第162話 迷宮都市の新産業

 オリガの眼の代わりをする幻獣『サイトバード』を創り出した薫は、その日からオリガを護衛する幻獣を創り出そうと研究を始めた。


 目標とする幻獣の条件をオリガと話しながら決めた。一つ目の条件は『可愛い幻獣』である。オリガの要望なので承知した。


 二つ目の条件はリアルワールドで召喚しても目立たない事だ。リアルワールドで召喚する場合もあると考え条件にした。


 三つ目はポーン級の魔物程度なら一撃で倒せるほど強い事だ。俺はワイバーンでも倒せるような幻獣をと主張したが無理らしい。


 理由は薫が説明してくれた。

「幻獣を初めて召喚する時は膨大な魔力が必要なの。サイトバードを召喚した時はオリガの魔力の三割が必要だった。強力な幻獣を召喚するには魔力が足りない。それに強力な幻獣ほど幻獣の設計図と言える『幻獣概念コード』は複雑になり、それを完璧に記憶するのは難しくなるの」


 初めての幻獣を召喚する時、幻獣概念コードを構成する神意文字の一つずつに魔力を込めながら、頭の中で幻獣のイメージを構築する必要があり、強力な幻獣の創出には膨大な魔力と長大な幻獣概念コードを正確に記憶する能力が必要なようだ。


「二度目の召喚からは、一割程度の魔力で大丈夫なんだけどね」

 一度召喚した幻獣の幻獣概念コードは、術者の精神に存在する『幻獣召喚の神紋』に刻まれるので、再召喚は簡単になるらしい。

 オリガの魔力で召喚出来る強力な幻獣を考え出すには時間が掛かりそうだった。


 幻獣に関しては薫に任せ、俺はカリス親方と一緒に太守館へ向かった。ダルバル爺さんに面会を求めるとちょっと怒った感じのダルバルが現れた。場所は太守館の応接室である。


「ミコト、王家と取引したそうだな」

 どうやら勝手に王家と取引したのが気に喰わないようだ。ディンから連絡が有り知ったのだろう。俺が王家と取引することになった経緯を詳しく説明する。


「簡易魔導核が四〇〇個か。大きな取引だ。迷宮都市の魔道具職人を掻き集めねばならんな」

 ダルバル爺さんと打ち合わせを行い簡易魔導核の件は何とか目処めどがたった。


「さて、問題は魔導飛行バギーだ。宰相に相当値切られたようだな」

「ええ、宰相には様々な短所を指摘されましたよ」


「まさか、浮遊馬車並みの値段を提示したんじゃないだろうな」

 浮遊馬車の価格が高いのは魔導先進国が輸出税を課しているのも一因である。


「宰相と値段交渉する時に最初に言われましたよ。浮遊馬車並みの金額を提示する気なら、その分税を課すとね」

「ふん、クロムウィードの奴は魔導先進国のやり方に腹を立てておったからな」


 魔導先進国は先進技術を含んだ製品を外国へ売る場合、高額な税金を課し膨大な利益を得ている。それを知っている宰相は苦々しく思っていたようだ。


 それに加え、宰相が魔導飛行バギーを安く流通させようと思っているのには、ある思惑があった。魔導後進国の中でも魔導先進国と同じ水準の新しい製品を創り出した職人は何人か存在した。魔導先進国が支配している聖域に飛び込んできた新参者である。


 その製品に気付いた魔導先進国は類似の製品を大量に生産し安く輸出する。結果として、新しい製品を作り出した者が潰れる。後に高額の税を課し利益を享受きょうじゅする。


 その事を知っている宰相は新参者が犯す間違いを分析し悟った。折角開発した製品なのだからと魔導先進国並みに高額で売り出す事である。


 同じ製品を生産可能なら人件費の安い魔導後進国の方が安く生産出来る。それを活かし安く売り出すのが新産業を根付かせる方法だと宰相は考えていた。


「魔導飛行バギーと同じものを魔導先進国でも生産可能か?」

 国王が尋ねた同じ質問をダルバル爺さんも訊いた。

「同じものは無理です」


「同じようなものは可能なのか?」

 俺は少し考え可能だと答えた。物を浮かせる技術と魔光石から魔力を取り出す技術は魔導先進国に有るのだ。


 魔導推進器については類似のものは存在するので、魔導飛行バギーを参考にすれば真似て作る事は可能だろう。

 この世界に特許制度は存在しない。他人に知られたくない技術は隠すしかない。


「最初は金貨二〇〇〇枚と提示したんですが、無茶苦茶値切られました」

 俺は魔導飛行バギーの短所を指摘する宰相の姿を思い出した。


 宰相は魔導飛行バギーが風向きや天候に弱いと指摘した。向かい風に弱く、雨の中で飛ばすのは難しいと言う点である。


 次に指摘したのは燃費の問題である。浮力の発生も推進力も魔力に依っている魔導飛行バギーは魔光石を大量に消費する。


 ほとんどの浮遊馬車は馬に曳かせているので、魔導飛行バギーほど燃費は悪くない。その点を宰相に指摘され値切られた。魔導推進器の燃費の問題に関しては今後研究を進め改善される予定だが、現在においては宰相の指摘は的確だった。


 話を聞いていたダルバル爺さんは魔力供給装置と魔光石に興味を持った。

「なるほど、魔光石とは思っていた以上に重要なものなのだな」


 俺としては、魔光石の軍事利用の方が問題だと思うが、魔光石を大量に消費する魔導飛行バギーの普及で魔光石が産出する迷宮の存在が重要になると考えたようだ。


「カリス親方、ミコトが月に一台魔導飛行バギーを生産すると約束した。可能なのか?」

 親方は「大丈夫だ」と請け負った。


「しかし、将来的には生産台数を増やすんじゃねえのか。そうなるとカリス工房では……」

 カリス工房は小さな工房である。同時に何台も作れるようなスペースはない。ダルバル爺さんも難しい顔になった。


「魔導飛行バギー専用の工房を立ち上げた方が良いのか?」

 俺が呟くように言うとダルバル爺さんとカリス親方も賛成した。

「新工房を立ち上げるのは賛成する。だが、部品は他の工房に発注するのがいいかもしれん」


 迷宮都市には多くの工房が在るが、ほとんどは親方と弟子二、三人だけの零細である。ダルバルは迷宮都市の工房地帯を発展させたいと考えていたが、その起爆剤となるものが見付からなかった。

 そこに魔導飛行バギー生産の話である。ダルバルは利用しない手はないと考える。


 ダルバル爺さんが張り切り始めた。

「新工房か、土地は出来るだけ広い方がいいな」

「ちょっと待って、部品は他の工房に頼むんだろ。腕の良い職人が四、五人居る普通の工房でいいんじゃないのか」


 俺が慌てて止めるとダルバル爺さんが首を振る。

「初めはそうかもしれんが、こいつは必ず成功する。将来を見据え広い土地を手に入れた方がいい」


 俺はダルバル爺さんの勢いに押され了承した。

「後は新工房の製造責任者が必要か」

 俺の言葉を聞いたダルバル爺さんがカリス親方に問い掛けた。


「製造責任者は、カリス親方がなるしかないだろ。経理は知り合いを手配するから心配するな」

 カリス親方が渋い顔をする。親方は根っからの職人で責任者と言う肩書きは嫌いだった。


「工房の主はミコトがなるんだろうな」

 ダルバル爺さんがもちろんだと言うように頷いた。俺は名前だけの工房主になりそうだと自覚している。


「ミコトは本名を使わん方がいいかもしれんな」

 魔導飛行バギーの専用工房の主がミコトだと知れると膨大な利益を上げる人物として狙われる危険があるとダルバル爺さんは思ったようだ。そこで工房主として『カーヴェス』と言う偽名を使うように勧められた。


「カーヴェス?」

 俺が戸惑っているとカーヴェスと言う名について教えてくれた。ダルバル爺さんの家、ゴゼバル伯爵家の血族で今は絶えた傍系の家名らしい。


「名前なんかどうでもいいけど、俺にしか作れない素材や部品が有るから工房に出入りする事になるだろ。怪しまれないか」


「カリス親方に雇われているハンターと言う事にすればよい。後はカリス親方が指導してくれ」

 ダルバル爺さんの言葉にカリス親方は頷く。

「仕方ねえ、面倒見てやるよ。その代わり高い給金を貰うぞ」


 この瞬間、迷宮都市で新産業が芽吹き伸び始めた。王家に納めた魔導飛行バギーは、遠方に領地がある貴族を中心に売れ始める。但し最初の一台は軍事利用を研究する為にモルガート王子が手に入れ、二台目はダルバル爺さんが手に入れた。


 後に魔導先進国も魔導飛行バギーの存在を知るが、この手の商品にしては格安で売っているので、類似品の生産を躊躇ためらい様子を窺っている。


 もし浮遊馬車並みに高額な価格設定であったら、間違いなく類似した製品を量産しミコトたちを潰そうとしただろう。宰相に値切られた事が、結果的にさいわいした。


 魔光石を使った魔力供給装置についてはダルバル爺さんと相談し、魔導先進国のものより安く販売することにした。それでもかなりの利益が出る予定である。


 この魔力供給装置は数年後に量産小型化に成功し様々な所で利用されるようになり、一大産業として発展する。


 俺は魔導飛行バギーに使われている技術が、王家が所有する土地で発見されたらしいと言う噂を広めた。迷宮は国が管理しているので全くの嘘ではない。


 魔導飛行バギーは王家が独占販売権を握っているので、王家が技術も手に入れていると魔導先進国は勘違いした。王家が技術も持っていると信じられている限り、迷宮都市の工房を潰しても意味が無い。しかも部品は迷宮都市の数多くの工房に分散して作られている。


 魔導飛行バギーに興味を持った魔導先進国は開発者だと言われるカーヴェスについても調査を始めるが、迷宮都市でも謎の人物となっており、調査は中々進まなかった。


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