第158話 野外演習 2

 毎年、この場所で野外演習を行っているので出没する魔物は判っている。ゴブリンや跳兎、偶に長爪狼などが出る。生徒たちだけでも何とか出来る魔物なので先生たちはそれほど心配していない。


「あっ、跳兎だ」 

 跳兎を見付けた生徒が大声を上げる。その声に気付いた跳兎は、大勢の生徒たちをジッと見てから不意に林の奥に逃げて行った。


 ポルメオスたちは落胆し大きな声を上げた生徒に非難の視線を向ける。その生徒が謝ると先に進み始めた。次に見付けた獲物は普通の鹿の群れだった。すぐに攻撃魔法を使える数人の生徒たちが呪文を唱え始める。


「<疾風刃ガストブレード>」

 一斉に鹿に向けて魔法を放った。他は的を外したがポルメオスの放った疾風刃だけが雄鹿の尻に命中した。悲鳴を上げた鹿たちは風のように逃げ始めた。命中した鹿も血を流しながら逃げて行く。


「チェッ、もう少しだったのに」

 ポルメオスが残念そうに舌打ちをする。ディンは絶好の機会を得ながら獲物を逃がしてしまった生徒たちを冷めた眼で見ていた。迷宮都市のハンターたちと較べ何か足りないように思える。


「ん……そう言えば、先生や僕の食事はどうなるんです?」

 ジェスバル先生が薄笑いを浮かべ。

「私は期待しているんですよ。君に」

 お客様気分だったが、どうやら自分で食料を探さなければならないようだと気付いた。


 ディンは獲物を求め周りを見回しながら歩き始めた。一〇分後、木のこずえに止まっている大きな鳥を見付けた。きじに似ているが、ここではメジルと呼ばれている。ディンはパチンコを取り出し、鉛玉をセットするとメジルに狙いを定めパチンコに魔力を流し込む。槍トカゲの舌革が伸びた。


 その様子を見ていたジェスバル先生と数人の生徒たちは何をしているんだろうと疑問に思いながら見守った。

 ディンが静かに鉛玉を放った。飛翔した鉛玉はメジルの胸に命中し弾き落とす。


「あ!」

 その様子を見ていた生徒が声を上げる。ディンは落ちて来たメジルに駆け寄り首を切って血抜きをする。

「美味しそうなメジルですね」


「この大きさなら、先生と僕の分なら十分でしょ」

 簡単に獲物を仕留めたディンに苦笑しながらも先生は頷いた。


 ふと横を見るとポルメオスが悔しそうな顔をしてディンを見ていた。それから焦ったように狩りが続けられたが、成果は小さな跳兎が一匹だけだった。


 太陽が赤みを帯び始めたので、野営する場所を探した。林の一角に落ち葉が厚く降り積もった場所があり、そこで野営する事にポルメオスたちは決めたようだ。


 ポルメオスたちが薪を集めている間に、ディンは積もった落ち葉を掻き分け地面を剥き出しにする。そこに大き目の石を幾つか並べ火が落ち葉に燃え移らないようにする。


 ポルメオスたちが集めた薪を並べた石の中に積み上げ火を点けた。ポルメオスたちは疲れているようで、その火を見て落ち葉の上に座り込んでしまった。


 完全に日が落ち周りが真っ暗になった。林の中に夜行性の鳥の鳴き声が響き、女子生徒たちが不安な顔をする。ディンはメジルを解体し、その肉を樹の枝を削った串に刺し塩を振って焚き火で炙る。


 ポルメオスたちは悪戦苦闘して跳兎を解体し、ディンと同じように串に刺し焼いて食べたが量が少ないので満足出来ないようだった。


 メジルの肉を美味そうに食べているディンとジェスバル先生を恨めしそうに見ている。

「野外演習の決まりだから仕方ないだろ。明日は頑張って獲物を仕留めるんだ」


 ジェスバル先生が笑いながら告げる。そう言われたポルメオスが、

「そんな事、判ってますよ。明日は絶対大物を狩ります」

 その夜は、交代で見張りをしながら何事も無く過ぎた。


 翌朝、日が昇ると同時に目を覚ましたディンは支度をする。ポルメオスたちも起きて支度を始めた。


 ポルメオスたちが山に向かって行こうとした時、山の方で同時に野生の鳥が飛び立った。この時ジェスバル先生が<魔力感知>を使う。


「クッ、まずい。二〇匹以上の魔物がこっちに向かっている」

 その言葉を聞いた生徒たちが不安の声を上げる。

「二〇匹だって」「どうしたらいいの」「怖い」


 ディンはここまで来る途中、林に入る直前に小さな岩山が有ったのを思い出した。その岩山の中腹には洞穴が有り、そこなら避難出来そうだと考えた。

「先生、岩山の所まで避難しましょう」


「皆、急いで岩山へ逃げるんだ」

 ディンの提案に先生も賛成し一行は急いで引き返した。


 駆け足で岩山に到着したディンたちは、三メートルほど上に有る洞穴を目指してよじ登り始める。力の有る男子生徒は一人で何とかよじ登れそうだが、それ以外は無理そうだった。


 ディンは邪魔になる槍を洞穴目掛けて放り投げ、最初によじ登った。洞穴は直径二メートル以上で深さが七メートルほどあった。


 ディンは背負い袋からロープを出し女子生徒を引っ張り上げる。まずはミゼルカを引き上げる。ロープに掴まり何とか上がって来たミゼルカが礼を言った。


「シュマルディン様、有難うございます」

 次々に引っ張り上げ、最後にジェスバル先生が洞穴に登った時、林から魔物が現れた。魔物は歩兵蟻だ。


「こんな所に歩兵蟻は居るはずがない」

 誰かを非難するように先生が言う。

「奥に隠れるんだ」


 ディンが声を上げ、皆が移動を始める。その中でポルメオスだけが洞穴の入り口の所に留まり下を見下ろしていた。歩兵蟻は洞穴の下辺りに穴を掘り始めていた。


 この蟻たちは砦と呼ばれる仮の巣穴を作り、狩りの中継地点とする習性がある。ここに砦を作るつもりなのかもしれない。


「ポルメオス、こっちに来い」

 ディンがもう一度声を声をひそめて呼ぶが、ポルメオスは無視する。ジェスバル先生が心配になったようでポルメオスに近付き声を掛ける。


「ポルメオス君、どうかしたのかね?」

 ポルメオスは青褪めた顔をして下をうろうろしている歩兵蟻を睨んでいる。

「僕たち死ぬんですか」

 その言葉を聞いたジェスバル先生は、すぐには否定しなかった。死ぬ可能性が高いと自分でも思っていたからだ。


「私が助けを呼びに行こう」

 ジェスバル先生が皆に告げた。ディンは先生では歩兵蟻の包囲を抜けられない可能性が高いと思った。


「失礼ですが先生。歩兵蟻を倒した事が有りますか」

「いや、ない。だが、何としても突破し……」

 ディンがその言葉を遮り口を挟んだ。


「僕が行きます。歩兵蟻なら倒した事も有ります」

 二人は話し合い、ジェスバル先生が生徒たちを守り、ディンが歩兵蟻の包囲を突破し助けを呼びに行く事になった。それが一番助かる可能性が高いと言う結論になったのだ。


 近くに居るだろう他の生徒や先生たちに知らせる事も検討したが、少しでも早く助けを呼ぶ為に王都に帰り学院に知らせる事に決まった。


「行きます」

 剛雷槌槍を握り締めたディンは三メートル下の地面に飛び降り走り始めた。一匹の歩兵蟻が気付きディンを追い掛ける。もう少しで歩兵蟻の包囲から抜け出せるかと言う時、その歩兵蟻がディンに襲い掛かった。


 ディンは剛雷槌槍の魔導核に触り魔力を送り込み、襲って来た歩兵蟻の頭に『雷発の槌』を叩き込む。青白い火花が飛び散り歩兵蟻がよろめく。ディンは歩兵蟻の頭に赤い光を帯びた穂先を突き刺し止めを刺す。


 その様子を見ていたポルメオスは驚きの声を上げた。

「……あの槍、魔導武器だったのか」


 ポルメオスたちが見守る中、ディンは猛烈な速さで駆けてゆく。数匹の歩兵蟻が追い掛けるが、途中で諦め引き返して来た。


 ディンは王都までを走り通しマルケス学院に駆け込むと職員室に居たモバルス教頭に助けを求めた。

「な、何ですと……判りました。ば、場所はどこです?」


 ディンは生徒たちが隠れている場所を教えると、教頭はすぐに場所が判ったようだ。教頭はディンに帰るように言い、職員を呼び集め始めた。


 ディンは自分に出来ることは他にないのかと考えながら王城へ歩き始めた。ネモ離宮に戻ると祖父ダルバルの部下が一つの知らせを届けてくれていた。

 その知らせは、ミコトたちが王都を訪れており『陽だまり亭』に泊まっていると言うものだった。


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