第163話 迷宮都市の魔導師ギルド

 ミコトたちが王都へ向かう直前、迷宮都市の魔導師ギルドで支部長をしているスコキスの所にある情報がもたらされた。迷宮都市の魔導師ギルドで行われている研究の成果を調査する為に、王都から魔導師ギルドの長老が訪れると言うのだ。


 スコキス支部長は自分の部屋で頭を抱えていた。このクラウザ支部の研究チームには六人の優秀な研究員が居て、日夜新しい応用魔法の研究をしている事になっている。


 その研究には本部から多額の援助金が支給されており、自由に使って良い事になっていた。

 スコキスはその援助金に目を付け、長年に渡り少しずつ着服していた。少なくなった研究資金は、研究員の質を落とし人件費を削る事で誤魔化していた。


 高額な賃金を払い優秀な魔導師を雇っていると帳簿上ではなっているが、実際は二流の魔導師を雇い低賃金で研究させているのだ。


 その結果、クラウザ支部の研究チームから大きな研究成果が上がらなくなったのは当然の帰結である。今回、その事に不信を抱いた本部が監査の為に長老を送り込んだ。


「畜生、何とか誤魔化さねば儂の首が危うくなる」

 本部には援助金を引き出す為に、もう少しで研究成果が形になると報告してあった。着服した金は本部の長老や派閥の主に賄賂として渡し、スコキス本人が本部の幹部として帰れるよう画策していた。


 本部の幹部になりさえすれば迷宮都市での不正を揉み消すのは簡単だと考えていた。だが、そうなる前に監査の為に長老が派遣されてしまった。


 スコキスは研究チームが作った報告書を流し読みしてみたが、長老に見せられそうな研究は無かった。


 スコキスは支部の全員から情報を集め、職員の一人から気になる話を聞いた。丸顔のぽっちゃりした女性職員が迷宮ギルドの受付嬢から聞いた情報で、勇者の迷宮で『宝珠の間』に入ったハンターが応用魔法が書かれた巻物を手に入れたと言うのだ。


「それが本当なら是が非でも手に入れなければ……」

 スコキスは部下の一人に詳しい情報を調査させた。その巻物を手に入れたハンターは『気炎の息吹』と言うパーティで酒をこよなく愛するベテランたちだった。


 そのパーティは王都のオークションに出品するつもりのようだが、それだとスコキスにとって都合が悪い。

「あいつにやらせるか」


 スコキスは付き合いのある魔導師に巻物を奪うように依頼しようと考えた。依頼する相手は悪い噂の有る魔導師で凶悪な応用魔法を操る男だ。


 翌日の夜、『気炎の息吹』パーティの四人の男たちが行き付けの飲み屋で思う存分酒を飲んで家に帰ろうとしていた。男たちの手には小さなカンテラが有り、その光を頼りに暗い道を進んでいる。


「ウイッ、オークションが待ち遠しいぜ」

「その巻物、幾らになるかな」

 パーティのリーダーらしい大男が、懐から大事そうに巻物を取り出しニヤついた顔で見る。


「ガッハハ……こいつが大金に化けるんだ。金持ちになったら何をする?」

「俺は店一軒貸し切りにして夜通し飲んでやるぜ。もちろん美女をはべらせてだ」

「おう、そいつはいいね」


 千鳥足の男たちが人通りの少ない空き地の多い場所に差し掛かった時、いきなり大人の腕ほども有る氷柱つららが男たちを襲った。『凍牙氷陣の神紋』の応用魔法の一つ<氷槍アイススピア>である。


「うげっ!」

 先頭を歩いていた背の低い男が胸を貫かれ倒れた。

「うわっ、誰だ!」


 他の三人がカンテラを地面に置き慌てて武器を抜いた。大男のリーダーは戦斧、他の二人は剣である。最初に死んだ男は魔導師だったようだ。


 男たちは敵を探し視線をあちこちに飛ばす。そこへ二撃目が飛んで来た。リーダーが戦斧で氷柱を叩き落とす。

「出て来い。卑怯者!」


 リーダーが吠えるように叫ぶ。剣士の一人が敵を見付けたらしく投げナイフを物陰に飛ばした。飛翔したナイフはキィンと言う澄んだ音を立てて叩き落とされた。


 空き地に置かれている壊れた物置の陰からひょろりとした男が出て来た。男は王都で事件を起こし迷宮都市まで逃げて来たユバリスと言う名の魔導師だった。


「知らねえ顔だな。どういうつもりだ?」

 リーダーが問い詰めると薄笑いを浮かべたユバリスがかすれた声で応える。


「懐に仕舞った巻物を渡せ。そうしたら見逃してやる」

 それを聞いたリーダーは目を吊り上げ激怒した。

「この糞野郎が!」


 リーダーは戦斧を振り上げユバリスに襲い掛かった。ユバリスは冷静に対処した。手に持つ金属製の鞭を振りリーダーの手首に巻き付かせた。次の瞬間、金属製の鞭に雷撃が走りリーダーを感電させる。

 ユバリスは『雷火槍刃の神紋』も授かっており基本魔法の<発雷サンダー>を発動したのだ。


 生き残った二人のハンターは腰が引けていた。その隙に襲撃者が呪文を唱える。


「ダリアルヴァ・ベロニケス・ビルギラント……<雷槍雨サンダースピアレイン>」


 呪文に気付いた二人がユバリスに斬り掛かろうとしたが、魔法の方が早かった。二人の頭上に数本の稲妻が降り注いだ。稲妻に撃たれた二人は即死していたが、鞭で感電したリーダーは生きていた。

 地面に横たわる大男に歩み寄ったユバリスは懐から巻物を取り上げ、ナイフで止めを刺した。


 四人を殺したユバリスは魔導師ギルドを訪れ、待っていたスコキスに巻物を手渡した。

「ご苦労。さすが《さすが》だな」

 スコキスは巻物の報酬として金貨の入った袋をユバリスに渡す。


「確かに……そうだ、一つ忠告してやる。巻物の中身は危険な魔法だぜ。気を付けるんだな」

 そう言うとユバリスは去った。残ったスコキスは巻物を机の上に広げ調べ始める。


 巻物に記されていた応用魔法は三つ。『魔導眼の神紋』『幻獣召喚の神紋』『紅炎爆火の神紋』の応用魔法であった。


 スコキスは三枚の紙に巻物に書かれている三つの応用魔法を書き写し、それぞれを別の研究員に大至急で調べるように命じた。じりじりと待ちながら三日が経過し調査結果を研究員に報告させた。


 『魔導眼の神紋』の応用魔法を調査した研究員の報告では、物体の発する熱を感知する魔法で暗闇でも見えるようになるらしい。ただ、この応用魔法は既に魔導師ギルドに登録されているものなのでそれほど価値はない。


 『紅炎爆火の神紋』の応用魔法は花火だった。夜空に打ち上げ綺麗な花の形を炎で再現する魔法であり、今まで知られていないものだった。


「この応用魔法に使われている炎の制御方式は新しいものです。大発見です」

 研究員は興奮しているが、スコキスはガッカリした。本部から支給された研究費を花火などという見世物を研究する為に使ったとは言えなかった。


 最後に残った『幻獣召喚の神紋』に期待するしかないとスコキスは思った。

「ここに書かれている幻獣概念コードを調査した処、四足動物型の幻獣だと判明しました」

 スコキスが片眉を上げ、報告している研究員を睨み付ける。


「あやふやな報告だな。四足動物とは何だ……狼かウサギか、それとも熊なのか」

 研究員は焦ったように報告を続けた。


「はっきりさせるには時間が必要で……ほ、他に判った事があります」

「何だ?」

「この幻獣は雷を自在に操るんです」


 スコキスの顔に笑みが浮かぶ、賭けに勝ったと思った。迷宮や遺跡から巻物などの遺物が偶に発見される事がある。それらの中で応用魔法が記された巻物には当たり外れが有る。


 既に魔導師ギルドに登録されている応用魔法が記されていた場合、巻物の価値は魔導師ギルドが一般に応用魔法を販売している価値と同等になる。また、一般に販売していない応用魔法だと少し高価になるが、魔導師ギルドの支部長にとっては価値が無い。


 最後に全く知られていない応用魔法が記されていた場合のみ大金に化ける。『気炎の息吹』のパーティが期待していたのは、この場合だ。だが、期待していただけで本当の処は判らなかったはずだ。


 調べるには魔導師ギルドに調査を依頼するしかないが、そうすると応用魔法の中身をギルドに知られ、巻物の価値を下げる結果となる。魔導師ギルドが知らない応用魔法だから価値があるのに、ギルドの職員に調査を依頼するハンターはいない。

 因みにオークションでは応用魔法の一部を隠し、信用のある鑑定人に調べさせるので安心である。


 スコキス自身『幻獣召喚の神紋』を授かっているので魔導師ギルドに登録されている幻獣は記憶にある。彼は雷を自在に操る幻獣の存在を知らなかった。


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