第165話 新しい幻獣

 迷宮都市には消防士が存在しない。従って火事になった家は持ち主か近所の者が消火する事になる。だが、今回は街全体が火事なのだ。手の施しようがなかった。


 俺は燃え上がる街の様子を見ながら、ディンに消防団を作るように進言しようかと考えていた。太守館から衛兵を引き連れたラシュレ衛兵隊長が駆け付けたが、やれるのは避難誘導ぐらいしかなかった。


 警邏兵も来ていたが、貧民街へ通じる道路を封鎖し住民が中に入るのを禁止しているだけである。

 薫は倒れていた魔導師と幻獣概念コードが書かれている紙をラシュレ衛兵隊長に引き渡した。


「スコキスじゃないか」

 ラシュレ衛兵隊長は魔導師の顔を見て驚きの声を上げた。そこで初めて犯人が魔導師ギルドの支部長だと判った。俺は貧民街で戦った幻獣について説明する。


「そうすると、この火事の原因はスコキス支部長に有ると言うんだな」

「彼が気絶しているので確かめては居ませんが、おそらく」


 魔導師ギルドの支部長といえば、迷宮都市では名士である。そんな人物が街に火を放つなど考えられない。

 ラシュレ衛兵隊長は、何故スコキスが犯人だと考えたのか確かめた。


「彼が持っていた幻獣概念コードだけど欠陥品だった。これを召喚したのなら、幻獣が暴走した可能性が高いのよ」

 薫が意見を言うとラシュレ衛兵隊長は顔を顰める。


「幻獣の暴走……彼を太守館へ連行し尋問する。魔導師ギルドも調査しなくてはならんな」

 ラシュレ衛兵隊長はスコキスを部下の一人に連行させ太守館の地下に放り込むように命じた。俺を含めた全員が火事を消そうと奮闘した。そこら中でバケツリレーが始まり、燃えている建物を壊し延焼を防ごうとした。


 火事は一日燃え続けやっと消えた時、貧民街の六割が焼け落ちていた。幻獣に殺されるか焼け死んだ者の数は百数十人にも上り、死者を弔う為に教会の司祭が呼ばれた。


 多くの住民は住む家を失い、その数は千五百人を越え大問題となる。

 スコキス支部長は太守館の地下に幽閉され、騒ぎが収まった後に尋問する事になった。太守館のダルバルは動かせる人材を全て投入し、難民たちの支援に動いた。


 太守館に蓄積されている食料を元魔導寺院へ運び炊き出しを始めた。俺はハンターギルドに水牛や双剣鹿を仕留める依頼を出した。貧民街の住民に肉を提供する為である。


 避難場所となっている元魔導寺院の広い敷地を見回っていると、大勢の子供たちが集められている区画があった。俺は子供たちの世話をしている衛兵に尋ねた。


「この子供たちは?」

「親が死んだか行方不明になっている子供たちです」

 子供たちの年齢は二歳から十二歳ほどだろうか。薄汚れた身なりと暗い顔をしている。


 一人の子供が衛兵に近寄って来た。子供たちの中では大きい部類に入る少年だった。

「弟が怪我してるんだ。助けてよ」


 その少年は泣きそうな顔をして訴えた。俺と衛兵が少年に案内され弟の所へ行くと、地面に横たわっている五歳位の子供が居た。右足の太腿に血がべったりと付いている。


 怪我をしている子供は血を流しすぎたようで苦しそうに荒い息をしている。

 俺は伊丹を呼ぼうかと思ったが、どこかで『治癒回復の神紋』を使い怪我人の治療をしているはずだ。治癒系魔法薬を持っていたのを思い出し、自分で治療する事にした。


 俺は『魔力変現の神紋』の応用魔法である<洗浄ウォッシュ>で傷口を洗い調べた。長さ七センチほどの傷が有った。ポケットから治癒系魔法薬の瓶を取り出し、三分の一を傷口に振り掛け残りを子供に飲ませる。


 すぐに傷口が塞がる事はなかったが、息遣いが平常に戻り苦しそうだった表情が和らいだ。

「ありがとう、おじさん」

 怪我した子供の兄が礼を言う。


「おじさんじゃなくて、お兄さんね」

 俺の顔がちょっと怖かったのか。ビビりながら少年が頷いた。

 

「こんな所に居たのか」

 背後で声がして振り返るとダルバル爺さんが立っていた。太守であるディンはまだ王都から帰っておらず、ダルバル爺さんが陣頭指揮を取っている。


「この子供たちはどうなるんです?」

 ダルバル爺さんは集められた孤児たちを見て渋い顔をする。迷宮都市にも教会が運営する孤児院みたいなものが存在するが、どこも寄付金などを遣り繰りして細々ほそぼそと行っており、これだけの人数を引き取る余裕はないだろう。


 集まっている孤児となった子供たちを数えてみると十八人も居た。

「当分は避難所で生活させ、引き取り手を探すしかないな」

 ダルバル爺さんは冷静な声で言った。


「可哀想よ。何とかならないの?」

 薫が俺に尋ねる。俺としても何とかしたいけど。趙悠館に居る大人たちは仕事があり、これだけの子供の面倒を見る余裕はない。


 俺がそう言うと薫が溜息を吐いた。

「そんなの問題じゃない。ここに居る人たちの中から何人か雇えばいいでしょ」

「そうか」


 俺と薫は、ダルバル爺さんと話し合って趙悠館へ子供たちと大人の女性四人を連れて行く事にした。

「本当に良いのか。これは国王から迷宮都市を預かっている我々の役目なんだが」

 ダルバル爺さんが確認してきた。俺は頷く。


「俺も両親が居ないからね。あいつらの気持ちが判るんだ。それに俺自身も手伝いたいんだよ」

 俺は色んな人に助けられて生きて来た。今度は俺の番だという気持ちが強くなっていた。


 リカヤたちを呼び、難民の中から知り合いを紹介して貰い四人の女性をリクルートした。猫人族二人と人族二人は喜んで承知した。彼女たちにも手伝って貰い子供たちを趙悠館へ連れて来た。泣いている子供や呆然としている子供も居るが、俺たちの言う事を聞いてくれた。


 中には一人では歩けない幼児も居たが、そんな子供は抱きかかえて運ぶ。そして、なんとか趙悠館へ戻り趙悠館の空いている部屋に子供たちを入れ休ませた。

 その後、子供たちは趙悠館で育てられ、俺と伊丹、薫に鍛えられる事になる。


 魔導師ギルドの支部長は、厳しい尋問を受け全てを白状した。そのお陰で魔導師ギルドは大騒ぎとなった。そんな時に長老が迷宮都市に到着し、太守側と交渉する事になる。


 白髪の老紳士という感じの長老は、いきなり騒動の渦中に巻き込まれ、ダルバルと厳しい交渉を始めた。ダルバルは貧民街の復興に掛かる費用と怪我や死んだ者たちへの賠償金を払うように主張した。


 長老はスコキス個人が犯した過ちなので魔導師ギルドには一切関わりがないと主張したが、それが通るはずもなく、魔導師ギルドは膨大な賠償金を払う事になった。


 一方、日本に帰る日が迫った薫は、オリガの為に幻獣概念コードを書き上げた。参考にしたのは暴走した雷豹である。とは言え、豹のままではまずいので鳩にした。


 鳩にした理由は、日本の何処に現れても不思議でない事と姿が可愛いからである。護衛としての戦闘能力は雷撃とモルガート王子に贈った魔導剣に組み込んだ『烈風刃』の源紋を解析して組み立て直した『烈風撃』である。


 『烈風刃』ではなく『烈風撃』なのは、刃の形状に限定したものではなく、圧縮した空気をイメージした形状にして翼から撃ち出し敵を撃退するようにしたからだ。日本で使うには殺傷能力の高い攻撃魔法だと大騒ぎとなる。


 但し、雷撃は雷豹のものに匹敵する威力を持つようにした。異世界の魔物に遭遇した場合は、これくらいの威力がないと不安なのだ。


 ただ一つ問題なのはオリガが鳩を見た事がないと言う点だ。大体の形状は幻獣概念コードに記述されているのだが細部は召喚者のイメージ補正となる。


 薫は異世界で鳩に似た鳥を探し、ミバカラという鳥を見付けた。鳩と違い猛禽類で獰猛な性格をしているのだが、姿は似ていた。


 オリガはミバカラを見て可愛いと感じたようだ。オリガの記憶力は優秀な様で集中して頑張れば幻獣概念コードを記憶するのも可能だった。


 オリガが完全に幻獣概念コードを記憶したのを確認し、実際に幻獣召喚を試そうと言う事になった。俺と薫とオリガの三人で南の雑木林に向かい、ちょっと開けた空き地に到着する。


「準備は大丈夫?」

 薫がオリガに確認した。オリガは勢い良く頷く。

「まずは、サイトバードの召喚を解除するんだ」

 少しでも負担を軽くする為、俺はオリガに指示した。薫がオリガに新しい幻獣を召喚するよう言う。


 オリガは薫に教えられた通り自分の意識を精神の中に深く沈み込ませ、幻獣概念コードを精神空間に描き始める。その一つ一つのコードに魔力が込められていく。


 幻獣概念コードが完成した時、オリガの魔力が尽き掛けていた。

雷鳩召喚サンダーピジョン


 可愛らしい声でオリガが召喚のキーワードを告げる。その瞬間、目の前に雷球が生まれた。青白い火花を飛び散らせる球体は瞬く間にバスケットボールほどの大きさとなり、中に一羽の鳥が生まれた。

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