第157話 野外演習

 王都のネモ離宮で目覚めたシュマルディン王子は装備を整えた。鎧は大剣甲虫の外殻を使ったスケイルメイル、脛当てグリーブと籠手は軍曹蟻の外殻を使った蟻甲脛当てと蟻甲籠手である。


 武器は戦争蟻との戦いで活躍した剛雷槌槍、予備の武器はパチンコと強化ナイフである。強化ナイフは『切断』の源紋が込められたミスリル合金のナイフでミコトから貰ったものだ。


 着替えとタオル、防水処理を施したフード付きマントと治癒系魔法薬、ロープを入れた背負い袋を担いでマルケス学院へ向かった。今日はマルケス学院の野外演習に参加する日だった。この野外演習は二泊三日の予定である。


 王族が外に出る場合護衛が付く、第三王子であるシュマルディンも例外ではなく三人の護衛が付いていた。学院に到着すると護衛たちに帰るよう命じた。


「ですが、シュマルディン王子……」

 護衛の三人は野外演習にも同行しようと考えていたようだ。……冗談じゃない。


「学院の授業にまで付いて来る気か。先生たちが引率するんだ。安全だよ」

 ディンは護衛たちを説得し城に帰した。


 野外演習の参加者である六年クラスの生徒たちが思い思いの装備で集まっていた。ディンがその中に混じるとちょっとだけ異質な感じがする。鎧に付いた多くの傷跡や板に付いた様子にはある種の風格が備わっていたからだ。


 従兄弟のポルメオスがディンに気付いて歩み寄って来た。

「従兄弟殿、その装備は迷宮都市製か?」

「まあ、そうだ。別に特別な装備じゃないと思うけど」


 ディンはミコト達と付き合う間に世間一般の常識とずれてしまっていた。ミコト達のバジリスク鎧や邪爪鉈、豪竜刀などに較べるとディンの装備は普通に思えるのだ。


 ただ周りに居る生徒たちの装備は、黒大蜥蜴くろおおとかげの革鎧や鎧豚の革鎧などで初心者が使うような物が多い。中には斑熊の革鎧を着けた者も居るが少数であった。


 武器もショートソードを腰に吊っている者が多い。槍などは不人気のようだ。

 先生たちが皆を集めキルル山に向け出発した。王都からキルル山までは歩いて三時間ほどである。護衛役は付き添いの先生たちで武装している。


 途中、草原を横断している時、足切りバッタの群れと遭遇した。体長二〇センチほどの黒いバッタがザワザワと音を立てながら草叢くさむらを進んで来る。


「気を付けろ!」

 先生が大きな声で危険を知らせる。ディンは足切りバッタには気付いていたが、こんな雑魚は無視するのが普通だった。


 学院の生徒たちは違った。武器を構え足切りバッタを攻撃する。

「ヤッ」「トウ」「ホリャ」

 勇ましい声が草原に響き渡る。ディンは喜々として武器を振るっている生徒たちを眩しいものでも見ているかのように目を細めて見ていた。何だか自分が酷く年を取ったように思える。


 ディンにとって迷宮都市で過ごした時間は濃密なものだった。特にミコトたちと一緒に経験した事は物凄い勉強になった。


「きゃあ!」

 女子生徒の一人が足切りバッタに噛まれたようだ。ディンが駆け寄って剛雷槌槍でバッタを追い散らし傷の手当を始める。水筒を取り出し傷口を洗い、背負い袋から治癒系魔法薬を取り出し傷口に振り掛けた。その手慣れた様子を見た女子生徒は少し安心したようだ。


 浅い傷だったので治りは早かった。女子生徒は痛みが消え礼を言う余裕が出来た。

「ありがとう」

 女子生徒に礼を言われ、ディンは少し照れた。そこにジェスバル先生が近寄って来て女子生徒の様子を確かめ安堵した。


「手馴れているようだね。感心したよ」

「まあ、樹海で慣れましたから」

「君は迷宮に潜れるようになったのか?」


「ええ、ハンターのランクも三段目8級になりました」

 それを立ち聞きしたポルメオスが大声を上げた。

「嘘だ。僕だって正式なハンターになったばかりなのに」


 ポルメオスは父親の部下を護衛にしキルル山や付近の山で魔物を狩りハンターとしての実績を作っていた。それでもディンより一ランク下だったのにショックを受けたようだ。


 ディンは黙ってハンターギルド登録証を見せた。もちろん、名前と所属、ランクが書かれている表だけだ。

 登録証を見たポルメオスは口をへの字に曲げ黙ったまま離れて行った。


 足切りバッタの群れから離れた一行はキルル山へ向かって再び進み始める。山の裾野まで来た頃には正午を過ぎていた。


 小さな川の近くで休憩と食事をする事になった。ディンは一人離れた場所に座って背負い袋から布に包まれた物を取り出した。


 野外演習では一食分の食事だけ持って来る決まりになっている。その後は自分たちで食べ物を探し三日間を過ごす。一種のサバイバル訓練である。


「あのぉ~、一緒に食べてもいいですか?」

 先ほど助けた女子生徒ともう一人が近付き、ディンに声を掛けた。教育の場では身分など気にせず友好を深めると言うのが国の慣例となっている。なので王族であっても気軽に話し掛けて大丈夫なのだ。


 但し、王族に声を掛けるのは勇気がいる。ディンがマルケス学院で学んでいる頃は、ディンに話し掛けて来るのは、ポルメオスみたいな王族の血を引く者たちだけだった。


「ああ、いいよ」

 改めて女子生徒を見ると可愛い子だった。赤い髪に黒い瞳、全体的にほっそりしているが女性らしい体形に変わろうとしている。もう一人の友達らしい女の子は金髪に灰色の瞳をした活発そうな娘だった。


「私、ミゼルカ・ルタオーゼです。こっちは友達のロザリー」

「ロザリー・コルエルです。よろしく」


 ルタオーゼと言えば、北のパルサ帝国との国境付近に領地を持つルタオーゼ侯爵が思い浮かぶ。それにルタオーゼ侯爵の領地付近にある砦を守っているのがコルエル将軍だったはずだ。


「こちらこそ、よろしく」

 二人はディンの傍に座り、昼食を取り出した。ミゼルカの昼食は乾燥させた果物が大量に入った焼き菓子だった。ロザリーは干し肉と堅焼きパンである。


 ディンは包みを開いてネモ離宮の料理人が作ったホットドッグを手に取った。このホットドッグは天然酵母を使ったふんわりしたパンにソーセージと葉野菜を挟みマスタードとマヨネーズを掛けたものだ。本来ならケチャップを使うのだが、趙悠館のアカネもトマトに似た野菜を見付け出せずにいるらしい。


 天然酵母はアカネから少し分けて貰い、ネモ離宮の料理人に渡したものを使っている。母親と妹に柔らかいパンを食べて貰いたくて、アカネに作り方を教えて貰ったのだ。


 ディンが取り出したホットドッグを見てミゼルカたちが興味を持ったようだ。

「それは迷宮都市の料理ですか?」

「迷宮都市の知り合いに教えて貰った食べ物だよ」


 二人がジッと見ているのを感じ、三本あるホットドッグの一本を半分に切って二人に渡した。

「いいんですか」

 二人は美味しそうに食べ始める。


「うわっ、ピリッと辛いけど美味しい」「何で何で、パンが柔らかい」

 柔らかいパンとソーセージの組み合わせは気に入られたようだ。


 後にネモ離宮で食べたパンを国王ウラガル二世が気に入り、頻繁にネモ離宮を訪れるようになった。その話が後世にも伝わり、天然酵母を使ったパンを『離宮パン』と呼ぶようになる。


 昼食が終わり、ジェスバル先生が生徒たちを集め注意事項を告げる。

「これからグループ毎に別れ行動して貰います。引率する先生はオブザーバーとして付き添います。危険だと判断しない限り指示は出しませんが、もし指示が出た場合必ず従って下さい」


 山には七人ほどのグループ毎に入るようだ。それぞれに先生が付き添い指導するらしい。ディンはジェスバル先生と一緒にポルメオスのグループに入る事になった。偶然にもミゼルカとロザリーも一緒である。

 リーダーらしいポルメオスとロザリーが中心になって行動判断するようだ。


「まずは食料を確保する。山の東側に広がる林に行くぞ」

 ポルメオスは野生動物が多く棲息する林で狩りをするつもりらしい。ディンは最後尾で付いて行く。


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