第160話 救援活動 2

「ジェスバル先生ですね。シュマルディン王子に頼まれて助けに来ました」

 ミゼルカはハンターらしい少女の驚異的な身体能力に驚いた。幼女を抱いたまま岩壁を上がって来れるとは尋常ではない。


「他は居ないのか?」

 先生が薫に尋ねた。歩兵蟻二〇匹を相手にするには人数が少ないと考えたのだろう。

「これくらいの魔物なら二人で十分ですよ」

 自信たっぷりに言い放った薫は笑顔で生徒たちを見回した。


 その言葉を聞いたポルメオスが、突然怒り始めた。ポルメオスは大柄な少年でどことなくモルガート王子に似ている。


「シュマルディンの奴、何を考えているんだ。こんな子連れのハンターなんか連れて来て」

 子連れなのは事実だが、失礼な奴だ。薫はポルメオスを観察すると怯えているのが判った。顔が強張こわばり僅かに指先が震えている。


「安心して、私たちはそこそこ有能なハンターよ。歩兵蟻程度は軽く片付けてみせる」

 ポルメオスが睨むように薫を見る。怯えている生徒たちを落ち着かせようと言ったのだが、若干一名だけ反感を持たれたようだ。


「女の癖に大口を叩くな。お前らなんかに歩兵蟻の群れが倒せるもんか」

 薫は下の方を指差し。

「何匹かは既に倒しているじゃない」


 ミコトとディンの<缶爆マジックボム>で二匹の歩兵蟻が死に、他に三匹ほど足の何本かを吹き飛ばされている。ポルメオスは歩兵蟻の群れを指差し。


「まだまだ一杯居る。どうするんだ」

「大丈夫よ。彼らを見ていなさい」

 薫は下で戦っている二人に視線を向けた。


 兵隊蟻に追われる俺たちは目まぐるしい戦いを繰り広げていた。五芒星躯豪術を駆使する俺はカンフー映画に出て来る主人公並の動きで兵隊蟻の攻撃を躱し、隙を見つけては追って来る兵隊蟻に邪爪鉈を叩き込む。


「蟻退治は久し振りだ。作戦通りに誘導するぞ」

 俺はディンに声を掛け、歩兵蟻の注意を引き付けようと邪爪鉈を振るう。

 五芒星躯豪術で集めた大量の魔力を流し込んだ邪爪鉈は紅い光輝を放ち妖しく脈動しているように見えた。この状態になった邪爪鉈は鋼鉄の盾であっても斬り裂く威力を持ち、歩兵蟻の頑強な外殻も一撃で斬り裂く。


 ディンは間近で見るミコトの武威に畏怖した。近付いて来た歩兵蟻が襲い掛かろうとする瞬間、凄まじい一撃を蟻の頭に叩き込み撃退している。


「わっ、凄い。また一匹歩兵蟻を倒した」

 薫の隣でミコトたちの戦いを見ていた女子生徒が感嘆の声を上げた。ミコトたちは一旦離れた歩兵蟻の群れをもう一度岩山の方へと誘導していた。


「オリガちゃん、お姉ちゃんも戦うからここに居てね」

「うん、頑張ってね」

 ミコトたちの様子を見ていた薫は、抱いていたオリガを地面に下ろし右手の人差指を歩兵蟻に向けると精神を集中する。

 ミコトとディンが歩兵蟻を誘導し薫が居る洞穴の前を横切った。


 薫の指先に小さな溶岩弾が召喚され光の線となって飛翔し歩兵蟻に命中した。ビー玉ほどの大きさの溶岩弾が歩兵蟻の外殻に減り込み爆発する。


 それを見ていたジェスバル先生と生徒たちが驚きの余り声を失う。生徒たちと同年代らしい少女が一撃で歩兵蟻を仕留める攻撃魔法を持っているとは思わなかったのだ。


「<炎弾フレームスフィア>に似てるけど威力が桁違い。先生、何の神紋です?」

 ミゼルカの友人ロザリーがジェスバル先生に尋ねた。

「私にも判らんよ。彼女は呪文を唱えていない。そうなると基本魔法のはずなんだが」


 薫は目の前を歩兵蟻が横切る間に六度<崩岩弾クランブルロックブリット>を放った。その魔法攻撃により歩兵蟻の数は七匹にまで減少する。薫は魔法攻撃を止めた。


「何故止めるんだ。もうちょっとで全滅させられただろ」

 お前なんかには歩兵蟻は倒せないとか言っていたポルメオスが勝手な事を言っている。

「ポルメオス君、失礼だろ。専門家の彼女に任そうじゃないか」


 ジェスバル先生とポルメオスが会話している間に、俺とディンは逃げるのを止め反撃を開始していた。ディンは傷付いていいる二匹の歩兵蟻を相手に戦い始め、俺は残りの歩兵蟻に向かって行く。


 五芒星躯豪術で強化した足で地面を蹴ると土煙が上がり、俺の身体が弾丸のような勢いで歩兵蟻の前に弾き出される。すかさず振り下ろした邪爪鉈は歩兵蟻の首を断ち切り歩兵蟻の息の根を止める。


 仕留めた歩兵蟻の背中に飛び上がった俺は、蟻の背中を蹴って隣りにいる歩兵蟻の頭上に舞う。空中で一回転しながら歩兵蟻の頭に邪爪鉈を叩き込む。


「うっひゃあ、何あれ。凄過ぎでしょ」

 俺の戦いを見ていた生徒の一人が大声を上げ騒いでいる。


 残った三匹の歩兵蟻も危なげ無く三分も掛からず倒した。ディンの方を見ると最後の歩兵蟻と戦っている。歩兵蟻は身体の数カ所から体液を流しよろよろしており、助太刀は要らないようだ。


「オリャッ!」

 ディンの鋭い気合が発せられ最後の歩兵蟻が剛雷槌槍に貫かれて死んだ。


「終わったな。皆の所に戻ろう」

 俺たちは岩山まで行き皆が洞穴から下りて来るのを待った。真っ先に薫とオリガが飛び降りた。


「ミコトお兄ちゃん」

 オリガが俺に抱き付く、少し心配していたようだ。


「皆、薪になるものを集めてくれ。他のグループに集まるよう狼煙を上げたいんだ」

 ジェスバル先生が生徒たちに指示を与えた。薪が集まると火を起こし、そこに何かの粉を投入した。焚き火から赤い煙が立ち昇る。


 一時間ほど待っていると他のグループの生徒や先生たちが集まって来た。その間に俺たちは歩兵蟻の剥ぎ取りを行った。魔晶管と傷付いていない歩兵蟻の外殻を幾つか。全ては持って帰れないので放置する。


「ジェスバル先生、これは……」

 狼煙を見て集まって来た先生の一人が、倒れている歩兵蟻の群れを見て質問する。

「見ての通り、歩兵蟻に襲われ、危ない処を彼らに助けられたのだ」


「これほど王都に近い場所に歩兵蟻が現れるなど今まで無かった事だ。ジェスバル先生は他にも歩兵蟻が居ると思われますか?」


「歩兵蟻は自分たちの狩場を決めているものだ。何らかの理由で狩場を変えたのなら、あの群れだけが特別だとは思えない」

 質問した先生は残念そうに顔を歪めた。

「野外演習は中止だな」


「おーい!」

 叫び声が聞こえ、声のした方を見ると数十人の集団が近付いて来る。先頭に居るのはモバルス教頭である。今頃になって救助隊が来たようだ。あまりにも遅過ぎる。


 因みにマルケス学院の最高責任者である学院長は名誉職で、侯爵家の当主が兼任している。実質のトップは教頭である。


 モバルス教頭は何処から救援の人材を得るか迷った。簡単なのはハンターギルドに依頼を出し腕利きのハンターを集める事だが時間が掛る。


 教頭は伝手つてを頼って王都周辺の守りを担っている王都中央軍の将軍カウレウスに頼んだ。カウレウス将軍は王家の血筋に連なるクロウエル公爵家のポルメオスも危ないと聞き、すぐに部下の中から一個小隊を派遣するよう命じた。


 大勢の兵士たちが来たので帰る事にした。後は兵士たちに任せれば大丈夫だろう。

「魔導飛行バギーを取って来る」

 俺は薫にひとこと言ってから魔導飛行バギーを停めてある斜面の方へ向かった。


「よかった。皆無事でしたか」

 教頭が生徒たちの安否を確かめ安堵した。そして、ディンに近付き問い質した。

「シュマルディン君、我々より早く到着するとは、どうやったんだね?」


 一旦ネモ離宮に帰ったはずのディンが先に来ているのを不思議に思ったようだ。

「新しい浮遊馬車で来たんです」

 自分のものでもないのに魔導飛行バギーを自慢したかったディンは堂々と答えた。


「浮遊馬車だって……嘘言うな」

 知りもしないのにポルメオスがディンの言葉を否定する。ポルメオスはディンをライバル視しているようだ。

 俺が魔導飛行バギーに乗って薫たちの所に戻ると二人は言い争いを続けていた。


 見た事もない乗り物が現れたので、またも魔導飛行バギーに注目が集まる。

「ほら、これだよ」

 ディンが誇らしそうに言う。ポルメオスが鼻を鳴らし。

「ふん、これが浮遊馬車だって、冗談言うな」


「私たちはもう帰るけど、シュマルディン王子はどうしますか?」

 薫がディンに尋ねると一緒に帰ると言うので、四人を乗せ魔導飛行バギーは飛び始めた。


「本当に浮いてるぞ……馬なしで動くんだ……でもおそ……あっ、速くなった」

 ジェスバル先生や生徒たちが見送る中、魔導飛行バギーは速度を上げあっと言う間に見えなくなった。


 この事件で俺と薫の活躍が国王に伝わった。褒美を何かくれると言うので、ダメ元でエヴァソン遺跡が欲しいと伝えると簡単に了承された。


 エヴァソン遺跡は国の調査も終わっており、価値があると思われる遺物は全て回収済みだからだろう。


 手続きが終わり登記書が手に入るまで、俺たちは王都から帰れなくなった。仕方ないので観光して過ごし、数日後、登記書を手に入れた。


 王都での日々は楽しいものだったが、そろそろ迷宮都市に戻らなければならない。

 迷宮都市に帰ろうとした寸前に城から呼び出しの使者が来た。ディンである。迎えに来たディンに尋ねると国王自身が呼んでいるらしい。


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