召喚を試すだけだと考えていたのでワイバーンの革鎧を装備していなかった。


「これを」

 魔導バッグに入れていた。オリガの鎧を取り出して装備させた。それを見ていた雷鳩は喜びの鳴き声を上げ、オリガの肩に止まった。


「日本に帰ったら、パッドの入ったベストみたいなものを作らなきゃダメかしら」

 薫は幼女の肩に止まって嬉しそうにしている雷鳩を見て呟いた。


 薫の帰る日が来た。俺と薫、それに伊丹はエヴァソン遺跡に向かった。シーフ坑道を通り遺跡に到着する。遺跡の修復はかなり進んでいた。


 門番をしている犬人族に挨拶をして中に入る。転移門のある部屋に向かった。部屋の入口は扉を新しく付け替えてあり、その扉には錠前が掛かっていた。俺は持っている鍵を使って扉を開き中に入る。学校の教室二つ分ほどの広い空間に転移門だけが残っている。


「中の瓦礫は片付けたのね」

「苦労したんだ」

 この部屋のある二階テラス区だけは犬人族も入らないように言ってあるので、ほとんど俺と伊丹で瓦礫は片付けた。


 俺は転移門の傍に行き、次元転移陣の端に在る太陽のようなマークに触れ魔力を流し込んだ。


【地下アウルター源導管との接続を解除します。転移門から離れて下さい】


 頭の中に古代魔導帝国の言語であるエトワ語でアナウンスが響いた。

「あっ!」

 初めて聞いた薫が驚きの声を上げる。


 次の瞬間、転移門の金属盤が回転しながら上に上昇しカチリと音がして停止した。

 俺と伊丹で金属盤を持ち上げ、床にひっくり返して置いた。それに近付いた薫が、裏に刻まれている神意文字を読み取り頷いた。

「やっぱり、そうよ。前に話し合った通りだった」


 俺は計画通りに決行出来そうだと知りホッとした。薫は金属盤を調べながら。

「政府は、自衛隊に異世界側の転移門も管理させるのよね?」

 突然の薫の問いに、苦々しいものを感じながら応える。


「ああ、オークがリアルワールドに侵入した事件で、政治家連中は強烈な恐怖を覚えたようなんだ」

「それだったら、日本側に防護壁とか作ったらいいじゃない」


 薫の提案は政府でも検討されたが、異世界側も確保しなければ転移門が使えなくなると指摘され、自衛隊を駐留させる方向で決まったらしい。


「仕方ないか。ミコトの言う通りに実行しましょう」

 薫が納得したので、俺は持って来た荷物の中から小さな金属盤を取り出した。


 それは趙悠館で保管していた旧エヴァソン遺跡に有ったものだった。圧縮していた金属盤を元の大きさに戻した俺は、伊丹に手伝って貰い、地下アウルター源導管とか言う奴に取り付けた。

 金属盤は回転しながら元の位置に戻った。


 これから旧エヴァソン遺跡に有った金属盤が使えるかどうか試す事になる。金属盤の状態は念入りに調べたが破損した箇所は見当たらず、使える状態だというのは判っている。


 日本側の転移場所も金属盤の裏に相対座標で書かれていた。

「日本側に転移しないと正確な場所は判らないのでござるな?」


 伊丹の質問に薫が応える。

「大体の位置は判明しているんだけど、正確な位置は誤差も有るから特定出来ないのよ」

 伊丹が珍しく不安そうな表情をして尋ねた。


「安全なのでござろうか?」

「金属盤の構造は転移の位置情報とゲートマスターの情報以外は同じよ」

 それなら大丈夫なのかと伊丹も納得したようだ。


 金属盤を取り替えて正常に稼働するのかと言う点は、ここの金属盤を旧エヴァソン遺跡の地下アウルター源導管に取り付け実験し確認が取れている。


 転移門を起動させた後、素早く転移門から飛び離れ、代わりに捕まえておいた跳兎を放り込んだ。跳兎は無事に日本へ転移し警備していた自衛官により捕獲された。


 この実験は捕獲した魔物だけを転移させる実験として申請書を出していたので、自衛官たちは万全な体制で待ち構えていたようだ。


 因みに跳兎の強烈な蹴りを貰い自衛官二人が軽傷を負ったが、自衛隊の幹部から有意義な実験だったと評価された。


 その夜、三人はゲートマスターの情報がリセットされている転移門で日本に転移した。

 意識がはっきりした時、一番最初に目に入ったのが、ずらりと並んだパチンコの台だった。


「あれっ、ここは二ヶ月前に倒産したパチンコ屋じゃないか」

 大きな窓から見える風景に見覚えが有った。以前に住んでいた児童養護施設の近くに有るパチンコ屋だと判った。ここは客や従業員が突然気を失って倒れると言う噂が有り、地縛霊が居ると評判になった場所だった。


 日本は異世界と違い寒かった。季節は冬なのだ。下着姿の俺たちは従業員の着替え室に入り、何か着るものがないか探した。ロッカーの中に女性用のユニフォームと古ぼけたジャージが一着ずつ残っていた。


 薫はユニフォームを、伊丹がジャージを着る。俺はカーテンを外し身体に巻き付ける。

「このジャージ、少し臭うでござる」

 ジャージの臭いを嗅いだ伊丹が顔を顰めていた。


「これからどうするの?」

 薫が二人に尋ねた。転移先が特定出来なかったので、具体的な計画は立てていなかった。


「俺のアパートが近いからタクシーを拾って行こう」

 薫が足元を見る。もちろん裸足である。窓から外に出た三人は薄暗い夜道をタクシーが通りそうな道を探してトボトボと歩く。二〇分ほど歩いたところで、タクシーを拾いアパートへ向かった。


 タクシーの運転手には不審がられたが、アパートに到着した俺はタクシーの運転手に少し待って貰うように頼んでアパートへ向かった。


 アパートの鍵は郵便受けの側面にテープで貼り付けていた。その鍵でドアを開け中に入り、置いてあった現金を取ってタクシー代を支払った。部屋に入った三人はシャワーを浴び一息つく。


 薫と伊丹の着替えは予め用意していたスウェットの上下である。

 コタツに座って寛いで貰い、コーヒーを淹れる。


「あのパチンコ屋、カオルの方で買収出来るかな?」

「任せなさい。ちょっと高くても手に入れてみせる」


 実際、パチンコ屋の土地は高くはなかった。地縛霊が居ると言う噂が有ったからだ。建物は築十五年でまだまだ使えそうである。中のパチンコ台とかは産業廃棄物扱いだと処分するのに金が必要だろう。

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