第155話 王都へ

 趙悠館へ戻った俺は、敷地の一角に建てられた調薬工房兼研究所に行った。フオル棟梁に頼んで建てて貰った簡単な構造の建物である。


 二〇畳ほどの調薬工房と十二畳の研究室、それに倉庫を備えた建物で、ここで二人の医師は治療と研究を行っている。


 俺は二人の医師に迷宮で採取して来た薬草を渡した。

「おっ、月花桃仁草もあるのか。これで中級治癒系魔法薬の在庫を増やせる」


 第十四階層で採取した二種の薬草を渡すとマッチョ宮田が喜んだ。中級治癒系魔法薬は希少な薬草を使うので治療院や薬屋でも在庫が少ない。


 それに高品質な魔法薬の製造法を確立した宮田たちの作る治癒系魔法薬は治療院からの購入依頼が増え、趙悠館の調薬工房でも在庫がほとんど無くなっていた。


「ジュレウル草は?」

 鼻デカ神田が相変わらずの仏頂面で尋ねる。異世界での生活も長くなり慣れてはきたのだが、十分な医療機器や設備のない研究に苦痛も感じているようだ。


「もちろん、採取してきましたよ」

 ジュレウル草を渡すと鼻デカ神田は仏頂面のまま受け取り、礼も言わずに研究室の方に戻っていった。


「済まんね。神田先生はちょっと疲れているようなんだ」

 マッチョ宮田が気を使って代わりに謝る。


「ホームシックかもしれないな。一度交代で日本へ帰ってはどうですか?」

「……僕は大丈夫なんだが……神田先生と相談してみるよ」


 俺は魔導バッグを抱え、元食堂だった仮設住宅に入った。ここへ来たのは『魔粒子貯蔵金属』を製作する為である。専用の工房が欲しいのだが、優先順位が低いので完成するのは三ヶ月ほど後になるだろう。


 魔粒子貯蔵金属はミスリルと魔光石、石墨、そして触媒のサラマンダーの魔晶玉により作る事が出来る。


 元食堂の調理場だった場所に小さな炉が設けられていた。坩堝にミスリルを入れ炉で加熱する。炉に風を送る為にふいごを動かす。段々赤く熱を帯びる坩堝の中でミスリルが溶融する。


 完全に溶融したミスリルを掻き回しながら石墨の粉を投入する。煙が立ち上りミスリルの中に炭素が染み込み融合した。


 次が最後の工程である。俺は錬法術の<触媒反応カタリストリアクション>を駆使しながら坩堝の中に魔光石とサラマンダーの魔晶玉を入れた。


 坩堝の中でどろどろと溶けているミスリルが魔光石に含まれる魔粒子を吸収し黄色い光を放つ。その発光現象は五分ほど続き収まった。坩堝の中のミスリルが黒い金属に変わっていた。


「ふう、完成した」

 出来上がった魔粒子貯蔵金属は魔粒子を吸収貯蔵し貯蔵限度を越えると魔力に変換する特性がある。その特性を利用して魔力供給装置を製作するつもりだ。


 カザイル王国などの魔導先進国が作る魔力供給装置はどういう構造をしているか知らないが、同じ魔光石を動力源としているのなら、原理は同じかもしれない。


 カリス親方に協力して貰い魔力供給装置を製作し魔導飛行バギーを完成させた。完成した魔導飛行バギーは高高度を飛行する予定なので、非常用にパラシュートも用意した。


 だが、逃翔水の特性なのか高度を高くすると魔力の消耗が激しい事が判った。高度二、三メートルを飛ぶ時が一番燃費が良く、試しに高度二〇〇メートルを飛んだ時は魔力供給装置に装填した魔光石が急速に減少した。


 どうも魔導飛行バギーは飛行機の代わりにはなりそうになかった。ホバーバイクのように地上二、三メートルを高速で移動する乗り物として使うのが良さそうである。


 そして肝心のスピードだが、魔力供給装置により大量に魔力が供給可能となり、無風状態の時には時速九〇キロまで加速した。但し、向かい風の時は三〇キロにも達しない場合もあり、まだまだ改良が必要なようだ。


 魔導飛行バギーのテスト飛行は基本的に自分で行う。安全を確かめた後、乗りたいと言う薫と伊丹を乗せ遊覧飛行を行う事になった。場所はテスト飛行に使った勇者の迷宮へ行く途中にある草原である。


 荷馬車で運んで来た魔導飛行バギーの上に被せていた幌を取ると、薫が目を見張って声を上げる。

「へえ、これが飛ぶの……屋根付きの細長いバギーにしか見えないけど」

 草原に下ろした魔導飛行バギーに歩み寄った薫は、間近でじっくりと観察し顔をほころばせる。


「乗ってくれ」

 俺は操縦席に座って、薫と伊丹に乗るように促した。二人が乗りシートベルトを締めるのを確認しポケットから起動キーを取り出す。カリス親方と相談し盗難防止の為に起動するのに専用の起動キーが必要なように改造した。起動キーを使って魔導飛行バギーを起動させる。


 足元にある高度調整レバーをちょっとだけ引き地上から二メートルの高さまで浮き上がらせた。

「浮いた。本当に浮いた」

 薫はワクワクし始めていた。だが、俺が推進レバーを入れ前進を始めるとガッカリする。ゴォーと唸るような低い噴出音が響き、歩くような速さで魔導飛行バギーが進み始める。


「こんな速度で使い物になるの?」

 薫が疑問を口にする。この加速力を知ると誰もが疑問に思うらしい。しかし、魔導飛行バギーは順調に速度を増して行き時速九〇キロに達する。


 俺は右旋回や左旋回をして旋回性能を確かめる。方向舵だけでは旋回に時間が掛るので方向転換用スラスターも使う。スラスターを使うと旋回半径が三割ほどになるが、魔導飛行バギーも遠心力で振り回される。


 この頃になると薫はジェットコースターにでも乗っているかのように大声を上げ始めた。

「うわあ、きゃあー♪」


 薫が満足するまで飛行を楽しんだ後、スピードを落とす。その時、伊丹が、

「ミコト殿、温かい今の季節は良うござるが、冬になれば凍えるほど風が冷たくなる。それに雨の時はどうするのでござる?」


 魔導飛行バギーは風除け用の障壁も無い吹きっさらしの状態である。俺も防風ガラスのようなものが必要だと思っていた。防風ガラスと考えたのは操縦するのに十分な視界を確保したかったからだ。


「何か対策を探してみます」

 当座は革製の防風コートとフェイスガード付きゴーグルで対応すればいいだろう。カリス親方に頼むと三日後には用意出来ると引き受けてくれた。


 俺と薫は王都までの飛行ルートを検討し、街道沿いに飛ぶ事にした。直線ルートや海上ルートも検討したのだが、魔導飛行バギーの故障や不測の事態に陥った場合を考え安全なルートを選んだ。


 すべての準備が整った四日後、俺とオリガ、薫の三人が魔導飛行バギーに乗って迷宮都市を旅立った。ただ迷宮都市を出る時、西門の門番に止められた。俺たちが乗っている魔導飛行バギーに驚いたらしい。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 早朝、門番のバンドグが門の前に立っていると妙な音が聞こえて来た。振り返ってみると三人の若い男女が奇妙な乗り物に乗って近付いて来る。


 その乗り物は浮遊馬車の一種のようだ。町中でスピードを出すと危険なので、ほんの少しだけ浮遊し歩くような速度で移動していた。


「止まれ」

 普通、都市から外に出る者を止める事はない。だが、その乗り物が余りにも異様に見えたので停止させた。


「お前らが乗っている物は何だ?」

 バンドグはビヤ樽のような腹を威嚇するように見せて、その乗り物に近付いた。


「これは浮遊馬車の一種だ」

「やはりな。おま……いえ、あなたは?」

 浮遊馬車の一種に乗っている者が只者でないと分かったのだ。


「シュマルディン王子の教育係をしているミコトだ」

 その瞬間、バンドグは態度を変えた。ちょっと引き攣った笑いを浮かべ、門を出る許可を出す。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


「ミコトお兄ちゃん、今日はどこに行くの?」

 後ろの席に座っているオリガが尋ねた。

「この国の首都だよ。そこに行けばオリガに凄い事が起こるんだ」


「……凄い事…ん…何だろ?」

「着いたら教えるよ。楽しみにしてろ」

「うん」


 街道に出た魔導飛行バギーを時速五〇キロほどになるまで加速させる。街道沿いの樹々が結構な速さで後ろに飛んで行き、強い風が俺たちの身体を撫でる。暑い日が続いているので、その風も心地良かった。


 ココス街道は多くの旅人や商隊が行き来している。その日、奇妙な乗り物に乗った男女が凄い速さで移動する姿が目撃された。最初は魔物ではないかと警戒され、次に乗り物だと判ると物凄く驚いたようだ。


 ただ中には最後まで魔物だと勘違いした者も居たようで、街道沿いに空飛ぶ巨大な魔物が出現したと噂がたった。ハンターギルドに謎の魔物の調査依頼が出されたのも事実である。


 魔導飛行バギーは低空を飛行するので夜間の飛行は難しい。バギーに照明具を付けたとしても障害物を避けられるか不安があるからだ。そうなると一日の飛行時間は制限される。無理をしない範囲だと八時間程度になるだろう。


 王都までは馬車で一〇日以上掛かると聞いている。正確な距離は判らないが、この魔導飛行バギーだと二日で王都に到着出来るはずだ。

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