第159話 救援活動 1

 ミコトたちが王都に居ると知ったディンは護衛も連れずに王都の街に飛び出した。後ろで護衛たちが騒いでいる声が聞こえたが、迷宮都市で鍛えられたディンの足には追い付けない。


 『陽だまり亭』に駆け込んだディンは宿屋の主人にミコトたちが居る部屋を教えて貰い、その部屋のドアを叩く。

「ミコト、居るか?」

 探していた人物がドアから顔を出した。


 その日、王都へ来た目的を果たした俺たちは、宿屋でまったりした時間を過ごしていた。オリガは土偶を召喚し薫と一緒に遊んでいる。土偶の視力は弱いが、ド近眼が裸眼で見ている程度の視力は有るようだ。


 息遣いが分かるほど近くに寄らないと顔の判別は出来ないが、人の体形や建物は大体分かると言う。


「薫お姉ちゃんは足が長いな。ミコトお兄ちゃんは……普通かな」

 俺は自分の身体を見下ろし、ちょっと溜息を吐く。この一年で身長は五センチほど伸びた。成長期が終わる前にもう一〇センチは伸びて欲しいと思っている。……願わくば下半身を重点的に。


「オリガちゃん、疲れたら土偶は消さなくちゃ駄目よ」

 オリガがちょっと悲しそうな顔をする。折角見えるようになったので、少しでも長く外の景色を見ていたいようだ。


「その土偶はド近眼なんだから、頭が痛くなっちゃうよ。私がちゃ~んと目の良い幻獣を考えて上げるから」

「うん」

 オリガが小さく返事をする。


 ドアの方で声がする。誰か来たようだ。ドアを開けると武装したディンが立っていた。

「手を貸してくれ」

 いきなりディンが言い出した。詳しい話を聞くと学校の野外演習で兵隊蟻に襲われた生徒が危険な状態であるらしい。


「教頭先生が救援を手配しているんだろ」

 兵隊蟻はベテランハンターなら倒せる魔物である。自分が手を貸さなくとも大丈夫な気がしてディンに確認する。


「でも、これから手配して現場に向かっても間に合うかどうか?」

 歩兵蟻は残った生徒たちに気付いていないようだったが、気付かれるのは時間の問題だろう。一刻も早く救出に向かう必要があるとディンは説得する。


「人の命に関わる事態だ。引き受けよう」

 俺たちは急いで支度をし外へ出た。魔導飛行バギーが置いてある車庫を開ける。

「馬車なんかじゃ行けないよ」


 ディンが不審に思って声を上げる。生徒たちが隠れている場所は起伏の激しい場所で馬車では行けない。

「馬車じゃない。魔導飛行バギーで行く」

 俺は車庫に入り魔導飛行バギーを外に運んだ。ディンが眼を丸くして見ている。

「何だこれ」


 ディンにも馬車でないのは判った。ミコトの言葉から乗り物なのだと推測するもどうやって動くのか想像もつかなかった。


 俺は操縦席に座ると魔導飛行バギーを起動させる。薫が一番後ろに座るようディンに指示する。ディンは座ると手間取りながらもシートベルトを締める。


 薫は真ん中の席に座り、オリガを抱える。宿にオリガだけ残すのは不安なので連れて行く事にした。


 魔導飛行バギーを浮上させるとディンが大声を上げた。

「うわっ! これ、浮遊馬車だったの?」

「違う。魔導飛行バギーって言うんだ」


 薫に抱かれているオリガがディンに教えた。魔導飛行バギーは歩くより少し早いくらいのスピードで移動を始め、王都の外へ向かった。街中ではどうしても注目が集まる。


 王都の外へ出た魔導飛行バギーは本領を発揮し始める。歩くようなスピードが時速五〇キロにまで加速する。

「凄い、何て速いんだ」

 ディンが眼をキラキラさせはしゃぎ始めた。魔導飛行バギーのスピードに興奮したようだ。


「これ、魔導先進国から買ったの?」

「いや、カリス親方に作って貰った」

「ええーっ!」

 ディンは心の底から驚いた。自分の国には浮遊馬車のような乗り物を作る技術は無いと知っているのだ。ミコトの話が本当なら、カリス親方は魔導先進国と同等の先端知識を持っている事になる。


 だが、腕の良い職人だとは言え、カリス親方は普通の職人だ。そんな知識を持っているとは思えない。そうすると先端知識の持ち主はミコトたちだと思われる。


 ディンにもミコトの存在が重要なものになったと判った。そう頭では理解したのだが、仲の良い先輩みたいな存在であるミコトを今更特別視しようとは思わない。


 ディンにとって重要なのは。

「もう一台、魔導飛行バギーを作れる?」

「ディンも欲しいのか?」

「欲しいに決まっている。これ、凄く格好いいよ」


 欲しいと言っているディンがただの少年なら、俺は諦めるように言っただろう。ディンは王族であり、迷宮都市の太守でもある。


「お金なら心配ないよ。ダルバルも購入には賛成するはずだ」

 俺がどうしてだと訊くと、ダルバルは定期的に迷宮都市と王都を往復しているそうだ。往復だけで一ヶ月近く掛かってしまうので苦労しているようなのだ。なので、本気で浮遊馬車の購入も検討していたらしい。


「浮遊馬車よりは安いんでしょ」

 魔導先進国から輸入する浮遊馬車は税金なども有って金貨数千枚単位の値段になる。それでも貴族や豪商が購入するのは普通の馬車よりも高速で乗り心地が段違いに良いからだ。

 それに加え貴族には見栄がある。隣の貴族が買ったからうちも買おうと思うらしい。


 貴族は王都と領地の間を年間に四往復すると言われている。王へ新年の挨拶に向かう初春、武術大会や騎士団の入団式などの大きな行事がある夏、王家主催のパーティーや議会のある秋、最後は国へ税金を払いに行かねばならない初冬である。


 江戸時代の参勤交代のような大名行列は必要ないので、費用的には領地経営を圧迫するほどではない。但し、遠方に領地を持つ貴族は年間の三分の一を馬車で旅して過ごす事になる。

 そういう貴族にとって浮遊馬車は必需品なのである。


 スピードの上がった魔導飛行バギーは草原を横断し歩兵蟻が待ち構えているポイントまで到着した。俺は魔導飛行バギーを停める場所を探す。


 岩山の東になだらかな斜面が在ったので、そこに停車し魔導飛行バギーから降りた。用心深く岩山まで近付くと生徒たちが歩兵蟻と戦っていた。正確には歩兵蟻が洞穴を目指し登って来ようとするのを、ジェスバル先生が<炎弾フレームスフィア>を使って防いでいる。


 時折、生徒たちが初歩の攻撃魔法を放っているが全く効いていない。

「誰か助けてよ~!」

 女子生徒の一人が泣きながら助けを求めている。


 俺は囮になって歩兵蟻を生徒たちから引き離す事にした。

「薫とオリガは洞穴に登って生徒たちを守りながら援護してくれ。俺とディンは歩兵蟻を洞穴から引き離す」

「了解、任しておいて」

 薫の力強い返事を聞いて、俺はディンと一緒に歩兵蟻の背後に回り込んだ。


 ミゼルカは泣いている友人のカレリーをなだめながら、岩の壁を登ろうとしている歩兵蟻の群れに目を向けた。大きな顎をギシギシと鳴らしながら近付こうとしている。


 ジェスバル先生が攻撃魔法で撃退しているが、先生の魔法でも仕留められないようだ。

 今は何とか食い止めているが、先生の魔力も無限ではない。シュマルディン王子が呼ぶはずの助けが来るまで持ちこたえられそうになかった。


「誰か来たぞ!」

 ポルメオスが鋭い声で皆に知らせた。ミゼルカが前方に視線を向けると二人の男性が歩兵蟻の背後から近付いて来る。一人はシュマルディン王子だった。


 遠目で彼らが呪文を唱え始めるのが判った。そして何かを歩兵蟻が集まっている辺りに投げた。二つの投射物が歩兵蟻に当たった瞬間、閃光が彼女の眼を焼き、爆音が鼓膜を痛め付けた。


 <缶爆マジックボム>の爆発は数匹の歩兵蟻を吹き飛ばし、その爆風はミゼルカたちが居る所まで届いた。

「うおっ、シュマルディン王子の攻撃魔法か」

 ジェスバル先生が驚きの声を上げた。


 歩兵蟻は背後の敵に気付き、岩山を離れシュマルディン王子たちの方へと駆けて行く。それを見たミゼルカたちはホッとしたように大きく息を吐いた。

 そこに小さな女の子を抱いた少女が駆け上がって来た。


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