第156話 幻獣召喚

 一日目は無風に近かったのでウェルディア市を通過し王都へ続くオウテス街道に入り旅程の七割程を消化した。


 夜は街道沿いのモケフル村に一泊する。翌日、向かい風が吹いたので速度が半分に落ちた。とは言え馬車よりは速く、その日の内に港町クリュックから海を渡って王都エクサバルに到着する。


 魔導飛行バギーは王都で注目を浴びるものと覚悟していた。確かに注目されたが、俺たちが予想していたほどでは無かった。何故かは後に判明した。


 ここ数年、王都に居る貴族の間で浮遊馬車が流行り、貴族の多くが浮遊馬車を魔導先進国から輸入したらしいのだ。流行はそれで終わらず、輸入した浮遊馬車を色々と改造する貴族が出て来たらしい。


 ある貴族は馬車を帆船の形に改造し街中を乗り回し、また別の貴族はヒュドラのような魔物そっくりに改造し王都の住民を驚かした。中には馬が牽かなくとも動くよう改造した浮遊馬車も有った。


 その推進装置は連続して火炎爆発を起こす魔道具で、バンバンと煩い音を発しながら街中を走り、住民を酷く驚かせた。


 それらの浮遊馬車に較べると魔導飛行バギーは小型で目立たないものだった。まあ、それらに比べればと言う話で、街中を進むとどうしても注目が集まるのは仕方ない。


 王都の中心近くの『陽だまり亭』と言う宿に宿泊した。この宿の近くに魔導寺院とハンターギルドが存在したのも宿を選んだ理由の一つだが、一番の理由は魔導飛行バギーを駐車するちゃんとした施設が有ったからだ。

 馬車を停める車庫のような施設が有り、そこは個別に施錠する事が可能だった。


 その日は宿で夕食を食べると早目に寝た。翌朝早くに起きた俺たちは、宿で朝食を済ませてから魔導寺院へ向かった。


 オリガの手を俺と薫が繋ぎ三人で魔導寺院の方へ歩く。オリガは機嫌が良く、何故か演歌のような曲をハミングしながら歩いている。


「魔導寺院へ行って、また適性を試すの?」

 オリガがハミングを止め質問した。俺は「そうだ」と返事をし説明を始める。


「オリガに授かって貰いたい神紋が有るんだよ」

「神紋と言うのは魔法の事でしょ。もしかして魔法が使えるようになるの?」


 オリガが嬉しそうに言う。前に『魔力袋の神紋』を授かった時にも魔法が使えるようになると言われたが、期待していた魔法とは違い、魔力を感じられるようになっただけなので、少しガッカリした。

「そうだよ。それも特別な魔法なんだ」


 魔導寺院に到着した俺たちは神紋の扉が並ぶ通路に行き、ある神紋の扉の前に止まった。俺が選んだ神紋は『幻獣召喚の神紋』だった。この神紋を秘めた『知識の宝珠』を迷宮都市で手に入れた時、俺は嬉しさの余り飛び上がった。


 これこそ俺が探していたものだったからだ。オリガの目を何とかしようと決意してから様々な方法を探し求め、その中で成功しそうな方法の一つのが『幻獣召喚の神紋』だった。


 この神紋の基本魔法は<土精召喚アーススピリッツ>と<感覚接続センスコネクト>である。<土精召喚アーススピリッツ>については期待はずれだったが、<感覚接続センスコネクト>は他の生物や魔物と精神を繋げ、六感の一部を共有出来るらしいのだ。


 元々の使い方は<土精召喚アーススピリッツ>で土偶みたいな幻獣を召喚し、<感覚接続センスコネクト>で六感の一部を同調した後、偵察などに使役すると言うものだ。


 ただ土精と呼ばれる幻獣は体長一〇センチほどの土偶ような幻獣である。大きな目が付いているのに視力は弱く、その代わりに魔力感知に長けている。


 すぐに召喚可能なのが何の攻撃力も無い幻獣なので『幻獣召喚の神紋』の人気はあまり無い。古代魔導帝国が栄えていた時代には、強力な幻獣を召喚する応用魔法が存在し戦争にも使われたと伝えられる。だが、古代魔導帝国が滅ぶと同時に、それらのほとんどは失われ遺失魔法となってしまった。


 魔導師ギルドに残っているのは、人魂のような火霊を召喚する<火霊召喚ファイアスピリッツ>と金色のトンボを召喚する<トンボ召喚ドラゴンフライ>だけである。


 俺は遺失魔法の手掛かりが魔導迷宮に隠されているのではと予想している。あの迷宮は古代魔導帝国の軍事施設が迷宮化したものだと聞いているからだ。


 でも、一つだけ納得出来ない事が有る。基本魔法の魔獣召喚が、何故小さな土偶かと言う点だ。

「ちょっとしたお試し版だからじゃない。この神紋を考えた神様は日本贔屓びいきだったのよ」


 薫がいい加減な意見を述べる。それを聞いたオリガが、

「土偶ってお人形さんでしょ。あたしもお人形は好きだよ」


 取り敢えず、オリガに神紋の扉を試して貰う事にした。オリガが小さな手で扉に触れると神の名前が記されたプレートが反応し光った。俺は思わず大きな声を上げる。


「ヤッター、反応したよ」

「本当……魔法を使えるようになるの?」

 俺たちは喜んだ。試しに俺と薫も試してみると反応した。宿に戻った俺は魔導バッグから知識の宝珠を取り出した。


 『幻獣召喚の神紋』を秘める知識の宝珠である。オリガが知識の宝珠を使っても安全だと判ったので、その宝珠を使わせた。


 知識の宝珠から溢れ出た光がオリガの身体に吸収された。神紋を取得したオリガは精神的に疲れたようで、二時間ほど休ませた。


 オリガが回復したので魔法を使わせてみようと思う。

「どうしたらいいの?」

「頭の中に魔法を使うスイッチみたいなものが出来てるはずなんだ。探してみて」

「うん」オリガが返事をし眉間にシワを寄せる。その様子も可愛らしい。


「むむむ……」

 オリガが可愛い声を上げた。オリガの前に黄色い光が生まれ、その中から小さな土偶が生まれた。一〇センチほどの土偶はオリガの周りを歩き回る。


「オリガちゃん、もう一つの<感覚接続センスコネクト>も使って視覚を繋げてみて」

 薫がオリガに指示を出す。オリガは精神を集中する。


「あっ!」

 小さな口から驚きの声が上がった。オリガの脳の中に初めて光が生まれ、土偶が見ている光景と同じものがオリガにも見えたのだ。


「すご~い、見えたよ」

 オリガは飛び跳ねて喜んだが、詳しく確認してみると土偶の視力は弱くぼんやりとしか見えていない事が判明した。<火霊召喚ファイアスピリッツ>も<トンボ召喚ドラゴンフライ>もオリガの目の代わりをするには不適当だった。

 火霊は元々眼が無いし、トンボの眼は複眼である。


「新しい幻獣を作るしか無いか」

 『幻獣召喚の神紋』は召喚と名付けられているが、実際は魔粒子と魔力を使って幻獣を生み出している。応用魔法により様々な幻獣を生み出せるのは、神意文字を使って幻獣のフォルムや特徴を記述しているからである。

 神意文字を理解している俺たちなら、新しい幻獣を創り出すのは可能だった。


「どんな幻獣にするの?」

 薫が尋ねる。俺は目がいい幻獣を考え出そうとするが、脳裏に浮かんだのはあるアニメのキャラクターだった。


「駄目だ。変な奴が頭に浮かんで離れない」

 薫が首を傾げ質問する。

「変な奴って……何?」


 俺は溜息を吐き苦笑しながら答える。

「いや、本当に変なものだから……忘れてくれ」

「笑わないから、話してよ」

 薫がしつこくせがむので正直に話した。


 脳裏に浮かんだのは、某妖怪アニメで主人公のオヤジとして出て来る目玉の妖怪だった。

 変なちゃんちゃんこを着たオリガが下駄を履いて山道を歩いていると、目玉の妖怪がオリガの髪の中から現れオリガに向かって指示を出す。

『オリ太郎、砂掛けババアを呼ぶのじゃ』と叫んでいる姿を想像したのだ。


「……………………」


「何か感想はないの?」俺が話を促す。

 薫は白い目を俺に向け、

「ミコトは考えなくていいよ。新しい幻獣は私が何とかする」

 薫から戦力外通告をされ、俺の心はちょっと傷付いた。

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