第161話 国王の思惑

 俺一人だけディンに案内され城へと向かった。

 エクサバル城の巨大な城門を抜け、堅牢な石造りの城に入ると広いエントランスホールが有った。彫刻された柱が何本も高い天井まで伸びており、それなりに豪華な城である。ただベルサイユ宮殿のような綺羅びやかな感じではない。


 迎えに出て来た衛士が国王と会う謁見室に案内した。四階の中央にある謁見室に入り待っていると国王陛下とモルガート王子、それに宰相クロムウィード侯爵が入室した。


 俺は習った通り片膝を突き頭を垂れた。

おもてを上げよ。余がウラガル二世である」

 シュマルディン王子が俺の紹介をしてくれた。その間黙ってジッとしていたが、儀礼的な決まり事が終わった後、会議室の方へ移動した。


「酒はないが、無礼講と言う事にする。ミコトもくつろぐが良い」

 俺は会議室にある椅子に座り、テーブルの正面に座っている国王陛下を観察した。背は低いがガッシリした体格で白いものが混じった口髭と額の中央に有るホクロが印象的だった。


「そちを呼び出したのは、モルガートから聞いた簡易魔導核についてである」

 俺は呼び出された理由は簡易魔導核か魔導飛行バギーについてだと予想していたので、やはりと思った。


 痩せたサンタクロースのようなクロムウィード宰相が俺に問い掛けた。

「簡易魔導核を開発したのはミコト殿だと聞いているが本当か?」

 実際の開発の中心は薫だったが、対外的には開発者は俺だという事にしている。


「そうです。簡易魔導核がどうかしましたか?」

「画期的な発明だと儂は思っておる。しかし、何故その独占使用権をシュマルディン王子に与えた?」

 俺はニコリと笑いディンを見た。


「簡易魔導核が有れば安価な魔導武器が製造可能です。重要な発明なので秘密にして置きたかったのですが、戦争蟻の襲撃を撃退する為必要に迫られ信用の置けるシュマルディン王子に預けました」

 宰相は値踏みするようにシュマルディン王子を見てから「なるほど」と言うように頷いた。


「シュマルディン、モルガートやオラツェルに大量に売ったそうだな?」

 国王がディンに尋ねた。

「はい、何に使うのかは存じませんがお売りしました」


「そうか。モルガート、理由を教えてくれ」

 モルガート王子が国王に顔を向け答える。

「魔導先進国の動きに不穏なものがあり、もしもの時に備え交易都市ミュムルの防備を強化しようと考えております」


 弟のオラツェル王子に対抗し魔導武器を揃えようとしたとは言えず、モルガート王子はそう答えた。

「そうか」

 国王の顔に影が差し、宰相も顔を強張らせる。魔導先進国の動きは由々しき問題なのだ。国王は沈痛な表情で少し考えた末、ディンに尋ねる。


「シュマルディン、簡易魔導核四〇〇個を揃えるにはどれほど掛かる?」

「四〇〇個ですか……ミコト、どう?」

 俺は頭の中で計算し答えを出した。


「二ヶ月です。ですが、簡易魔導核だけあっても魔導武器は作れません」

「判っておる。源紋を秘めている魔物の部位は全国から集めさせる」


 モルガート王子が慌てたように問う。

「何故です?」

 国王は宰相に目で合図し代わりに答えさせる。


「魔導武器が一〇〇では全く足りんのですよ。魔導先進国の中で侵攻を企てる恐れのある国はミスカル公国でしょう。予想兵力は二万五千、交易都市のボッシュ砦に駐留している兵を考慮すると王都から援軍を送るまで持ち堪えるには魔導武器を装備した大隊規模の部隊が必要だと軍では試算している」


 俺とディンは簡易魔導核四〇〇個を用意すると国王と約束した。俺はホッとして肩の力を抜いた時、不意打ちのような発言がモルガート王子から発せられた。

「ミコト、珍しい乗り物を所有しているようだな」


 ディンがバレたと言う顔をして俺の方を見た。マルケス学院の生徒たちを助けた帰りにディンに魔導飛行バギーの事は吹聴しないよう頼んだのだが無駄だったようだ。きっと学院の生徒たちが知らせたのだろう。

 国王と宰相は知らなかったようで何事かという顔をしている。


 俺は誤魔化す事も出来ず正直に頷き。

「はい、魔導飛行バギーと言う乗り物を開発しました」

「浮遊馬車の一種だと聞いたが本当か?」


 浮遊馬車と聞いて、国王と宰相も興味を持ち始める。

「浮遊馬車ほど大きくはなく、三人乗りです」

「馬なしで動き、凄い速さで移動するそうだな。私に見せてくれ」


 宰相が口を挟む。

「近衛兵の練兵場で見せて貰いましょう」

 国王が頷き「それが良かろう」とか言っている。


 俺とディンは魔導飛行バギーを取りに宿に戻った。車庫から出しエクサバル城まで行き近衛兵や城で働く官僚たちに注目されながら練兵場に乗り入れた。


 練兵場は直径五〇〇メートル程の広大なもので、ここなら魔導飛行バギーを十分な速さまで加速可能だった。

「これは奇妙な乗り物ですな」

 魔導飛行バギーを一目見た宰相が声を上げた。国王とモルガート王子は食い入るように見ている。


「それでは飛行を開始します」

 俺は魔導飛行バギーを三メートルほど浮かせ魔導推進器の推進レバーを引く。

「こいつは速度が上がるまで時間が掛かります。ですが一旦速度が上がると……」


 歩くような速さだった魔導飛行バギーが加速し時速三〇キロまで達した。その速度で練兵場の周囲を回る。三周回って国王の所へ戻った。


「あれが最高速度なのか?」

 モルガート王子の問いにディンが応える。

「いえ、真っ直ぐに飛ぶ時は、あの倍くらいは速くなります」

「なるほど。素晴らしい。しかし何故、あの形に?」

 ディンが俺の方に視線を向ける。

「最初に作った浮力発生装置の浮力を考慮して作ったのが魔導飛行バギーなんです。それに浮遊馬車を浮かせるほど浮力発生装置を大型化すると不安定になるのが判っています」


 魔導飛行バギーを完成させた後、カリス親方に頼まれ大型の浮力発生装置を製作してみたのだが、何故か上手く作動しなかった。


 俺が答えるとモルガート王子が少し考え。

「その浮力発生装置を幾つか使えば浮遊馬車も大丈夫だろ」

 もちろん可能だった。だが、燃費が悪くなり製造原価も跳ね上がる。それを説明するとモルガート王子は納得する。


 その受け答えを聞いた国王は宰相と相談を始めた。モルガート王子が試乗させろというので、後ろの席に乗せ飛ばす。モルガート王子はかなり気に入ったようだ。


 試乗が終わり、元の場所に戻った俺たちに、国王が話を切り出した。

「これは魔導先進国から輸入した部品を使っておるのか?」

 俺は「いいえ」と答えた。宰相がくわっと目を見開き。


「……浮遊馬車の技術をどうやって手に入れたのだ?」

 俺は国王や宰相が勘違いしているのに気付いた。俺たちが魔導先進国から技術を盗み開発したのだと考えているらしい。


「この魔導飛行バギーに使われている技術は迷宮で発見したものです」

 国王と宰相がまたも深刻な顔をして相談を始めた。内緒話をしているようだが、漏れ聞こえてくる。


「それならカザイル王国……非難される恐れは……」

「……数を揃え……軍で使えますぞ」

「……いや、それは魔導先進国を刺激する事に……」

「魔導武器の製造も極秘裏に……」


 聞いちゃいけない情報が聞こえて来た。宰相が俺の方に顔を向けた。

「これの製造技術を国に譲渡する気はないかね?」

「その気は有りません」


 俺はきっぱり拒否した。それを聞いたモルガート王子が顔色を変えた。

「貴様、何故拒否する。国の為に尽くすのが民の勤めであろう」

「よさぬか、モルガート。まずは理由を聞いてからだ」

 国王がモルガート王子を諌め、俺に理由を言うように促した。


「魔導飛行バギーの基幹部品には複雑な構造をしている部品が有り、それは俺……私しか作れません」

 俺の『魔力変現の神紋』は『錬法変現の神紋』に改造済みである。この神紋の応用魔法として<精密形成プレシジョンモデリング>と言う魔法を薫が開発し、俺に教えてくれた。


 <精密形成プレシジョンモデリング>は、魔法薬の調薬に必要なリアルワールドの器具やちょっとした機械を作るのに利用可能な魔法はないかと薫に相談し開発して貰ったものだ。


 それは俺が期待した以上に便利で魔導飛行バギーの精密な部品を作製するのにも役立った。知る限りでは満足な加工機械が無い異世界で唯一複雑な形状を持つ部品を製作する方法である。


 因みにカリス親方も自分たちで製作出来ないか試行錯誤したが無理だった。今後も研究し作れるようになってみせると親方は言っているが、何年か掛かりそうだ。


「それは知識の問題か、それとも技術の問題か?」

 宰相が的確な質問をする。知識の問題なら知識を買えばいいが、技術の問題ならば他の人物に習得させるのに時間が掛る。


「特別な神紋の応用魔法を用いる技術です」

 宰相が悔しそうな顔をする。知識なら無理矢理にでも取り上げ国のものに出来たのだが、技術は開発者本人の協力が必須だ。


「更にもう一つ理由があります。国に技術を買い取って貰った場合、開発者である我々が受け取ったであろう正当な利益を受け取れない可能性があるからです」


 宰相が僅かに顔を顰める。国が技術を買い取る場合、幾つかの前例に従い買取額は決められる。これまでの前例で言えば最高額が金貨五〇〇枚である。そんな金額では目の前の相手は承知しないだろう。


 浮遊馬車の価格は金貨数千枚である。中古の古い型なら金貨二五〇〇枚程度で売りに出される時もあるが、そんな時は奪い合いという状況になる。


 魔導飛行バギーは浮遊馬車に匹敵する商品で、その製造技術を正当に評価すれば、少なくとも金貨数万枚の金額を払わねばならない。


 そんな大金を支出するには議会の承認が必要で、貴族たちが賛成するか判らない。宰相自身の価値観で試算すると金貨数万枚でも安いと思うのだが……。


 モルガート王子が口を挟む。

「その技術は国にとって大事なのだ。それが判らんのか」

「モルガート殿下、発明者や開発者が正当な報酬を得るのは国の為にもなります。大きな利益が手に入ると判れば多くの者が新しい技術を開発しようと思うでしょう」


「国が正当に評価しないと思っているようだが、王家は吝嗇家ケチではない」

 俺は正当な評価と言う言葉に疑問を持った。


 国王が落ち着いた声で話し掛けた。

「どうだろう……製造はすべて任せるから、独占販売権を国に委託して欲しい」

「陛下、製造技術は諦めるのですか」

 モルガート王子が国王に確認する。


「仕方なかろう。この者は特別な神紋を使って一部の部品を製造していると言っておる。無理に聞き出しても技術を習得出来るとは限らん」


「しかし、軍でも有用な技術です。他国が手に入れれば大変な事に」

 宰相がモルガート王子に顔を向け首を振る。

「モルガート殿下、当面の敵は魔導先進国です。魔導飛行船を作れる国なのですぞ」


 既に魔導飛行船の技術を持つ先進国が、同タイプの技術を手に入れても軍事バランスに影響は少ないと宰相は考えている。ただ高速の小型飛行船は開発されるだろうと覚悟している。


 国王が俺の方に向き質問する。

「この乗り物が他国に渡った場合、その製造技術を知られる可能性は?」

「無理です。現物を分析しても浮力発生装置や魔力供給装置の製造技術までは判りません」

 国王が満足そうに頷いた。


 魔導飛行バギーは迷宮都市で製造し王都で販売する事になった。但し初年度に製造するのは月に一台である。それくらいなら案内人としての活動に支障はないと考えたのだ。

 その後、俺は宰相と細かな打ち合わせと値段交渉を行い宿に帰った。


 『陽だまり亭』に戻った俺は、城で起きた出来事を薫に説明した。

「結局、国が魔導飛行バギーを独占するのね」

「仕方ないさ、権力者に逆らって良いことはない。それに魔導飛行バギーが普及すれば俺たちが乗り回しても目立たなくなる」


「国にいくらで売るの?」

 俺はちょっと悔しそうな顔をする。宰相と値段交渉したのだが、思いっきり値切られた。魔導飛行バギーの製造原価は貴族仕様にすると金貨八〇〇枚ほどになる。貴族仕様は少し大型化し座席を大きく、部品の一つ一つを高級な物に変えたバージョンである。


 宰相は技術に詳しい技術官僚を呼び、魔導飛行バギーの構造を調べ上げ大体の原価を計算させた。もちろん、魔力供給装置と浮力発生装置の原価は計算出来なかったが、およそ金貨一〇〇〇枚ほどと試算した。


 その製造原価を元に宰相は交渉し、一台金貨一三〇〇枚に値切った。俺としては金貨二〇〇〇枚くらいで売って大儲けと考えていたのだが無念である。こういう交渉は宰相の方が上だったのだ。経験不足の俺では太刀打ちできなかった。


「魔導飛行バギーには、三人しか乗れないという点を指摘されて、値切られた」

 薫が苦笑した。

「それでも一台売ると、金貨数百枚の儲けでしょ」


 俺が製造するのは、魔力供給装置と浮力発生装置だけで、残りは地元の職人に任せる事になる。それで金貨数百枚が儲かるのだから、欲張るなと言う。


 今度こそ本当に王都での用が済んだので、迷宮都市に向け旅立った。途中一泊し迷宮都市に到着したのは翌々日の夕方になった。趙悠館では伊丹とアカネが迎えてくれた。


「王都はどうでござった?」

「賑やかだった。それに劇場も在ったのよ」

 薫は王都の劇場で見た芝居の話をした。オリガもぼんやりであるが芝居を見て楽しみ、その事を伊丹やアカネに話す。


「すっごく面白かったんだよ」

「私も行きたかった」

 アカネが羨ましがった。次に王都へ行く時はアカネも連れて行こう。


 通常の日常が戻り、薫はオリガの為に幻獣の研究を始めた。最初に作り上げた幻獣はリアルワールドのハチドリを模倣した幻獣だった。


 ハチドリはミツバチのように花の蜜を求めブンブンと飛び回る全長六センチの世界最小の鳥である。『サイトバード』と名付けられた幻獣は、鋭い視覚を持っており、オリガのヘアバンドに止まり眼の代わりをする。


 普段はジッとしているのでヘアバンドに付属する飾りのように見えるが、単独で飛び回り危険な場所への偵察も可能だった。


 オリガが初めてサイトバードを召喚し<感覚接続センスコネクト>で視覚を接続した時、オリガの眼から涙が零れた。

「見える……はっきり見えるよ」

 オリガはサイトバードを考えてくれた薫に抱き付いて感謝した。


「良かったな」

 俺が声を掛けるとオリガは泣きながら何度も頷いた。薫は誇らしげに笑いオリガの頭をなでてから告げた。

「次はオリガちゃんを護衛する幻獣を作るからね」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る